豊葦原中津谷のニニギ

食糧自給率の向上を目指して! (2100年の日本へワープ)

<<豊葦原中津谷のニニギ>>

「なぜ、この谷のように暮らせぬのか」
腐海という危機を前にしても戦争に明け暮れる諸国を、ユパはこう嘆いています。
現在の地球が置かれている状況は、この台詞に表されているように思えませんか。
ならば、風の谷のように暮らしてみよう。
私なりの解釈の元、片田舎で自給自足型農業を始めることを決意したのです。

                              いむたかつみ


参議院の選挙改正案の第2案です。

テーマに反して、今回は、小選挙区制そのものの改良を考えていきたいと思います。



小選挙区制には、いくつも弱点がありました。
その中で、各選挙区の定数が『1』で固定されているため、1票の格差を小さくする方法が、選挙区の区割りの変更しか存在しないことでした。
参議院選挙では、合区を実施していますが、それでも3倍を超える格差を産んでいます。
参議院の改選議席数が衆議院の1/3しかないので、1票の格差を調整しにくいのです。

ですが、敢えて小選挙区制を維持しつつ、これの改良を検討してみたいと思います。




【参議院 選挙制度(案3)】

〈概要〉
参議院の定数は、248議席です。
小選挙区は148議席、比例区は100議席です。
小選挙区は、現行のままとします。
比例区は廃止し、復活当選枠とします。


〈選挙区〉
全国を148の小選挙区に分ける。
毎回、74議席の改選となる。
復活当選枠は、50議席となる。

(立候補の条件)
特に設けない。

(復活当選の基準)
得票率が高い順に、復活当選を決定します。
得票率が完全に一致する場合は、惜敗率が高い順に、当選とします。
得票率と惜敗率が一致する場合、総得票数が多い順に、当選とします。


惜敗率は、有権者に支持されたのではなく、混戦になった証でしかありません。
有権者の支持は、得票率で判断すべきでしょう。
有力候補二人による激戦なら、惜敗率も高くなります。



参議院比例区は、重複立候補を認めていませんが、それ故に死票(投票しても当選に生かされない票)が生かされる場がありません。
それを防ぎ、かつ小選挙区制のメリットである選挙区の小ささ(お金が掛からない?)を活かすことができます。





前回は、浮動票を活かすには、小選挙区制は不向きとしていました。
今回の案は、それに反するようなものです。

ただ、良く見ると、二人区に近い性格の選挙制度です。
結局、中選挙区制の変形と取ることができます。
ですので、「小選挙区制」という形を維持しつつ、実態を「中選挙区制」に近付ける提案と言えます。


やはり、死票を考えるなら、中選挙区制が望ましいようです。



エジプトのピラミッドは、宇宙人が作ったのでしょうか?

ナスカの地上絵は、宇宙人の発着ステーションなのでしょうか?

UFOは、宇宙人の乗り物なのでしょうか?

人類は、宇宙人の末裔なのでしょうか?



私は、宇宙人は存在すると、信じています。

もしかすると、量子通信で呼びかけてきているのかもしれません。
ですが、私たち人類は、電磁波による通信しか、手段を持ち合わせていません。
気付かないだけかもしれません。

それでも、系外惑星の大気成分がわかり始めています。
ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡で、二酸化炭素の大気を持つ惑星が発見されています。
いずれ、酸素分子の大気を持つ惑星が、発見されるでしょう。
遊離酸素は、自然界では存在しにくいため、生物による生成が想像されます。
また、酸素は、化学反応を起こしやすいので、大きなエネルギを齎します。エネルギ消費が大きい脳の活動を支えることができます。
大気に酸素があれば、知的生命の存在が期待できます。

宇宙人の存在を否定する材料は、多くありません。



では、ピラミッドは、宇宙人が作ったのでしょうか。

正直なところ、宇宙人が作ったにしては、高度な技術力を感じません。


仮に、今の人類が、同じようなものを作るとして、エジプトのピラミッドと同じ材料で作るでしょうか。

ルーブル美術館には、ピラミッド形のオブジェがあります。
地下には、地上から地下にぶら下がる逆さピラミッドもあります。
ですが、石では作られていません。
金属の骨組みとガラスで作られています。

「ルーブル美術館は、なぜ石でピラミッドを作らなかったのでしょうか?」
そんな疑問には、いくらでも回答があるでしょう。
逆に、「エジプトのピラミッドは、なぜ石以外の材料で作らなかったのか?」と問うと、回答はほとんどなくなります。
最低でも数光年を移動できる高度な技術を持っているのに、なぜ近くの石切場から石材を切り出して積み上げたのか、疑問が湧きます。
宇宙人が作ったのなら、石以外の材料を使えたはずです。
「石の耐久性が、最も優れていたからだ」と言いたいかもしれませんが、それは中途半端な回答です。
ピラミッドの完成当時は、表面を大理石で覆っていたようです。砂に埋もれた基底部には、その痕跡が残っています。
大理石は、酸に弱い性質を持ちます。 
石の耐久性を言うのなら、なぜ表面を大理石で覆ってしまったのでしょうか。

他にも、なぜ正四面体でも正六面体でもないのか、なぜ正八面体の上半分なのか、といった疑問が続きます。
強度を言うなら、ドーム型が考えられます。なぜドーム型ではないのかと、言いたくなります。
開口部が非常に小さいのは、王墓だからかもしれませんが、内部空間が極端に狭いのは、なぜでしょうか。
現代の建造物は、大概は内部に広大な空間を作り出しています。
なぜ、内部に大きな空間を作らなかったのでしょうか。
内部を空洞にすれば、建築資材も少なくて済むし、信じられない大空間で、当時の人々を圧倒できたはずです。

宇宙人が作ったにしては、ピラミッドは、かなりダサい建造物に見えてきます。
同時に、当時の人類が持つ技術なら、あれが精一杯だったとも言えるのです。



あんなダサいピラミッドを作ったのが宇宙人だと言うのは、宇宙人に対して失礼でしょう。


日本国憲法の欠陥は、何でしょうか?

特に近年、話題になるのは、第9条でしょう。
特に、第2項の戦力不保持でしょう。
この項が、自衛隊の存在と整合を取ることが難しいため、自衛隊が設立された頃から、問題となってきました。


でも、憲法第9条第2項が欠陥なのでしょうか。
仮に、自衛隊を作っていなければ、第9条第2項を欠陥だと言って良いでしょう。
この条文があるから、自衛隊を作れないと言えます。

ですが、現実に、自衛隊はあります。
常識的に考えるなら、自衛隊法は、現行憲法下で作られたのだから、自衛隊は合憲でなければなりません。
合憲なのだから、第9条に自衛隊を明記する必要はありません。


もし、違憲だとするなら、70年間も違憲状態にあったにも関わらず、数十回の改正が行われてきたことになります。
違憲の法律が、違憲状態のまま、改正を繰り返してきたことになるのです。
これでは、憲法なんか、有形無実になってしまいます。

現行憲法の致命的な欠陥は、違憲法制を審査できないことにあるのです。


日本国憲法にも、違憲審査に関わる一文はあります。
憲法第81条です。
ただ、最高裁判所が終審裁判所であることを、明記しているだけです。
立法の合憲/違憲判断を、どう告発し、どう審査するのか、何も書かれていません。
それ故、違憲の疑いが、70年も続くのです。


もし、憲法を改正するのであれば、最初に、ここを見直すべきです。
ですが、自民党の改正草案は、ここを現状のままとしています。


日本国憲法の特徴として、憲法に規定されていない事柄は、比較的自由に立法できます。
だから、立法に対する違憲審査の手続きの法整備をすることは、現行憲法下でも不可能ではないと思います。

自民党の改正草案は、環境保護の条文が追加されていますが、過去に、環境保護において、憲法が問題になったとの記憶はありません。
また、現行憲法下において、環境保護の立法がなされています。
少なくとも、「国は、国民と協力して、国民が良好な環境を享受することができるようにその保全に努めなければならない」との条文が必要な事例があったようには思えません。

これを加えるくらいなら、違憲審査の改正の方が、遥かに重要です。それでも、改正案には、違憲審査に関わる新たな条文はありません。
このことから、政府・自民党は、違憲審査能力の向上を不要と考えていることが推察できます。




正直なところ、自民党の改正草案は、政権与党の都合を詰め込んだように見えます。

憲法は、為政者の施政に制限を設け、暴走を防ぐ役割を持っています。
自民党の改正草案は、憲法が持つ制限を弱め、為政者の自由度を高める方向に見えます。


為政者の、為政者による、為政者のための改正に見えます。

この改正草案で、改正されたなら、日本国憲法は、欠陥が大幅に増えそうです。


政府は、かなり前から大規模農業へ移行すべく、政策を進めてきました。
農業法人も、その一つでしょう。

その政策自体を否定するつもりはありません。
ただ、2100年のあるべき姿を考える当ブログでは、少し違う考え方をしています。




大規模農業には、当然のことながら、メリットとデメリットがあります。

メリット
・経営規模が大きくなることで、経営体力が高まる。
・設備の稼働率が高まり、コストを削減しやすい。
・経営体力の向上により、安定供給に寄与できる。
・休暇や勤務時間の面で、働き方を改善できる。


TPPを進める以上、農業の経営体力を向上させる必要があります。
また、大規模化によって、設備を集約して稼働率を高めることができるので、コスト削減にもなります。
量が増えるので、安定供給にもプラスに働きます。
更には、雇用制度によって、特に畜産業界では、休暇も取りやすくなります。



デメリット

・外部の資本が参入しやすくなる。(メリットでもある)
・投機対象になり、経営が不安定になる。
・外国資本に買い取られると、食糧安全保障が崩れる。
・大量に生産するため、域外への輸出が必須になる。


資本家の参入が容易になるため、投機の対象になったり、場合によっては、外国資本の参入で、食糧安全保障に重大な影響を及ぼすことも、考えられます。

見落とされる問題点として、生産量が多いので地域で消費し切れない点です。
なぜ問題なのかというと、域外へ輸出しなければならないためです。
域外への輸出には、エネルギが必要になるため、域内で消費する場合よりエネルギ消費が増え、環境負荷が高まります。





豊葦原中津谷の方針

豊葦原中津谷では、自給自足型農業を考えています。
これは、究極の域内消費です。
流石に、極端すぎる域内消費ですが、もう少し広げ、市域や県域で全量を消費するなら、輸送に伴うエネルギ消費を低く抑えることができます。
エネルギ消費を抑えれば、カーボンニュートラルも容易になります。

少量多品種栽培は、域内消費を考えれば、目指すべき方向だと、私は考えています。
大規模経営とは、相入れない部分もありますが、組み込める部分もあります。
未来の農業の経営形態は、大規模経営かつ少量多品種栽培が、私の考える理想形です。


少量多品種栽培にも、例えば複数の品種のトマトを生産する多品種栽培もあると思います。
トマトなら、国内で生産されているだけで、20品種以上もあるそうです。
収穫時期が違うので、災害に遭っても、全収入を失うリスクを減らせます。農業を営む上で、大切な要素ですが、域内の需要を超えるのでは、私が求める形と違ってきます。

私が考える少量多品種栽培は、全量を域内で消費するとの視点と、域内で必要とする全品種を栽培するとの視点の二つがあります。
なので、指定野菜の全品種と主食になる米、小麦は、域内で全量を生産することが、少量多品種栽培の目的となります。




先日、指定野菜について紹介しましたが、少量多品種栽培は、これを否定する方向性です。
ただ、小さな政府を目指すなら、このような支援政策を縮小するべきです。

災害があった場合、少品種大量栽培では、当該品種が全国的に不足することになります。
少量多品種栽培なら、影響を受ける品種は増えるかもしれませんが、個々の品種への影響を小さくできるため、指定野菜のような支援の必要性を小さくできます。



全てにおいて、少量多品種栽培が優れているわけではありません。
少品種大量生産とのバランスが、大切になると思われます。

農水省の中でも燻っている知識人は、どう考えているのでしょうか。
いつまでも燻ってないで、声を上げてみてはどうでしょうか。

昨日、バイデン大統領が、外国人の受け入れ、すなわち移民に対して、門戸を閉ざしているとして、中国、ロシア、インド等と並んで、日本を批判しました。


まず、当ブログのスタンスは、バイデン大統領の仰る通り、排外主義です。
世界的な食糧不足が発生した時、移民にも食糧が回るようにしなければなりません。
ですが、食糧自給率が低い日本は、食糧の確保自体が困難になっていきます。
その時に、移民が多ければ多いほど、苦しくなります。

バイデン大統領は、「移民が多い国は、経済が好循環になる」としていますが、逆に見るべきです。
「移民がいなければ、経済は回らないのか?」
あるいは、「移民がいなければ、経済が回らない理由は何か?」を考えるべきです。
実際、日本でも、技能実習制度を使って、外国人労働者を取り込もうとしています。
なぜ、この制度が必要なのか、早急に根本原因を考えないと、大変なことになります。

そもそも、食品価格が高く、通貨安の国に、態々移民してきますか?
移民はおろか、技能実習生が来ますか?

移民や技能実習生が必要になる理由が、肝心なのです。
それは、自動化が遅れ、効率が悪い生産システムを抱えているからです。
特に、農業分野で自動化が遅れているのは、地理的に欧米諸国と異なるため、日本独自のシステムの構築が必要なのに、そこへの着目がなく、単純に「農地が自動化に不向きなため」と言うだけなのです。
その一方で、自動化に有利な平地の農地は、次々に都市化を進めています。
言行不一致なのです。

いずれ、山間地の農地でも、自動化は進むでしょう。
ただし、自動化の機械類は日本製ではないだろうと、私は予想しています。



さて、バイデン大統領の「排外主義」ですが、移民の国の支配者らしい発言ですね。
自らを正当化するための発言とするなら、スジが通ります。
大統領選挙のライバルであるトランプ氏に至っては、新たな移民を排除しようとする独裁者的な発想になっている点は、少々狂気を感じます。


バイデン大統領に言いたい。

逆から見て考えないと、反論を食うだけですよ。

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