豊葦原中津谷のニニギ

食糧自給率の向上を目指して! (2100年の日本へワープ)

<<豊葦原中津谷のニニギ>>

「なぜ、この谷のように暮らせぬのか」
腐海という危機を前にしても戦争に明け暮れる諸国を、ユパはこう嘆いています。
現在の地球が置かれている状況は、この台詞に表されているように思えませんか。
ならば、風の谷のように暮らしてみよう。
私なりの解釈の元、片田舎で自給自足型農業を始めることを決意したのです。

                              いむたかつみ

安倍首相が、「2020年に新憲法を公布したい」と、言ったようですね。
同時に、「各党が改正案について、どんな考えを持っているのか、聞いてみたい」とも。

安倍首相は、憲法を改正することを前提にした議論をしようと考えているようです。
本来、憲法を改正するか、しないのかが課題ではありません。
日本のこれからにおいて、どんな課題が予想され、その対策として、憲法改正を含めた取り組みを検討し、行動に移すことが大事なのです。課題が存在しない状態での憲法改正は、絶対に行ってはなりません。

憲法には、為政者の権限を制限する役割もあります。
自民党の改正案は、やたらと政治家の権利と国民の義務の拡大が書かれています。
憲法9条の改正も、為政者に軍事力を与えることになり、その軍事力を国民が負担することになります。為政者の権利の拡大であると同時に、国民の義務の拡大と捉える事が出来るのです。

政府与党が憲法改正に意欲的なのは、明確な課題が無い状態で憲法改正だけを議論しようとしている手法を含め、自分達の権限の拡大を目論んでいるためと考えると上手く説明できます。
更に、安倍首相には、憲法を改正した総理大臣という歴史を手に入れる目的も見え隠れします。


先の入管法改正でも、政治家には物事の本質を見抜く力の欠如が明らかになっています。
そんな政治家に軍事力という権限を与えることを、
                 私は、強く強く警戒しているわけです。


もし、憲法を改正すること自体を目的として突き進むのであれば、2020年は来ない方が良いのかもしれません。

国会では、外国人労働者の受入緩和策について議論されていましたが、いつもの通りに中身のない討論(闘論?)となっています。

そもそも何が問題で、どんな対策があり、それぞれの長短を踏まえてどんなバランスで対策を講じていくのか、討論の中には出てきません。『思い付き』の案と『揚げ足取り』の闘いであり、同じ課題で高校生にディベートをさせた方がまともな討論になりそうです。

そんなレベルなのに、メディアが流す報道も低レベルのコメントしかありません。

 

 

そもそもの問題は、人手不足です。

では、なぜ人手不足なのでしょうか。

一つは、労働者人口の減少です。

労働者人口の減少の原因は、団塊の世代の離職と、少子化による若手労働者人口の減少です。これに伴い、全人口に占める労働者人口の比率も低下しています。

もう一つは、効率の低下です。

効率向上が求められる日本において、労働効率(生産性)が低下しているのです。

 


さて、問題が明確になったところで、基本的な対策を考えてみましょう。

まず、団塊の世代の離職への対策です。

これは、企業の定年年齢の引き上げと、年金支給年齢の引き上げで対応します。

現在、年金支給年齢を60歳から65歳への段階的引き上げを行なっていますが、このまま継続して70歳まで引き上げるのです。

これは、即効性が高く、年金の国庫負担も減らせるので、一石二鳥の対策です。外国人労働者の受入拡大の前に行うべき施策でしょう。もちろん、長期的には、労働力の低下を防げないので、現状の対策です。


続いて、少子化です。

こちらは、要因が多岐に渡るので、少子化対策の一言にまとめます。(別の機会に、私の考えを記事にします)

少子化対策は即効性が低く、長期の展望の中で行っていかなければなりません。

現在の外国人労働者受入拡大は、少子化のみを睨んだ対策と言えそうです。イエローモンキーの代表格である与野党の政治家は、本質を見極められないので、場当たり的に外国人労働者受入を思い付いた与党と、労働者不足の原因を少子化と思い込み、揚げ足取りしかできない野党の論争となるのです。

 


実は、外国人労働者を受け入れると、労働力不足は深刻化する可能性があります。

労働力不足の原因には、労働生産性の低下もあるのです。
これを改善せずに、外国人労働者を受け入れた場合、言葉や文化の違いによるロスが加わるため、更に労働生産性が低下し、労働力不足を改善できない可能性も残ります。

日本の労働生産性は、先進国の水準以下です。
国別生産効率
(参考⇒http://imutakatumi.officialblog.jp/archives/21139598.html

国家間の労働生産性は、為替で変化しますから、円安になると見た目の労働生産性は低下します。ですから、エンゲル係数を基準にしてみると、日本はアメリカの半分以下、ドイツの6割程度、イギリスやフランスの9割程度という低い水準なのです。食品が安いアメリカは兎も角、欧州各国との比較でも差があるのです。
食糧を輸入に頼る日本の場合、極端な円安は避けたいところです。しかし、円高では輸出が伸び悩んでしまいます。どうしても、高い労働生産性を維持しなければならないのです。
労働力不足を外国人労働者に頼ろうとすれば、今後は激化する東アジアでの労働力獲得競争に巻き込まれ、ますます労働力不足と人件費の高騰に悩まされることになります。

真の問題は、労働力不足より、労働生産性の低下にあるのです。
その原因は多岐に渡り、対策も数多く存在します。
ここでは、一般的な視点とは異なる角度の例を一つ紹介しておきます。
それは法令の整理です。
日本の法制度は、継ぎ接ぎだらけです。そのため、弁護士ら法律家でさえ分野毎に専門化せざるを得ない事態になっています。ですが、法律は国民一人一人が守らなければならない決まり事です。国民が理解しやすい形態に整理すべきなのです。それができれば、遵法も容易になり、労働生産性も少し向上するのです。
もう少し詳しく知りたい方は、下記のリンクを御覧ください。
(リンク⇒http://imutakatumi.officialblog.jp/archives/20664767.html



政府案では、日本には都合の良い制度です。

逆に盛れば、外国人にはメリットが少ない事になります。外国人労働者の奪い合いになったなら、中国や韓国の後塵を拝するかもしれません。
政府案で労働力不足が解消すると考えるなら、間抜けな施策と言わざるを得ません。

当ブログでは、2100年のあるべき日本の姿も模索しています。
今回の労働力不足にも対策案を書いていきますので、御期待ください。

原発に反対される方は多くいます。
そんな中、私は中途半端な立ち位置を選んでいます。
具体的には、原発の新設には反対ですが、再稼働には賛成です。
最近では、政府も私の立ち位置ににじり寄ってきているようです。

私が原発再稼働を言うのは、もちろん地球温暖化対策です。
地球温暖化の対策は一つでも多く実施したいと考えていますが、何でもかまわないとは考えていません。
原発の力が不要になるなら、直ちに停止すべきとも考えています。
また、何でもいいから再稼働すべきとは考えていません。



一方、反原発派の中には、反原発のみが目的と化している意見も見られます。

「核廃棄物は万年単位のゴミだ。それを後世に残すことは許されない」
頭の痛い問題です。
原発を停めても核廃棄物は無くならない点で、更に厄介です。
頭の痛い問題ですが、温室効果ガスも厄介です。
深海への二酸化炭素の貫入も確認されていて、下手をすると、数千年間も海底に留まり、気候や生態系に影響を与え続ける可能性もあります。
使用済み核燃料が増えても、二酸化炭素を減らす方が重要だと、私は考えています。

「温室効果ガスには、亜酸化窒素もある。原発を再稼働しても亜酸化窒素は抑制できない」
御尤もです。
では、温暖化対策は、二酸化炭素と亜酸化窒素とメタンガスのすべてを同時に減らす必要があるのでしょうか?
温室効果ガスの発生原因が異なるのですから、それぞれに対策するのが当たり前です。
『亜酸化窒素を減らせないから二酸化炭素も減らさなくても良い』との考えは間違いです。
亜酸化窒素の削減が難しいのなら、その分も二酸化炭素を減らすべきです。
そのためには、原発がより重要な役割を担うことになります。

「温室効果ガスの多くは、自然由来だ。人工の温室効果ガスを減らしても無意味だ」
確かに。
ですが、産業革命を機に、温室効果ガスが大幅に増えていることも事実です。
二酸化炭素は1.4倍、メタンガスは2.5倍、亜酸化窒素も1.2倍も増えています。
増加分の多くは、人為由来であることは間違いないでしょう。
温室効果ガスの人為由来分を減らさない理由は見当たりません。
また、人為由来と自然由来の線引きは難しいところです。
例えば、亜酸化窒素は、農地から発生することが多いのですが、これを自然由来とするのか、窒素肥料の使い過ぎによる人為由来とするのか、線引きの基準が議論になります。
もっと厄介なのは、永久凍土からのメタンガスかもしれません。こちらは、気温の上昇でメタンガスの発生量が増えていますが、温暖化が人為由来と考えればメタンガス増は人為由来になり、温暖化が自然由来となればメタンガス増も自然由来となってしまいます。
温室効果ガスは自然由来か人為由来かを持ち出す前に、人為由来の二酸化炭素だけで毎年300億トン以上もあることを認識すべきでしょう。

「原子力発電は、安全対策で高価な電力になっている。それでも再稼働するのか?」
これは、馬鹿げた話です。
この意見を持っている方が再エネ発電にも反対するならまだしも、再エネは推すのなら完全に自己矛盾です。再エネ発電は高価な電力のため、定額買い取り制度で支えられています。価格競争力はありません。
私は、温暖化対策として再エネも原発も捉えているので、価格競争力は関係ありません。
安全対策で高価格になっても、原発の再稼働をやめる理由にはならないのです。

「原発を稼働すると再エネ発電を停めなければならない。停めるのは原発だ」
ここまでくると、再エネ発電で利益を得ているのか? と思いたくなります。もちろん、原発を停めたいだけで口実を探しているにすぎないことは、私も理解しています。
再エネ発電を止めるのは、原発を動かしたことで出力調整が可能な火力発電所を停めたためです。
再エネ発電は環境の影響で出力が大きく変動するため、不足分を火力発電が補っていました。火力発電所が、原則として出力調整ができない原発に置き換わったため、再エネ発電の出力変動に対応できなくなったのです。
ですが、原発を停めて再エネ発電をフル運転させることは、火力発電所を稼働させることを意味し、温暖化対策に逆行することになります。



「原発を廃止することが強く望まれる」と言う方とは議論できます。
ですが、「原発は絶対に認められない」と言う方とは議論になりません。
このような方とは、その方の意見にYesを言うかNoを言うかの二者択一です。
私の考えは反映されません。
ならば、まずはNoを言うところから始めるしかありません。

「原発事故で放出された放射性物質で、若い世代に甲状腺癌が増えている」
おっしゃる通りです。
私自身、癌経験者ですので、甲状腺癌が見つかった子供たちや親御さんたちの気持ちも理解できるつもりです。
一方、交通事故で命を失った方々のことも、考えます。
交通事故で命を失うと、その遺伝子は未来永劫に渡って失われます。
これを軽く見ることは、私にはできません。
見方によっては、甲状腺癌よりも重大なのです。

原発事故と交通事故を一緒に論じることに抵抗を感じる方は多いでしょう。
その根拠に、事故の規模の違いを挙げられています。
1件の事故ならともかく、年間の合計では交通事故の方が甚大です。
年間4000人以上が命を落とし、数万人が傷付きます。騒音、振動、排気などで健康被害を受ける方も膨大な数に上ります。道路建設のために立ち退きを余儀なくされる方もいます。自動車用の道路面積は、原発事故の非難区域にも比肩しうる規模です。
車を運転する方は、誰でも人の命を奪ってしまうリスクがあります。もちろん、安全運転を心がけますが、完璧に事故を防ぐことは不可能です。
原発の再稼働を認める私に交通事故を起こすことへの免罪符があるわけではありませんが、原発には完璧な安全性を要求する方が車を運転するのなら、その矛盾についての説明は必要でしょう。


2017年12月には、広島高裁が『四国電力伊方原発3号機の運転を差し止め』の判決を出しています。この判決は、日本が壊滅するレベルの噴火を想定しているのですから、原告自身が噴火で亡くなる可能性を無視できませんし、原発事故の影響範囲に踏みとどまれる可能性も極めて低いと考えられます。それにもかかわらず、原発の事故リスクだけを最悪規模で取り上げて判断した点で、司法判断に裁判長の個人的意見が投影された異様な判決でした。しかも、物証を棄却し、状況証拠を採用した点でも、反原発ありきの判決でした。
この判決には、反原発派の中にも違和感を唱える方が少なからずいました。
原発の再稼働の是非を議論するのなら、このような方と話をしてみたいと思いますが、この判決を無条件に肯定する方との議論は難しいでしょう。

原発には、様々なデメリットがあります。
同時に、メリットもあります。
そのバランスを、私が見誤っている可能性もあります。
一方、デメリットばかりを羅列する方は、そもそもメリットと地球環境の未来を見ようとしていないのではないか思えてならないのです。
そうであれば、議論は成立しないのではないでしょうか。

福島第一原発の事故の影響を調べるために行われている甲状腺結果について、まとめます。
福島県では、県民健康調査を行っています。


第28回福島県「県民健康調査」検討委員会(平成29年10月23日)について
http://www.pref.fukushima.lg.jp/site/portal/kenkocyosa-kentoiinkai-28.html

県民健康調査 「甲状腺検【本格検査 (検査 2回目 )】
http://www.pref.fukushima.lg.jp/uploaded/attachment/238768.pdf

県民健康調査 「甲状腺検【本格検査 (検査 3回目 )】
http://www.pref.fukushima.lg.jp/uploaded/attachment/238771.pdf



これをまとめて・・・と言いたいところですが、他からもデータを補完させていただきました。
データは、以下のようになっています。

福島甲状腺癌検査表

注目すべき点は、地域差です。
初回のデータでは、地域差はありませんでした。
その件については、当ブログでも過去に書いています。

http://imutakatumi.officialblog.jp/archives/27576466.html

この記事は、『旧・風の谷の生活』に2014年に書いた記事の転記でした。
そのため、この時点の情報では地域差は見られませんでした。
今回のデータでは、2巡目(2014~2015年)では明らかな地域差が出ています。
3巡目(2016~2017年)は、全数の判定が確定していませんが、類似の傾向が見られます。

福島甲状腺癌地域差

これは、有意な差とみていいはずです。
また、13市町村に多く罹患者が見られることから、福島第一原発事故の影響とみて間違いないでしょう。


これとは別に、避難時期と経路を踏まえた被ばく線量の推定の研究が行われています。
NHKのサイエンス・ゼロで紹介された研究では、甲状腺への影響が心配されるヨウ素131(半減期8日)の被ばく線量を推定するために、ヨウ素129(半減期1570万年)を用いた推定方法が開発されています。
これまでは、セシウム137(半減期30.1年)を用いた推定方法でしたが、ヨウ素131の大気中濃度の変化は、セシウム137の大気中濃度とは異なる変化をする場合があることが分かってきました。

これに、大気シミュレーションを加えて推定の被ばく線量を算出していました。
甲状腺等価線量を算出するには、ヨウ素131の大気中濃度、呼吸で吸い込んだ大気の量、年齢による甲状腺への影響度を加味する必要があります。
番組中では、1歳児をモデルに計算した結果を消化していました。
それが、次です。

甲状腺等価線量

このような研究結果を基に、将来的な甲状腺癌のリスクと対策を考えていく必要があります。
ですが、問題もあります。
一つは、推定値に大きな幅があることです。
また、過大評価をしている可能性もあります。
その要因の一つが、気象です。

小児甲状腺癌と被ばく線量との関係を、アメリカの国立がん研究所の研究者が2017年に発表しています。
被ばく量が0~200mSvで小児甲状腺がんリスクを調べたものです。
番組の中では、一次回帰式の値に基づいた解説がされていました。
50mSvでもリスクがあることが、グラフからも読み取れます。

高いリスクがある以上、精度の高い推定が要求されます。
そのための研究は、速やかに行われなければなりません。



最後に、私は原発再稼働賛成の考えを持っています。
前述のような事実を知っていて、なおかつ、がん患者としての不安も経験しています。
それでも、原発の再稼働は必要だと考えています。
それくらい、地球温暖化のリスクは大きいと考えているのです。

麻生財務大臣は、東大卒の北橋健治北九州市長を「人の税金を使って学校に行った」と批判しました。

では、会計監査院が指摘した1156億円もの無駄は、『人の税金を無駄にした』ことにならないのでしょうか。最高責任者である麻生財務大臣から、合理的な説明を聞きたいものです。

1156億円は、過去最小だそうですが、これは政府の予算が正しく使われなかった額であって、予算の中にある無駄を指摘したものではありません。

また、調査で明らかになった額であり、調査から漏れた分もあるはずですから、実際の無駄はこれ以上でしょう。

 

さて、1156億円の無駄ですが、44.3万人の国立大学生に分配すると約26万円/人になります。

文科省の資料によると、2016年の文系では、私学と国立大との学費の差は21万円ほどなので、財政の無駄をなくすだけで、国立大の学費は賄えます。

因みに、麻生財務大臣は私学の政治経済学部卒、北橋北九州市長は国立大の法学部卒ですから、どちらも文系です。

 

個人的には、現在の国立大の学費は、高過ぎます。

サラリーマン家庭では、国立大であっても二人の子供を大学に進学させるのは、金銭的に厳しいところです。

一人の子供を国立大に進学させると、四年で国産大衆車一台分の学費がかかります。二人なら二台分です。

これは、かなり厳しい金額になります。

「頭が良いなら、お金があるだろう」との考えは、正しくありません。

例えば、ノーベル賞受賞者の多くは、一般人とほぼ同等の収入でした。精々、「ちょっと良いかな?!」といったレベルです。

収入と頭脳の相関は、あまりありません。

国立大の学費は低く抑え、優秀な人材を産み出す力とすべきです。

 

日本は、高い教育レベルで国を発展させました。

これは、途上国の規範となっています。

大切な教育を、自民党政権は国立大の学費を大幅に上げ、優秀な人材を潰してきました。

一方で、設立基準を緩和して無駄な公立大(国立を除く)を乱立(公立大の6割は新設立基準による設立)させ、間接的に国庫から出金しています。

その無駄には言及しない財務大臣は、如何なものでしょうか。


↑このページのトップヘ