豊葦原中津谷のニニギ

食糧自給率の向上を目指して! (2100年の日本へワープ)

<<豊葦原中津谷のニニギ>>

「なぜ、この谷のように暮らせぬのか」
腐海という危機を前にしても戦争に明け暮れる諸国を、ユパはこう嘆いています。
現在の地球が置かれている状況は、この台詞に表されているように思えませんか。
ならば、風の谷のように暮らしてみよう。
私なりの解釈の元、片田舎で自給自足型農業を始めることを決意したのです。

                              いむたかつみ

回の台風では、多くの方が被災し、避難先から自宅に戻られた方は、現状を目の当たりにされ、辛い思いをされていることと思います。
被災された方々が、1日も早く日常を取り戻すことが出来ることを願っています



さて、敢えて言いす。
今回の災害においても、「川の様子を見に行く」や「田んぼの様子を見に行く」ことで、亡くなったり行方不明になった方が少なからずおられました。
ニュースなどでは、「川の様子などを見に行かないようにしてください」と繰り返し注意を呼びかけていました。
そのような注意を無視した行動は、自己責任では済まされないと、私は思います。

なぜなら、行方不明になったら、消防や警察や自衛隊が捜索しなければならないのです。救出に、多くの隊員が命をかけるのです。
注意を守らない人を
助けるために、命をかけるのです。自己責任では済まされないでしょう


同じことが、逃げ遅れた方にも言える場合があると思います。
大災害でしたが、災害が及んだ範囲は、ハザードマップの記載とほぼ一致していたそうです。つまり、取り残されたのではなく、避難すべきだったのに避難していなかった場合が少なからずあったと思うのです。

避難しなかった理由は個々にあるかもしれませんが、救助に命をかける側の立場で考えていただきたいと思います。


私の親族には、消防の関係者がいます。
避難の呼びかけを無視したり、自ら危険な場所に行った人間のために、我が親族が命をかけるのかと考えると、腹立たしく感じたしだいです

これまで見てきた動物の歩き方は、いずれも三点支持で歩く動物ばかりでした。
昆虫のように三点支持を2組(6本脚)用意し、交互に動かす場合、哺乳類のように4本脚の3本を使って三点支持し、残る1本を前へと進めていく場合の2種類を紹介しました。

今回は、脚の本数が4本より少ない動物について、考えてみましょう。


地球上の動物の脚の本数は、ムカデのように本数を数える気にもなれないものから、昆虫の幼虫の16本(6本+8本+2本)、イカの10本、蟹や蜘蛛の8本、昆虫の6本、哺乳類や爬虫類の4本、人やダチョウの2本、蛇の0本などがあります。

余談ですが、蟹はハサミを加えて10本と数えるのが正しいそうです。ところがタラバガニはハサミを加えても8本です。というのも、タラバガニはカニではなくヤドカリの仲間なのです。

ズワイガニ(越前ガニ)
 ・ズワイガニ画像(JAMSTEC)https://www.godac.jamstec.go.jp/bismal/j/view/0001035

タラバガニ
 ・タラバガニ画像(JAMSTEC)https://www.godac.jamstec.go.jp/bismal/j/view/0000776

人間も、正確には4本脚で、後肢だけで立ち上がり、前肢を歩行には使わないだけです。
鳥類やコウモリも、本来4本脚であって、前肢で飛行するだけです。
クジラは、本来は4本脚(ラクダなどと同じ偶蹄類)ですが、後肢が退化して痕跡も残っておらず(骨盤の一部が2個の骨として残っているだけ)、前肢と尾で泳ぎます。



本題に入りましょう。
4本脚より本数が少ない動物は、どのように歩くのでしょうか。
2本脚や3本脚(八咫烏しか思いつかないが)は、基本的には二つの方法を用いて歩きます。
一つは静的安定、もう一つは動的安定です。
静的安定とは、体の重心が、常に両足の接地面または両接地面を繋ぐ面の中にある歩き方です。
人類の場合、単に立っている時が、これに相当します。また、「抜き足、差し足、忍び足」の歩き方も、ほぼ静的安定で歩いています。
世界初の完全二足歩行を実現したWABOTは、この歩き方(静的安定)だったそうです。
体重を完全に移動させるので、その歩き方は、上体を左右に揺さぶりながらヨタヨタと歩きます。
静的安定歩行

もう一つの歩き方である動的安定は、簡単に言えば倒れる前に脚を出して倒れないようにする歩き方です。
動的安定は、人類の通常の歩き方です。また、アシモの歩き方も、これに近いはずです。
重心を移動したい方向に移動させ、バランスを取るために、重心を追いかけるように足を進める歩き方です。足を運ぶ位置は、概ね重心の辺りですが、完全に重心の真下に足を運ぶわけではありません。ですが、常に重心を追いかけるように足を運びます。
動的安定歩行


このように、二本脚で歩く場合、バランスを取りながら歩きます。ですが、バランスを取るためには、接地面が広い方が有利です。人類は、踵を地面に着けて接地面を稼いでいます。
以前に書いたように、多くの動物は、爪先立ちか、指先で立っています。接地面が点のように狭くても、3点あれば安定するお陰ですね。人類とは異なります。
ただ、類人猿(人、ゴリラ、チンパンジなど)は、人以外も踵を地面に着けて歩くので、「二足歩行に移行し易かった」とは言えても、「二足歩行のために踵を地面に着けた」とは言えないようです。

人類の場合、直立する事で視界を確保しました。副次的な産物として、脳の大型化を支え、また前肢が作業肢として利用できるようになりました。
人類にとって、四足歩行を捨てるだけのメリットはあったのでしょう。同時に、二足歩行のデメリットも、大きくなかったと言えそうです。
二足歩行は、安定性の面ではマイナスですが、四足歩行の段階でもギャロップのように動的安定を磨いていたので、安定性のデメリットは少なかったのでしょう。
また、2本の脚に交互に体重を載せていくので、体の上下動も大きくはありません。人類は、代謝が高い哺乳類ですから、多少の上下動ならエネルギを供給できます。デメリットとしては、無視できるレベルだったのでしょう。

2本脚の陸上生物は、人類の他はダチョウやカンガルーですが、大半の動物が4本脚であることを踏まえると、生物として成功しているとは言えません。
ですが、過去には2本脚の動物が高い割合で棲息していました。
それが、恐竜です。
最初期の恐竜は、二足歩行だったと考えられています。
その後、四足歩行の恐竜が現れたようです。
ティラノサウルスなどの二足歩行の恐竜は、ダチョウに似た歩き方をしたと考えられています。
ですが、体系的にはダチョウよりカンガルーの方が似ているように見えるので、小型の二足歩行恐竜は、カンガルーのような両足跳びをしていた可能性はないのかなと、個人的には想像しています。
カンガルー
 ・カンガルー画像(東京ズーネット)
  https://www.tokyo-zoo.net/encyclopedia/species_detail?code=0


恐竜から進化したとされる鳥類には、鳩や鶏のように片脚ずつ踏み出す歩き方と、雀やカラスのように両足跳びの歩き方の2種類がいます。鳥類は、羽を同方向に動かすので、両足も同方向に動かす両足跳びを得意としても不思議ではありません。
なので、恐竜にも両足跳びの歩き方をする種類があっても不思議ではないと想像したのです。


余談になってしまいましたが、2本脚で歩くのも、重心の上下動を抑えられるので、歩き方としては成立することがわかったと思います。
最後は、1本脚の歩行です。

まあ、1本脚は、案山子かカラカサ小僧(妖怪)くらいしか思い浮かびません。
地球ではそうかもしれませんが、宇宙は広いので、どこかに1本脚の動物が居るかもしれません。
では、1本脚の動物は成立するのでしょうか。
脚が1本しかないと、脚を前に運ぶ際には、宙に浮くしかありません。つまり、飛び跳ねながら進むことになります。
これ自体は、カンガルーの走法(両足を揃えてジャンプする)と同じですから、可能性は充分にあります。体の上下動は激しくエネルギ消費は大きくなるので、代謝が優れた動物でなければなりませんが、可能性はありそうです。

なんだか、1本脚の動物も、宇宙のどこかに居そうに思えてきました。
ですが、私は懐疑的です。

動物の外見は、なぜか左右対称です。
体の中を見ると、心臓や肺、盲腸などの内臓は左右非対称です。フクロウのように、耳の非対称によって頭蓋骨は左右非対称な動物もいるのに、外見は左右対称なのです。
フクロウは空力の影響を減らすためと考えるにしても、陸上生物では空力の影響は大きくありません。それでも左右対称なことから、何か左右対称にしようと働く力があるようです。
それを踏まえると、1本脚の生物に進化する過程で、常に左右対称でなければなりません。単細胞生物から多細胞生物、代謝が低い動物から代謝が高い動物へ、脚の本数が多い動物から少ない動物へと進化する過程の全てで、左右対称を崩さずに1本脚に進化できるのか、私の想像力では進化の過程を描くことができませんでした。



いつものように、ごちゃごちゃと書いてきました。
動物の歩き方を記事にするのは、14ヶ月ぶりです。ですから、次回がいつになるか、見当もつきません。
ただ、次に描くとしたら、脚の本数が0本になりますよね。脚が無いって、ヘビですよね。
私は、ヘビは苦手です。
ヘビ以外で脚が無い爬虫類も居ますが、そちらも遠慮したいですね。
ならば、ミミズは? と言われても、これも・・・
いっそのこと、脚が沢山あるムカデとか・・・
もっと嫌です!!

と言うわけで、次回はかなり先になりそうです。


 動物の歩き方ー1
 動物の歩き方ー2


今年も、ノーベル賞が発表されました。(経済学賞は14日の予定)
吉野彰氏がノーベル化学賞を受賞され、グッドニュースに沸き立ちました。

ただ、日本のメディアには、異様なほどのナショナリズムを感じました。
と言うのも、化学賞では「吉野氏ほか二名が受賞」と流れてきましたが、同時に受賞されたお二人の名前が、中々出てこなかったのです。
翌日の文学賞でも、「村上春樹氏14度目の正直ならず」とか「日本人受賞者なし」ばかりが流れ、誰が受賞し、代表作は何か、などの情報は当初は皆無でした。
メディアの関心事は、ノーベル賞受賞者の中に日本人が居るかどうかであって、誰が受賞したのか、何が評価されたのか、全く興味がないようです。

因みに、ノーベル化学賞の同時受賞者のお二人は、ジョン・グッドイナフ氏とスタンリー・ウィッティンガム氏です。
ウィッティンガム氏は、負極材にリチウムが有効であることを発見しました。
グッドイナフ氏は、正極材としてコバルト酸リチウムを発見しました。
そして、吉野氏は、炭素系の材料を負極材に使用し、実用化を果たしました。

なお、グッドイナフ氏は、史上最高齢の97歳での受賞となりました。


さて、メディアのナショナリズムを批判しておきながらではありますが、日本人受賞者の一覧を掲載しようと思います。
ノーベル賞受賞者2019
※上図にカズオ・イシグロ氏はありませんが、受賞時に米国籍の南部陽一郎氏と中村修二氏は含めています。
 基準は、日本人として生まれ、日本で大学まで教育を受けた方としています。


今回も、国立大学出身者が受賞されました。
日本のノーベル賞受賞者27人中、学部時代を国立大学で過ごさなかったのは、小柴氏(東京明治工業専門学校:現・明治大学)のみです。小柴氏も、東大に進学されていますから、全員が国立大学の出身です。
小柴氏以外では、大村智氏が国立大学卒業後に東京理科大学大学院に進学されています。

戦後教育制度でノーベル賞を受賞されたのは17人ですが、全員が高校卒業後は国立大学に進学されています。学生数では、国立大学は20%前後ですから、17人の全員が国立大学出身者になる確率は、およそ0.0000000001%(1兆分の1)です。(戦前も含めると1京分の1以下!)
この数字は、明らかに国立大学の優位性を示しています。
以前は、旧帝大だけが受賞を輩出していましたが、近年は、地方大学出身の受賞者も増えています。トップクラスの私学と比較して、入試段階の難易度では高くない地方大学ですから、在学中に学生が育っているのではないかと思われます。
一方、近年の大学改革では、国立大学の自主性が奪われつつあると危惧されています。これに加えて、金銭面での国立大学の私学化も進みつつあります。それ以前に、ゆとり教育の歪もあります。
今後も、日本人受賞者が出るのか、かなり不安に感じています。

メディアがノーベル賞ナショナリズムに浮かれていられるのも、今のうちかも?



私は、日本という国が好きです。日本人として生まれてこられて幸せに思います。
ですが、右を向いている人も、左を向いている人も、そしてナショナリズムに冒されている人も、あまり好きではありません。だから、メディアは放っといて、リチウムイオン電池について、少しだけ触れておきたいと思います。

リチウムイオン電池は、エネルギ密度が高いことが知られています。
重量エネルギ密度は約200Wh/kg、体積エネルギ密度は520Wh/Lです。
以前の代表的な蓄電池である鉛バッテリやニッカド電池と比較すると、大雑把に5~6倍のエネルギ密度を持っています。非常に高性能だと分かります。
これは素晴らしいことですが、同時に、危険性も持っているのです。
小さな電池であっても、蓄えられているエネルギが全て熱に変わった場合、その発熱量は膨大になります。それゆえ、エネルギの出し入れの制御は、非常に重要になるのです。
今後、リチウムイオン電池を超える性能の二次電池が現れる可能性はありますが、この問題だけは逃れることができません。
二次電池に関心がある方は、そんな視点から見てみるのも面白いかと思います。

リチウムイオン電池は、地球温暖化対策にも貢献が期待されます。
日中に太陽光で発電した電力を蓄え、夜間にも使用できるようにするためには、高性能の二次電池が必要になります。
では、100万kWの火力発電所に変わる太陽光発電所を作ると仮定しましょう。
仮に、昼間の12時間で夜間の分まで発電すると仮定すると、太陽光発電所の定格は200万kWになります。12時間で発電した分の半分は昼間に消費したと仮定すると、日没時点の充電電力量は200万kW×50%×12時間となり1200万kWhとなります。
これをリチウムイオン電池に充電する場合、1200万kWh÷200Wh/kgとなり、6万トンの重量になります。
これは、現実的な数字ではありません。しかも、悪天候や季節変化を考慮していない極めて甘い計算でも、こんなに大きな二次電池が必要になるのです。
二次電池だけでは、解決が難しいでしょう。
夜間の電力消費で大きな割合を占めるのは、電灯です。
今後のノーベル賞級の研究は、電灯に代わる蓄光式照明なのかもしれませんね。
蓄光式照明を実用化するには、スイッチで発光と消灯ができる必要があります。
スイッチング可能な蓄光式照明を発明すれば、ノーベル化学賞も夢ではない


メディアよりちょっとだけ賢いことを証明できたと、ほくそ笑む伊牟田でした。

彼女の演説に対して、賛否両論があるようです。
賛否の両方があること自体は健全な状態なのですが、中には彼女に対する中傷の類いもあるようです。
「16歳の考えに世界が振り回されたらダメだ」は良しとしても、「洗脳された子供」や「お嬢ちゃまがやってることが間違ってる」などと言う日本の有名人も居たと聞き、コトの本質を見抜けていない点も含めて、同じ日本人として恥ずかしくなります。

コトの本質と言えば、否定意見の中に地球の寒冷化を上げる方が少なくないことが気になります。


地球温暖化の最大の問題は何でしょうか?

気温が上がることでしょうか?
異常気象が増える
ことでしょうか?
生態系が破壊される
ことでしょうか?

他にも、様々な問題が予測されていますが、元凶を見落としていませんか?
元凶
を捉えていれば、寒冷化の話題は出てこないはずなのです。


そもそも、地球温暖化は大気中の二酸化炭素濃度が上昇したことによる様々な環境変化の一つにすぎません。

大気中の二酸化炭素濃度が上昇すると、温室効果が高まり、気温が上昇するというのが、地球温暖化のシナリオです。
つまり、元凶は、大気中の二酸化炭素濃度の上昇であり、地球温暖化ではないのです。

元凶
が見えてくると、複数ある一次の影響も見えてきます。
まず、地球温暖化です。
地球温暖化に伴う二次の影響として異常気象の増加があり、三次の影響として生態系への悪影響が懸念されるのです。
地球温暖化以外の一次の影響として、河川・湖沼・海洋の酸性化があります。
これも、二次的な影響として生態系への影響があります。
これ以外の一次の影響では、深海の無酸素化が懸念されています。

 二酸化炭素濃度の上昇 ┬ →地球温暖化   → 異常気象など → 生態系への影響
            ├ →海洋等の酸性化 → 生態系への影響
            ├ →深海の無酸素化 →・・
            :



地球が温暖化しているか、寒冷化しているか、重大ではないことがわかると思います。
問題の本質
である二酸化炭素の排出量削減しなければならないのです。
 

余談になりますが、地球の寒冷化の要因も、見ておきましょう。
寒冷化する要因として、私が思いつくものを列記します。

・地球の公転軌道の変化(数万年前まで続いた氷河期の原因とされる)
・温室効果ガスの減少
・反射能の増大(氷河の拡大やエアロゾルの増加などで太陽光の反射量が増える)
・太陽活動の低下(マウンダー極小期とそれに伴う寒冷化の要因とされる)

地球は寒冷化している」と叫ぶ方は、概ね、太陽活動の低下を指摘しています。
2000年以降の太陽活動は、マウンダー極小期に似た傾向にあることを根拠にしているようです。ですが、この間も地球の平均気温は上昇傾向を示しています。太陽活動の低下が一時的に気温の上昇を緩和することはあっても、全体としては地球温暖化は進行すると考えられます。
もう一つの問題は、マウンダー極小期は70年しか続かなかったことです。太陽活動が低下したとしても、極小期の終了後のことを考えるなら、二酸化炭素の排出量削減は欠かせないのです。





これとは別に、以下のようなTwitter記事を見かけたので、紹介しておきます。

トゥーンベリさんの演説で、ある人が残念そうに「原発には触れてないんだ」と。
「原発ゼロを求めても、日英独はともかく、米仏や経済発展が著しい中国、インドは
 まず応じない。問題が複雑になるのを避け、あえて言及しなかったのだろう」と私。


地球温暖化対策を考えると、原発は推進しなければなりません
原発に触れるとすれば、原発を停める方向にある各国に対して警告を発することになるでしょう。

Twitter主の意図は分かりかねますが、反原発=正義と勘違いしているように思えました。
原発事故の悲惨さを考え、反原発を訴える気持ちは理解できますが、原発事故のリスクよりも地球温暖化のリスクが重大だと考えるなら、原発推進=正義となりうることを理解すべきです。


私が、原発再稼働には賛成だが、新設には反対と言うのは、地球温暖化と原発の問題のバランスの中で導いた結論です。
反原発=正義と思いこまず、後世により良い地球を残す方法を考えるべきです。

トゥーンベリさんが訴えた本質部分未来の地球の姿のはずですから!

散歩してきました。
秋の気配は、あちこちで感じられました。
 
イメージ 1
 
ちょっと面白い取り合わせだと思ったので、パチリ!
これって、ひまわりではないですよね?
 
イメージ 2
 
これは、ハナミズキです。
日本が送った桜の返礼として、アメリカから寄贈されたのが、ちょうど100年前。
今では、街路樹でも良く見かけます。
私の街では、一週間くらい前から葉が色づき始めています。
(もう少し離れたところから見る方が、葉の色付きが分かりやすいのですが・・・)
 
イメージ 3
 
柿が、もうこんなに実っているんですね。
「風の谷」にも植えたいと思っているのですが、桃栗三年柿八年と言いますから、
気の長い話です。
 

↑このページのトップヘ