豊葦原中津谷のニニギ

食糧自給率の向上を目指して! (風の谷の生活)

<<豊葦原中津谷のニニギ>>

「なぜ、この谷のように暮らせぬのか」
腐海という危機を前にしても戦争に明け暮れる諸国を、ユパはこう嘆いています。
現在の地球が置かれている状況は、この台詞に表されているように思えませんか。
ならば、風の谷のように暮らしてみよう。
私なりの解釈の元、片田舎で自給自足型農業を始めることを決意したのです。


一昨年、世間を騒がせたSTAP細胞ですが、
ドイツのハイデルベルク大学の研究グループSTAP関連の論文を発表しました。

ハイデルベルク大学の研究によると、
セルライン化されたT細胞に低pHの刺激を与えると、STAP現象が確認されたそうです。

日本では、マスコミの総攻撃で抹殺された感のあるSTAP細胞ですが、
海外では、研究が継続されているのです。
ハーバード大学では、STAP細胞の特許申請を行っています。
他の大学でも、STAP現象の研究は継続されているようです。


STAP細胞




この状況は、私は驚いていません。
ただ、STAP細胞論文問題に関する情報が二転・三転したため、
匙を投げたと言いますか、STAP細胞の話題から逃げたのです。

その辺りの流れは、もう一つの「風の谷の生活」に書いています。


★ STAP細胞って面白い

★ STAP細胞は、存在しないようですね。

★ STAP細胞というより日本の科学界が揺れています。

★ 癌についての疑問


私が書いた記事の内容は、専門家が見ればおかしなところだらけでしょう。
マスコミとの唯一の違いは、「スキャンダルが全て」のマスコミとは違い、
論理的に考えて可否を検討するところくらいでしょうか。

先日、足利学校に入学しました。

入学証


足利学校は、室町時代に上杉憲実が、書籍を寄進し、庠主制度を設けて初代庠主に鎌倉円覚寺の快元を招聘するなどして学校を再興したとされていますが、古くは奈良時代の国学の遺制説、平安時代の小野篁説、鎌倉時代の足利吉兼説などがあるそうです。
1549年には、フランシスコ・ザビエルによって「日本国中最も大にして、最も有名な坂東の大学」として、世界に紹介されています。

入徳門と學校門をくぐり、足利学校の中へ。

足利学校


そして、玄関へ。
ちなみに、左の立派な唐破風が玄関で、左は脇玄関です。

足利学校の玄関


この足利学校は、自学自習を基本としていました。
学びたい学問が終われば、自ら卒業したそうです。
それ故、在学期間は、短い人は1日、長い人は10年以上だったそうです。

さて、私は、在野の気象研究者を自称しています。
足利学校の精神に倣い、自分の納得できるまで気象と農業を考えていきたいと思います。

今から2年前、国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)で、
農業や生態系などの面ですべての大陸と海洋で温暖化の影響が表れていると、
断定しました。
 
18世紀半ばと比べた世界の平均気温の上昇が今世紀末に4度気温が上がる
穀物の生産量が落ち込むなど世界的な食糧不足が深刻化するというのです。
 
4度未満2度以上の上昇でも、動植物などに大規模な絶滅を招くと指摘しています。
予測される上昇スピードが急激すぎるため、
生物の多くが環境変化に合わせた移動が間に合わなくあるというのです。
 
イメージ 1
 
いよいよ、温暖化も深刻化してきましたね。
食糧事情の悪化が目に見える形になる前に、営利目的の市場価格上昇が始まるはず。
それが何年後に始まるのでしょうか。
そして、当面は始めることができない「風の谷」計画は、間に合うのでしょうか。
 
心配です。

先日、藤の花を見に行ってきました。
私の藤の花のイメージは、藤色に代表されるように薄紫色でしたが、
満開になっていたのは、白い色の藤と

白い藤


そして、黄色い色の藤でした。

黄色い藤


見慣れた藤の花は、少し元気はなくなっていましたが、それでも見応えはありました。

藤棚



さて、藤の花の見頃は、少し早くなってきているような気がします。

藤の花が表す季語は、晩春を表します。新暦では、5月頃になります。
花札では、藤の花は卯月(旧歴4月)を意味するそうです。
年毎の差や地域差もあるでしょうが、やや早くなっているような気がします。
ただ、
桜の開花(東京)は、過去50年余りでも3日程度しか早くなっていませんから、
藤の花の開花が早くなっているとしても、数日程度なのでしょう。

藤の花の開花も、East  のように、きちんと調べないといけないですね。

East I

今日は、プロ野球の観戦をしてきました。
西武プリンスドームで開催された西武vsオリックス戦です。

4番中村

西武の4番はおかわり君こと中村選手です。
3回、5回、9回はスコアリングポジションで打順が回りましたが、快音を聞くことはありませんでした。
絶好調のメヒアも封じられ、西武は最終解の反撃も及ばず、6-7で敗戦となりました。




さて、今回の罵詈雑言は、言論の自由です。
言論の自由は、憲法21条で保障された権利であることは、ほとんどの方が御存知でしょう。

憲法には、下記のように書かれています。


・集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。

・検閲は、これをしてはならない。通信の秘密は、これを侵してはならない。


この考えの出発点になったのが、13箇条からなるポツダム宣言の10項に書かれていました。

・われわれは、日本を人種として奴隷化するつもりもなければ国民として絶滅させるつもりもない。
 しかし、われわれの捕虜を虐待したものを含めて、すべての戦争犯罪人に対しては
 断固たる正義を付与するものである。
 日本政府は、日本の人民の間に民主主義的風潮を強化しあるいは復活するにあたって
 障害となるものはこれを排除するものとする。
 言論、宗教、思想の自由及び基本的人権の尊重はこれを確立するものとする。


つまり、ポツダム宣言を受諾した時点で、日本は言論の自由を保障する義務を負ったのです。
これが形になったのが、憲法21条なのです。


さて、今回は、自民党の憲法改正草案については言及しません。
これより問題に思っているのが、メディアの態度だと考えているからです。

本来、「自由」には「責任」、「権利」には「義務」が生じます。
憲法の表記の上では、言論の自由に対する義務は、書かれていません。
ですが、何を表現しても許されるわけではありません。

では、メディアはどのように言論の自由を捉えているのでしょうか。
多くのメディアでは、「我々は、言論の自由を堅守しなければならない」との論調が目立ちます。
ですが、言論の自由の裏にある「責任」については、メディアからはほとんど聞かれません。

また、STAP細胞の際には、最初は必要以上に持ち上げ、一旦、不正が見つかると、これでもかと徹底的に叩いていました。
現在進行形で言えば、地震予知についてのメディアの基本姿勢は、有料地震予知を高く評価する一方で、地震学会が地震予知できていないことを非難しています。これは、明らかに間違った内容です。
これらから、メディアが伝える情報は、事実に基づかず、メディアの都合(売り上げ、個人的な思想等)で内容を変えているように、私には思えます。


私は、護憲派です。
憲法は、国家の指針を示すものであり、結果的に為政者の方向性を制限する目的を持っています。
為政者側に口実を与えることになるメディアの動きは、護憲派にとってマイナス要因になります。
その辺りを、メディア関係者は理解できていないのではないかと、不安に感じています。

戦時中、職業野球(プロ野球)は事実上の中断を余儀なくされました。中等学校野球大会も、1941年から1945年まで中断しています。1940年に予定されていた東京オリンピックも中止されました。ノンビリ野球観戦できる今の幸せを、噛み締めています。

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