豊葦原中津谷のニニギ

食糧自給率の向上を目指して! (2100年の日本へワープ)

<<豊葦原中津谷のニニギ>>

「なぜ、この谷のように暮らせぬのか」
腐海という危機を前にしても戦争に明け暮れる諸国を、ユパはこう嘆いています。
現在の地球が置かれている状況は、この台詞に表されているように思えませんか。
ならば、風の谷のように暮らしてみよう。
私なりの解釈の元、片田舎で自給自足型農業を始めることを決意したのです。

地震予知研究者に共通する問題点は三つありますが、
今回は「経験則、あるいは宏観現象に頼っている」点について、解説したいと思います。


巷の地震予知は、何らかの現象と巨大地震との関係を基にして行われています。
巨大地震と関係があるとされる現象は、例外なく偶然によって見つかっています。
日頃とは違う珍しい現象を経験した後に巨大地震が発生すると、私達はついつい
ああ、あれは前兆だったのか!」となるのです。
これが、俗に言う「宏観現象」です。

近年、様々な観測機器が開発され、観測結果もネットで公開されるようになったため、
一見、科学的に見える観測データも、宏観現象となり得るようになってきました。
その一例が、地震解析ラボが地震予知に使用する電離層の擾乱であり、
あるいはJESEAが用いる電子基準点のデータでしょう。

では、経験則、あるいは宏観現象は、何が問題なのでしょうか。
それは、地震との関係があると言い切れないことにあります。
なぜ、地震との関係に疑問があるのでしょうか。
第一に、宏観現象は地震より前に発生し、かつ地震発生前に終息していることにあります。
地震発生前に始まり、地震発生と同時に終息する現象であれば、前兆現象だと考えても
おかしくありません。
ですが、現象が地震発生前に終息するなら、それは地震とは無関係と考える方が自然です。
現象の終息から地震発生までの間を説明できない場合は、宏観現象でしかないのです。

第二に、前兆現象が発生する場所は、震源域の直上か、極めて近い場所であるはずですが、
巷の地震予知の中には、数千キロも離れた場所の現象と巨大地震とを関係付けている例も
あります。
地震は、マグニチュード7クラスでも、震源域の長さは概ね50キロ以下です。
数百キロや数千キロも離れた場所に前兆が現れるはずがありません。
震源域から離れた場所にも現れる現象は、宏観現象に過ぎません。


なぜ、このような疑義が生じる宏観現象を、地震の前兆と思い込んでしまうのでしょうか。
それは、地震と前兆の関係を論理的に思考しない事にあります。

一つは、地震予知の三要素(時期・規模・場所)を区別せず、単純に巨大地震と現象を
結び付けようとするところにあります。
二つには、地震と現象の関係を評価、検証しようとはしない事にあります。
偶然の可能性は無視し、悪魔の証明を逆手に「偶然とは言い切れないから前兆に違いない」
と考えてしまう姿勢に問題があるのです。

このような研究姿勢では、地震予知に成功する可能性は一枚だけ買った宝くじが一等に
当たる確率より遥かに低いでしょう。
だから、研究に向かう姿勢を改めなければならないのです。


-地震予知研究の手引き(現状の問題点2)-

度々罵詈雑言を繰り返してきましたが、未だに言い足りない分野が地震予知です。

なぜ言い足りないのか、自問自答してみると、
立派な肩書の大学教授が、専門外とは言え、研究者とは思えないほど出鱈目な地震予知を
繰り返している事に問題を感じているからだと、気付いたのです。
それ以外にも、巨大な発信力を持つメディアが、出鱈目な地震予知を賛美し、有料の情報を
推奨している現状にも、強い危機感を感じています。
「地震予知」で検索すると、地震雲やら体感やら訳の分からない素人による地震予知手法も
乱舞しています。
このような状況では、地震予知研究の裾野は拡がることはあり得ません。

私は、専門外やアマチュアを理由に、その地震予知を否定するわけではありません。
無線や天文分野では、プロとは違う角度からアマチュアが研究に参加しています。
例えば、電離層の発見には、アマチュア無線家が関係しています。
超新星や彗星の発見は、アマチュア天文家が活躍しています。
このように、アマチュアが活躍できる分野もあるのです。
もし、アマチュア研究者が真っ当な地震予知研究を行えば、広い範囲の情報を集約でき、
地震予知研究に貢献できるかもしれないとも考えているのです。

しかし、そのような下地を作るためには、解決しておくべき大きな問題が三つあります。
それは、以下のようなものです。
・経験則、あるいは宏観現象のみに頼っている。
・地震予知の三要素(時期・場所・規模)の全てを一つの手法で予測しようとする。
・地震予知手法の評価・検証を行っていない。
この三点は、「地震を予知できる」と主張する全ての研究者に共通する問題点です。
この問題点を全て解決できなければ、地震予知研究は出鱈目の域を脱する事はできません。

と言うわけで、
どうすれば地震予知に近付く研究ができるのか、その手引きをまとめたいと考えています。
数回に分けて掲載していきますので、よろしくお願い致します。


-地震予知研究の手引き(現状の問題点1)-

原発廃止論、あるいは原発不要論では、「原発が無くても電力は不足しない」と言います。

東日本大震災直後は、電力不足で輪番制の計画停電が行われましたが、これに対して陰謀説
(本当は電力は足りているが、原発を再稼働するための伏線として電力不足を装った)まで
出てきました。
流石に、陰謀説を主張する原発廃止論者はホンの一部ですが、「電力は不足しない」との
説には知識不足が見え隠れします。


震災直後の電力不足は、大型火力発電所も津波被害を受けていた事が挙げられます。
3月は、季節的に電力需要が低い時季です。
つまり、発電設備には余裕があり、それを利用して発電所のメンテナンスを行います。
ですので、追加で発電できる余力は大きくなく、原発に加えて火力発電所も止まったため、
一気に電力不足に堕ちったのです。
更に、日本特有の問題である50Hz地域と60Hz地域に分かれているため、電力融通に
制約があります。
震災直後の電力不足は、このような事情によるものです。

その後の電力不足は、老朽化で停止中の火力発電所の再起動と大口需要家の節電等で
切り抜け、新規火力発電所の整備、再生可能エネルギー等の発電力の増強で賄いました。

ところで、震災の年の夏、ほぼ原発の発電分に相当する節電が行われましたが、
この節電の8割以上は大口需要家で、一般家庭の節電量は2割にも満たなかったのです。
「電力不足」を訴えているのは大口需要家であって、「電力が足りている」と主張するのは
僅かしか節電していない人々のようです。
この辺りを知った上で「電力が足りている」と言っているなら、厚顔無恥ですよね。


さて、電力不足ですが、現状ではほぼ改善されています。
原発不要論の「原発が無くても電力は足りている」は、現時点では間違っていません。
ですが、これが地球温暖化対策を主眼に考えると、どうでしょうか。
原発を稼働すれば、同量の火力発電所を停止でき、二酸化炭素の排出量を減らせるのです。
「原発が無くても電力は足りる」と考えるより、「火力発電所が無くても電力は足りる」と
言えるようにすべきだと思います。

原発不要論の背景には、政府が掲げる温室効果ガス排出28%削減の目標があるでしょう。
おそらく「政府目標は原発再稼働が前提。だけど原発分は再生可能エネルギで代替が可能」
と考えているのでしょう。

この考えは、三つの誤りを抱え込んでいます。
一つは、政府の削減計画には自然エネルギ分も組み込まれているので、
「原発分は再生可能エネルギで置換」との考えは、再生可能エネルギ分をダブルカウント
している事になるのです。
二つめは、再生可能エネルギによる原発の代替は、発電の性質上、不可能であることに
気付いていない、または安易に考えていることでしょう。
原発は、任意に設定した一定の出力を継続できます。
一方、再生可能エネルギ(一部の発電方式を除く)は出力を一定に保つことができません。
蓄電でこれを解決できるとする考えもありますが、蓄電に必要な設備の規模と能力は、
完全に無視されています。
三つめは、政府の目標を達成するだけで原発不要と考えていることです。
一人当たりの温室効果ガス排出量を地球の吸収能力まで削減するには、
日本では76%の削減が必要です。
政府目標は、これの三分の一しかない実に甘い目標なのです。
しかも、76%の削減自体も、温暖化を改善する値ではなく、これ以上の進行を止めるだけ
の甘めの目標なのです。
IPCCでは、「温室効果ガスの排出をほぼゼロにすべき」と提言しているのです。


温暖化を防ぐには、リスクを背負ってでも対策しなければならない厳しい問題なのです。
「原発不要論」からは、そんな現実から目を逸らしている感情論にしか映らないのです。

原発反対派あるいは廃止論は、大筋では間違っているわけではありません。
原発事故を考えれば、原発を廃止すべきとの理屈は、理解できない内容ではありません。
だから、世論を形成できるのでしょう。

一方で、視野が狭さ、あるいは御都合主義も、見えてきます。
そのひとつが、温暖化対策への反論でしょう。

原発推進派や再稼働派が言う「原発再稼働で二酸化炭素排出量を削減すべき」との意見に対し、「原発分は自然エネルギー発電で賄う」と反論しています。
この反論が正しいなら、原発を再稼働した場合、自然エネルギー発電は停止することになってしまいます。
そんな馬鹿な事はありません。
常識的に考えるなら、せっかくの自然エネルギー発電を止めるのではなく、原発と同量の火力発電を止めることになります。
つまり、原発を止めるのか、火力発電を止めるのか、二者択一なのです。

原発再稼働反対を主張するなら、原発と火力発電のどちらを選択するのか、事故のリスク、地球温暖化のリスクなどを議論すべきなのです。

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