豊葦原中津谷のニニギ

食糧自給率の向上を目指して! (2100年の日本へワープ)

<<豊葦原中津谷のニニギ>>

「なぜ、この谷のように暮らせぬのか」
腐海という危機を前にしても戦争に明け暮れる諸国を、ユパはこう嘆いています。
現在の地球が置かれている状況は、この台詞に表されているように思えませんか。
ならば、風の谷のように暮らしてみよう。
私なりの解釈の元、片田舎で自給自足型農業を始めることを決意したのです。

                              いむたかつみ

金曜日から、少し体調を崩していました。
それでも、土曜日までは何とかなっていましたが、日曜日からはダウンしていました。
食欲がほとんど無くなり、この三日間で体重が1.5kgも減りました。
(ダイエット成功?!)
 
仕事ができるような体調ではなく、三日間、仕事を休んでいました。
体調の割には熱は高くなく、一時的に37度を超えましたが、すぐに下がりました。
熱だけを見れば休む必要はなかったのですが、体重の変化を見ると・・・
ここ一か月間、増減なく維持してきた体重です。
癌という病気からも、体重が減るのは少し怖いですね。
 
近々、退院して以降の体重変化や便の回数をグラフ化したものを公開するつもりです。

つんくさんが、自らの喉頭癌を公表されました。
 
 
私も、blogだけでなく、私の周囲の方に対しても、癌を公表しています。
 
私の直腸癌は、早期発見でした。
痛みはもちろん、体重減少も、便潜血検査も、異常がありませんでした。
2年前のポリープ切除が切っ掛けで、たまたま大腸カメラをしたから見つかりました。
こんな幸運は、そうそうあるものではないでしょう。
 
幸運を期待するのではなく、検査で幸運を引き寄せてほしいのです。
少なくとも、私の周りの方には、異常が出る前に検査をしてもらいたいのです。
そして、早期に発見して治してほしいのです。
 
大腸癌や直腸癌は、ステージⅠならほぼ全員が助かります。
ステージⅡでも90%近くが五年生存を果たします。
でも、ステージⅣでは13%しか五年生存できません。
早期発見こそが、最良の治療方法と言っても良いくらいです。
 
 
つんくさんは、早期発見だそうです。
おそらく、今と変わらない体まで回復できるはずです。
 
早期に復活されることを祈願いたします。

今日は、1月28日の日記からの転載です。
入院闘病記もこれで終わりです。
退院してから、もう一か月も経っていたのですね。
 
あっ、それから「のぼうの城」は無事読み終わりました。
 
 
【1月28日火曜日】
日の出がきれいです。
空気は乾燥しているようです。
体重を計ってみると、減少に歯止めが掛かりました。
昨夜の間食が効いたようです。
 
八時頃
主治医からホームドクター宛の手紙を託されました。
 
八時半頃
最後の回診です。
体に残るテープについて質問したところ、剥がれるにませるようにとのこと。
私のお腹には、四隅とお臍にテープが貼ってあります。
腹腔鏡手術で、手術器具を差し込んだ痕です。
 
九時頃
担当の看護師に挨拶を済ませました。
親しくしていた看護師で、一人だけ挨拶ができなかった人がいるのが心残り。
手首に巻いてあったタグを切って戴きました。
 
九時半
家族が迎えに来てくれたので、荷物を整理して退院です。
大勢の看護師さんに見送られ、退院の気分になりました。
一階に下りて、保険の手続き、入院費の会計を済ませました。
 
電車で帰路に就きました。
途中駅で、屋根に雪が載った電車を見かけました。
どこから来たのか、不思議???
 
電車は、正直なところ、メチャメチャ不安でした。
とにかく、トイレが極端に近いのです。
入院中は、病室にトイレがあったので、ほとんどの場合は1分以内にトイレに飛び込めました。
何せ、少ない日でも4回、多ければ8回も便が出るのです。
トイレを済ませて立ち上がっても、その瞬間に新たな便意が来て、また座る。
そんな事もあるくらい、トイレが近いのです。
電車に1時間も乗るので、ずっと不安でした。
でも、案ずるよりも産むが易し!
家に着くまで、特に便意もなく、無事に帰り着きました。

今日は、1月27日の日記から転載します。
 
この日も体重が減っていました。
あれから30日。
今では3.8キロ増えて、元に戻ってしまいました。
アハハ・・・
 
 
【1月27日月曜日】
六時、起床。
 
七時、朝食。
朝食前の体重は、0.4キロの減少。
食後は、昨日の食後との比較で0.2キロの減少。
体重が落ちていっていますが、間食で落ち方がゆっくりになっています。
 
七時半
突然、カーテンがパッと開き、主治医が顔を見せました。
「体調は良さそうですね。明日の退院でいいですか?」
「ええ。お願いします」
体調は快調で、病院に居ることの意味を感じなくなっていました。
むしろ、居辛いくらい元気でした。
 
八時過ぎ、回診。
いつもと同じ「順調です」の一言。
今日は、「明日、退院ですね」の一言が付きました。
 
九時
看護士が交替の挨拶。
間もなく、検温にやってきました。
前後して、部屋の掃除も終わりました。
今日は、やたらと早く、ルーチンワークが終わりました。
ディルームに移動して、昨日の日記を思い出しながら書きました。
 
十時半ごろ
職員が、十五日までの会計を持ってきました。
手術代が大きく、請求額の大半を占めていました。
 
十二時、昼食。
 
野村萬斎さんを想像しながら(映画は見ていません)、「のぼうの城」を読み続けました。
退院が決まったものだから、病院の備品である「のぼうの城」は今日中に読み切らないと・・・
 
十九時、夕食。
やはり、足りません。
一階のコンビニに行って、シュークリームと飲むヨーグルトを買ってきました。
 
二十一時、消灯。

今日は、1月26日の日記から転載します。
 
2月22日にマイアミに到着したホーランドアメリカラインのクルーズ客船「フェーンダム」で、ノロウィルスの集団感染が疑われています。
ホーランドアメリカラインと言えば、私の中では老舗のクルーズ会社。
その老舗でも食中毒を防ぎきれないというのは、ちょっとショックでもあります。
 
さて、病院食ですが、悪くないのです。
お粥は苦手ですが、それ以外は全く問題ありませんでした。
ただ、食いしん坊の私には量が足りませんでした。
その証拠に体重が・・・
 
 
【1月26日 日曜日】
六時、起床。
 
六時半、体重測定。
院内の放送で、「体重測定をしますので、ステーション前にお集まりください」と流れました。
早速、ステーションに行きました。
体調の良い人は出足が良く、不覚(?)にも私は三番目でした。
体重は、秘密です!
きのうから0.7キロ減っていました。
 
七時、朝食。
食後は、0.6キロ増えていました。
体調が良いので、暇で仕方がありません。
ディルームの書棚から「のぼうの城」の上下巻を持ってきて読み始めました。
 
十時、検温。
だが、検診はまだ来ない。
 
十時半
見たことがある顔がナースステーションに!
仕事の関係者が、見舞いに来てくれたのです。
直ぐに声を掛け、ディルームに移動。
お見舞いの品も頂きました。
 
十一時過ぎ
もう一人入院しているそうで、これから見舞いの梯子だそうです。
次の病院へと移動していきました。
シャワーを浴びようと思ったのですが、着替えが無いのでシャワー予約をキャンセルしました。
 
十二時、昼食。
 
十五時
家族が見舞いに来ました。
ディルームは満員。
病棟に入る前に見た一階も混んでいたとのこと。
仕方がないので、部屋で静かに過ごしました。
 
十六時半
家族は帰っていきました。
暇になったので、「のぼうの城」の続きを読みました。
 
十七時、回診。
「明日、主治医が来るので、退院を聞いてみましょう」とのこと。
 
十八時、夕食。
「のぼうの城」の続きを読みます。
 
二十時、検温。
 
二十一時、消灯。

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