豊葦原中津谷のニニギ

食糧自給率の向上を目指して! (2100年の日本へワープ)

<<豊葦原中津谷のニニギ>>

「なぜ、この谷のように暮らせぬのか」
腐海という危機を前にしても戦争に明け暮れる諸国を、ユパはこう嘆いています。
現在の地球が置かれている状況は、この台詞に表されているように思えませんか。
ならば、風の谷のように暮らしてみよう。
私なりの解釈の元、片田舎で自給自足型農業を始めることを決意したのです。

                              いむたかつみ

未明の火事で、首里城が焼失してしまいました。
首里城は、琉球王朝の居城であり、琉球王国の歴史を伝える遺産でもありました。
また、『琉球王国のグスクおよび関連遺産群』として、他の4城と共に世界遺産となっています。
文部科学省においては、是非とも、早急に再建の意思を内外に公にしてもらいたいものです。
世界遺産としては城址が対象なのかもしれませんが、ユネスコが登録解除の検討に入る前に、再建の意思を見せてほしいものです。


ところで、気になることがあります。
一つは、失火原因です。
今後、捜査が進むと思いますが、催事の電源を正殿から取っていたためにショートなり過電流なりで起きた電気火災、なんて御粗末な失火ではないことを願います。

もう一つは、火災対策が取られていたのか です。

スプリンクラーは未設置だったそうですが、なぜなのでしょうか。
防火扉や延焼防止の放水装置はなかったのでしょうか。
熱感知器は設置されていたようですが、設置密度に問題はなかったのでしょうか。熱感知器では、物陰の火種は感知が遅れるはずです。
視界外も捉えられる可能性がある煙感知器は、どうだったのでしょうか。
夜間の防犯として、人感センサーは設置されていたのでしょうか。

あまりにも呆気ない焼失を見て、疑問が湧いた次第です。
同時に、スプリンクラーさえ設置していないという、これが多額の費用(100億円以上)をかけて再建した建造物の扱いなのかと、呆れもしました。
寄付した方や納税者に対して、どう説明するつもりなのでしょうか。


最後に、首里城の再建が、政争の具に用いられないことを願っています。
現在、政府と沖縄県は、辺野古移転問題で対立していますが、首里城再建は辺野古移転と分けて検討されるのが当たり前だと思います。
(私は辺野古移転に賛成の考えを持っています)

 熊本城も、一歩一歩、復興を進めています。
首里城も、再建の道を歩んだほしいと考えています。今回の反省に立ち、失火はもちろんのこと、自然災害にも負けない形で再建されることを願っています。
 

温暖化が叫ばれて久しいのですが、一向に対策が進みません。

急激な温暖化が起こり、後戻りは出来なくなる可能性が高まっているように思います。

 

ならば、温暖化を逆手に取る施策は考えられないのでしょうか。

例えば、北極圏航路の開拓です。

他に、永久凍土の農地化もあります。(たぶん失敗する)

 

こんな感じで、温暖化したからこその施策を考えるのも、面白いのではないでしょうか。

この施策には、再生可能エネルギーは含みません。理由は、再生可能エネルギーが温暖化防止の施策であって、温暖化そのものを利用する施策ではないからです。

 

さて、何か浮かんだでしょうか。

温暖化そのものは、利用価値が大きくありません。

そこで、見方を変えて、温室効果ガスについて、考えてみても良いかもしれません。

例えば、大気中の二酸化炭素から有機物を生成するとか、酸性化した湖沼でウレタンを分解するとか、何か出来そうなきがします。

 

面白いアイデアがあれば、コメントしてください。

 

日本語がそのまま英語になった単語はいくつもあります。

『ツナミ(tsunami)』、『スシ』、『キモノ』、『ボンサイ』はもちろん、『テンプラ』や『コスプレ』のように、語源がポルトガル語や英語にあるものまで、逆輸出されています。

英語になった日本語の中に、『カイゼン』もあります。

『カイゼン』、つまり企業における改善活動は、日本の発展を支えた要素の一つとして、海外でも認められています。

 

改善活動は、日本の企業の強味ではあるのですが、同時に弱点となっています。

もちろん、改善活動自体が問題ではありません。

問題は、改善活動が形骸化している点と、末端の労働者だけが改善活動を行っている点の2点です。つまり、改善活動の機能が低下しているのと、改善活動の領域の狭さが問題なのです。

 

改善活動の形骸化は、概ねノルマ化によって引き起こされます。

決まった件数の改善提案を出すことが求められるのです。この数は、部署毎の人員数から決められ、ノルマを達成できなければ部署の評価を下げられてしまうわけです。当然、数合わせに必死になります。結果的に、形骸化してしまうのです。

これは、続く『改善活動の領域の狭さ』の要因と重なります。

 

改善活動の領域の狭さとは、階層毎に改善活動が行われず、現場だけで改善活動が行われていることを指します。

日本以外では、トップダウンで作業が行われるため、現場の細かな改善は行われにくい傾向にあります。

現場で働く作業員のレベルが高い日本は、この部分の改善が行われ、高い品質と安いコストを実現しました。

しかし、現場以外の無駄は手付かず放置され、更にISO9000シリーズのような外部からの変革(実体は日本の品質評価をゼロにするための欧州の施策)や、労働環境の制約に対して効率的に組み込む努力が行われませんでした。

この部分の改善は、労働者には手が出ない領域です。ですから、少なくとも管理職以上の階層で対応するべきです。

ところが、日本では、この階層は改善活動を行わないので、生産性は欧米に追いつけないのです。

 

 

入管法改正に関する記事を書いた際にも、労働生産性の問題に触れましたように、外国人労働者が入れば、今以上に労働生産性が低下します。

入管法改正を急いだ与党には、問題の本質が見えていないことがわかります。

 

また、仕事に慣れるには、2~3年くらい必要です。

入管法改正では、滞在期間の上限を5年としていますが、現場からは延長を求める声があがるはずです。仕事に慣れて効率が上がる頃には帰国しなければならなくなるからです。それ自体が、労働力不足の本質が、労働生産性の低さにもあることを示しているのです。

 

おそらく、数年後には滞在期間延長の改正法案が国会に出てくるでしょう。

残念なことは、今国会において野党が労働生産性の改善に言及していないことです。これでは、滞在期間延長の改正法案が提出された際に、今国会と同じように揚げ足取りの指摘しかできず、むしろ、入管法改正の正当性を補強してしまうことになります。

 

 

『2100年のあるべき日本の姿』を考える時に、業務効率の改善は必須であり、その施策で余剰人員が出るなら、新分野への進出や労働条件の改善、昇給が図れると考えています。

回の台風では、多くの方が被災し、避難先から自宅に戻られた方は、現状を目の当たりにされ、辛い思いをされていることと思います。
被災された方々が、1日も早く日常を取り戻すことが出来ることを願っています



さて、敢えて言いす。
今回の災害においても、「川の様子を見に行く」や「田んぼの様子を見に行く」ことで、亡くなったり行方不明になった方が少なからずおられました。
ニュースなどでは、「川の様子などを見に行かないようにしてください」と繰り返し注意を呼びかけていました。
そのような注意を無視した行動は、自己責任では済まされないと、私は思います。

なぜなら、行方不明になったら、消防や警察や自衛隊が捜索しなければならないのです。救出に、多くの隊員が命をかけるのです。
注意を守らない人を
助けるために、命をかけるのです。自己責任では済まされないでしょう


同じことが、逃げ遅れた方にも言える場合があると思います。
大災害でしたが、災害が及んだ範囲は、ハザードマップの記載とほぼ一致していたそうです。つまり、取り残されたのではなく、避難すべきだったのに避難していなかった場合が少なからずあったと思うのです。

避難しなかった理由は個々にあるかもしれませんが、救助に命をかける側の立場で考えていただきたいと思います。


私の親族には、消防の関係者がいます。
避難の呼びかけを無視したり、自ら危険な場所に行った人間のために、我が親族が命をかけるのかと考えると、腹立たしく感じたしだいです

これまで見てきた動物の歩き方は、いずれも三点支持で歩く動物ばかりでした。
昆虫のように三点支持を2組(6本脚)用意し、交互に動かす場合、哺乳類のように4本脚の3本を使って三点支持し、残る1本を前へと進めていく場合の2種類を紹介しました。

今回は、脚の本数が4本より少ない動物について、考えてみましょう。


地球上の動物の脚の本数は、ムカデのように本数を数える気にもなれないものから、昆虫の幼虫の16本(6本+8本+2本)、イカの10本、蟹や蜘蛛の8本、昆虫の6本、哺乳類や爬虫類の4本、人やダチョウの2本、蛇の0本などがあります。

余談ですが、蟹はハサミを加えて10本と数えるのが正しいそうです。ところがタラバガニはハサミを加えても8本です。というのも、タラバガニはカニではなくヤドカリの仲間なのです。

ズワイガニ(越前ガニ)
 ・ズワイガニ画像(JAMSTEC)https://www.godac.jamstec.go.jp/bismal/j/view/0001035

タラバガニ
 ・タラバガニ画像(JAMSTEC)https://www.godac.jamstec.go.jp/bismal/j/view/0000776

人間も、正確には4本脚で、後肢だけで立ち上がり、前肢を歩行には使わないだけです。
鳥類やコウモリも、本来4本脚であって、前肢で飛行するだけです。
クジラは、本来は4本脚(ラクダなどと同じ偶蹄類)ですが、後肢が退化して痕跡も残っておらず(骨盤の一部が2個の骨として残っているだけ)、前肢と尾で泳ぎます。



本題に入りましょう。
4本脚より本数が少ない動物は、どのように歩くのでしょうか。
2本脚や3本脚(八咫烏しか思いつかないが)は、基本的には二つの方法を用いて歩きます。
一つは静的安定、もう一つは動的安定です。
静的安定とは、体の重心が、常に両足の接地面または両接地面を繋ぐ面の中にある歩き方です。
人類の場合、単に立っている時が、これに相当します。また、「抜き足、差し足、忍び足」の歩き方も、ほぼ静的安定で歩いています。
世界初の完全二足歩行を実現したWABOTは、この歩き方(静的安定)だったそうです。
体重を完全に移動させるので、その歩き方は、上体を左右に揺さぶりながらヨタヨタと歩きます。
静的安定歩行

もう一つの歩き方である動的安定は、簡単に言えば倒れる前に脚を出して倒れないようにする歩き方です。
動的安定は、人類の通常の歩き方です。また、アシモの歩き方も、これに近いはずです。
重心を移動したい方向に移動させ、バランスを取るために、重心を追いかけるように足を進める歩き方です。足を運ぶ位置は、概ね重心の辺りですが、完全に重心の真下に足を運ぶわけではありません。ですが、常に重心を追いかけるように足を運びます。
動的安定歩行


このように、二本脚で歩く場合、バランスを取りながら歩きます。ですが、バランスを取るためには、接地面が広い方が有利です。人類は、踵を地面に着けて接地面を稼いでいます。
以前に書いたように、多くの動物は、爪先立ちか、指先で立っています。接地面が点のように狭くても、3点あれば安定するお陰ですね。人類とは異なります。
ただ、類人猿(人、ゴリラ、チンパンジなど)は、人以外も踵を地面に着けて歩くので、「二足歩行に移行し易かった」とは言えても、「二足歩行のために踵を地面に着けた」とは言えないようです。

人類の場合、直立する事で視界を確保しました。副次的な産物として、脳の大型化を支え、また前肢が作業肢として利用できるようになりました。
人類にとって、四足歩行を捨てるだけのメリットはあったのでしょう。同時に、二足歩行のデメリットも、大きくなかったと言えそうです。
二足歩行は、安定性の面ではマイナスですが、四足歩行の段階でもギャロップのように動的安定を磨いていたので、安定性のデメリットは少なかったのでしょう。
また、2本の脚に交互に体重を載せていくので、体の上下動も大きくはありません。人類は、代謝が高い哺乳類ですから、多少の上下動ならエネルギを供給できます。デメリットとしては、無視できるレベルだったのでしょう。

2本脚の陸上生物は、人類の他はダチョウやカンガルーですが、大半の動物が4本脚であることを踏まえると、生物として成功しているとは言えません。
ですが、過去には2本脚の動物が高い割合で棲息していました。
それが、恐竜です。
最初期の恐竜は、二足歩行だったと考えられています。
その後、四足歩行の恐竜が現れたようです。
ティラノサウルスなどの二足歩行の恐竜は、ダチョウに似た歩き方をしたと考えられています。
ですが、体系的にはダチョウよりカンガルーの方が似ているように見えるので、小型の二足歩行恐竜は、カンガルーのような両足跳びをしていた可能性はないのかなと、個人的には想像しています。
カンガルー
 ・カンガルー画像(東京ズーネット)
  https://www.tokyo-zoo.net/encyclopedia/species_detail?code=0


恐竜から進化したとされる鳥類には、鳩や鶏のように片脚ずつ踏み出す歩き方と、雀やカラスのように両足跳びの歩き方の2種類がいます。鳥類は、羽を同方向に動かすので、両足も同方向に動かす両足跳びを得意としても不思議ではありません。
なので、恐竜にも両足跳びの歩き方をする種類があっても不思議ではないと想像したのです。


余談になってしまいましたが、2本脚で歩くのも、重心の上下動を抑えられるので、歩き方としては成立することがわかったと思います。
最後は、1本脚の歩行です。

まあ、1本脚は、案山子かカラカサ小僧(妖怪)くらいしか思い浮かびません。
地球ではそうかもしれませんが、宇宙は広いので、どこかに1本脚の動物が居るかもしれません。
では、1本脚の動物は成立するのでしょうか。
脚が1本しかないと、脚を前に運ぶ際には、宙に浮くしかありません。つまり、飛び跳ねながら進むことになります。
これ自体は、カンガルーの走法(両足を揃えてジャンプする)と同じですから、可能性は充分にあります。体の上下動は激しくエネルギ消費は大きくなるので、代謝が優れた動物でなければなりませんが、可能性はありそうです。

なんだか、1本脚の動物も、宇宙のどこかに居そうに思えてきました。
ですが、私は懐疑的です。

動物の外見は、なぜか左右対称です。
体の中を見ると、心臓や肺、盲腸などの内臓は左右非対称です。フクロウのように、耳の非対称によって頭蓋骨は左右非対称な動物もいるのに、外見は左右対称なのです。
フクロウは空力の影響を減らすためと考えるにしても、陸上生物では空力の影響は大きくありません。それでも左右対称なことから、何か左右対称にしようと働く力があるようです。
それを踏まえると、1本脚の生物に進化する過程で、常に左右対称でなければなりません。単細胞生物から多細胞生物、代謝が低い動物から代謝が高い動物へ、脚の本数が多い動物から少ない動物へと進化する過程の全てで、左右対称を崩さずに1本脚に進化できるのか、私の想像力では進化の過程を描くことができませんでした。



いつものように、ごちゃごちゃと書いてきました。
動物の歩き方を記事にするのは、14ヶ月ぶりです。ですから、次回がいつになるか、見当もつきません。
ただ、次に描くとしたら、脚の本数が0本になりますよね。脚が無いって、ヘビですよね。
私は、ヘビは苦手です。
ヘビ以外で脚が無い爬虫類も居ますが、そちらも遠慮したいですね。
ならば、ミミズは? と言われても、これも・・・
いっそのこと、脚が沢山あるムカデとか・・・
もっと嫌です!!

と言うわけで、次回はかなり先になりそうです。


 動物の歩き方ー1
 動物の歩き方ー2


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