私は、中道を任じています。
そのせいか、左派からは「右寄りだ」と言われ、右派からは「左寄りだ」と言われます。
と言うことは、私が中道である証拠でしょう。

学生時代に、こんなことがありました。
「君は、右なのか、左なのか、はっきりさせた方がいい!」と、ある学生運動家から言われました。
その方は、しっかりした考えを持つべきとのアドバイスのようでしたが、私は次のように反論しました。
「中道は、綱渡りのように、左右のバランスを取る必要がある。そのためには、両方の言い分を理解し、かつ両方の長所を活かせる解を見つけなければならない。
右か、左かというのは、綱から右に飛び降りるか、左に飛び降りるかを選ぶようなもので、相手の長所を棄てることになりはしないか」
その方は、懐の深い方だったのでしょう。
理解を示してくれました。



近年、世界でも、日本でも、極端化が進んでいるように感じます。
政治家のトップが、偏った発言を繰り返すようになりました。それも、堂々と大きな声で主張するので、ついつい引き込まれてしまいがちになります。

そんなトップが、やたらと増えてしまいました。
アメリカのトランプ前大統領。
イギリスのジョンソン首相。(間も無く退任)
ロシアのプーチン大統領。
ウクライナのゼレンスキー大統領。
北朝鮮の金正恩総書記。
中国の習近平首席。
ブラジルのボルソナーロ大統領。

退任しましたが、韓国やフィリピンの前大統領や、ミャンマーの軍事政権等、危ない指導者が非常に多い印象です。


このような極端な主張をする人物には、一定の支持者が存在します。
このような指導者の力強い発言によって、支持者自身が極端な主張を始めています。

しかし、極端な主張の多くは、特定の人々を差別、あるいは排除するもので、現代においては受け入れがたい内容です。
それでも、ある程度の集団によって、過激な言動を繰り返すため、これに反対する者も声を荒げざるを得なくなっています。

これが、怖いのです。

元々は、一部の人々の小さな主張だったものが、権力者が声高に主張したことによって、極端な主張が市民権を得てしまったのです。

綱渡りを例にすると、一方に傾きながらも、他者が反対側に引っ張ることでバランスを保っていた複数の人々を、権力者が綱を揺すったために、バランスを保てなくなり、片側に落ちてしまったのです。
同時に、バランスを取るために反対側へ引っ張っていた人々は、相手が居なくなったために、反対側へと落ちてしまったのです。

綱から落ちてしまうと、元の綱に戻るのは非常大変です。
そうなると、バランスを取るために協力し合っていたはず両者は、互いに協力しなくなり、単に自らの主張を通そうと、綱の下で争うようになります。

こうなると、これらを扇動し、利益を得ようとする者が現れやすくなります。
扇動するために、主張は先鋭化していきます。対立する集団も、対抗措置として、反対意見を先鋭化させていきます。
最終的に、先鋭化した主張のどちらかが残り、暴走します。



ここまで、他人事のように書いてきましたが、実は日本でもこれが起きています。

綱を揺すったのは、安倍晋三氏です。
これにより、右寄りの考えを持つ人々が、先鋭化していきました。

これを外からコントロールしているのが、中国です。
日本が先鋭化すれば、紳士然としてきた戦後日本のイメージを破壊し、アジアのリーダーから引き摺り落とすことができます。上手くすれば、支配できるかもしれないのです。
そこで、綱が揺れるように、軍事的な嫌がらせを繰り返してきたのです。

日本の綱は、激しく揺れ、特に防衛論は極端化していきました。
世界9位の防衛費も、丸腰のように言い、他国への攻撃兵器の増強を訴え始めました。
先の参議院選で大勝した与党は、これを先鋭化させつつあります。

中国は、ほくそ笑んでいることでしょう。
もう一押しで、砦であった憲法9条も改正され、シルクハットとステッキを捨ててアーミーナイフを見せびらかす日本が現れます。
こうなれば、国力で上回る中国は、イメージでも日本を上回れます。それは、徐々に世界に浸透していきます。
アーミーナイフを見せびらかすような輩は、それに頼った行動しかできないので、イザとなれば、どつき合いに持ち込めば潰せます。何せ、3倍の軍資金(日本が倍増後の軍事費の比較)と腕力(GDP)、10倍の兵隊(兵士数も人口も)、20倍の体重(国土の面積)があります。中国側に、負ける要素がありません。
紳士に向かって斬り付けるなら、兵士が嫌がる可能性もあったし、どうやらステッキを使った護身術にも長けているらしいので、兵士の士気は下がるリスクもありました。
でも、アーミーナイフを見せびらかす日本が相手なら、アジアの平和のために言えば、中国の兵士の指揮も上がります。



極端化した相手には、極端な主張しか通らなくなります。
でも、力が強い者なら、極端な考え方でも押し通すことが可能になります。

極端な主張は、一時的に集団内で支配的な地位を得られるかもしれませんが、力の支配になるため、より強い集団に飲み込まれやすくなります。
そして、元々の主張も、より強い力によって押し潰されることになります。
その方向性は、反対していた集団にとっても、不都合な事態になりやすいのです。

日本は、その未来を潰しかねない危機にあります。
それは、意見の極端化にあります。
意見の極端化に歯止めをかけ、何とか綱の上に戻したいと思っています。


対話こそが、 大切です。
かつ、対話が最後の手段と考えるべきです。
でなければ、対話への真剣さを失い、いずれ力だけの世界になります。 

そのことを、私たちは忘れてはなりません。