豊葦原中津谷のニニギ

食糧自給率の向上を目指して! (2100年の日本へワープ)

<<豊葦原中津谷のニニギ>>

「なぜ、この谷のように暮らせぬのか」
腐海という危機を前にしても戦争に明け暮れる諸国を、ユパはこう嘆いています。
現在の地球が置かれている状況は、この台詞に表されているように思えませんか。
ならば、風の谷のように暮らしてみよう。
私なりの解釈の元、片田舎で自給自足型農業を始めることを決意したのです。

                              いむたかつみ


NASAは、UFO(正確にはUAP?)の調査を始めています。
これは、人類の知見を広める意味で、良いことです。

でも、間違ってはいけないのは、これまでの調査で正体がわからなかった空中現象が存在することを認めただけです。
UFO宇宙人説とは、無関係です。

UFO宇宙人説でも、地震雲と同じで、地道に証拠を積み上げていくことです。
大学院さえ出ていない私が言うのも可笑しな話ですが、実際の研究に必要な検証は、一般人が考えているレベルの何段階も厄介で難易度が高いものでしょう。
確認ができない空中現象の存在を公的機関が認めたくらいで根拠になるのなら、この世に研究者なんか要らなくなります。
例えば、中国政府が「新型コロナは存在しない」と言えば、新型コロナが存在しない証拠になるとは、誰も思わないでしょう。これと似た話なのです。

逆に言えば、UFO宇宙人説の科学的な価値は、その程度のレベルとも言えます。



UFO宇宙人説自体は、可愛い話なので、放置しても問題はないと思います。
ただ、「迎撃しろ」といった過激な話が出てくれば、話は別ですが・・・

地震予知のようなものは、情報を一般向けに販売するので、詐欺の疑いが出てきます。
なので、放置、あるいは無視し続けるのは、良い判断とは言えないでしょう。

論理的に考える力は、必須ですね。




そう遠くない将来には、遊離酸素の大気を持つ惑星が、発見されるだろうと、私は期待しています。

酸素は、反応性が強いので、直ぐに他の物質と結び付いて、消費されます。
遊離酸素の存在は、植物のような酸素を生み出す仕組み(還元反応)があることを意味します。これは、生物(植物)の存在を示唆します。
また、酸化反応では、大きな反応エネルギを得られます。なので、高い活動性を持つ生命の存在も期待できます。知的生命の存在が期待できるのです。
遊離酸素を持つ惑星を詳細に調べれば、意味を持つ電波が見付かるかもしれません。
これは、知的生命の存在を強く示唆します。

このような発見があることを、私は期待しているのです。
地球が、宇宙の中で『孤独な存在ではない』ことの証明になるのです。
(人間原理が崩れるくらいの発見!)


仮に、こんな大きな発見があったとしても、『UFO宇宙人説』の証明にはなりません。

「宇宙人がいれば何でもできる」
そんな単純なものではないのです。

最大の問題は、恒星間を移動するために必要なエネルギと時間です。

1kgを光速の10%まで加速するには、450兆Jも必要になります。
目的地で静止するために、同量のエネルギが必要です。
自分の恒星系に戻るためには、更に倍のエネルギが必要ですから、1kgの質量を隣の恒星系まで往復させるためには、1800兆J(5億kWh)が必要になります。

1人の日本人は、年間8000kWhを消費します。
1kgを光速の10%まで加速して隣の恒星系まで往復すると、6万人の日本人の年間電力消費量に相当するエネルギが必要になります。
生命維持装置や推進装置、推進剤を含めた宇宙船の総重量が2tだと仮定すると、日本の年間の電力消費量に匹敵するエネルギが必要なのです。

ところが、これだけ莫大なエネルギを消費しても、隣の恒星系まで片道で40年以上も掛かります。往復なら、80年以上です。




天文学者の多くは、地球以外にも知的生命が存在すると思っています。
ですが、UFO宇宙人説を支持する天文学者は、ごく少数です。(いないかも)
それは、前述のような事実を理解しているからです。


ただ、UFO宇宙人説を信じる人の中には、「宇宙人は、人類が知らない科学技術で、エネルギの問題も、時間の問題も、解決している」と言い出すでしょう。
その可能性は、ゼロではありませんが、科学的な意見ではありません。

また、人類が知らない高度な科学技術を持っている宇宙人は、なぜ手間暇かけて地球に来るのか、母星でバーチャル空間で済ませないのはなぜか、不思議です。
人類の科学技術では、実際のように体験することはできないかもしれません。ですが、人類が知らない科学技術を持っているのなら、実体験と全く同じレベルで再現できないはずがありません。態々に地球まで来るなんて、時間とエネルギの無駄でしかありません。
UFOは、なぜ人類に見えるのか、なぜ目で追える速度で移動するのか、なぜ空を飛ぶ必要があるのか、なぜ全て瞬間移動しないのか、なぜ大気圏に降りてくるのか等々も、中途半端ですよね。

UFO宇宙人説の宇宙人は、人類の価値観の範囲内で行動しているようにも見えるのです。そして、矛盾を指摘された時だけ、「宇宙人は人類が知らない高度な科学技術を持っている」と言っている感じなのです。

価値観は、個人差があります。
だから、UFOと宇宙人の現れ方は、バラエティに富むのかもしれません。
でも、このような差を指摘すると、今度は「色々な星系から地球に来ているから、差がある」となるのです。

「う〜ん・・・」



「奇跡の地学番組」とも言われた『ブラタモリ』ですが、今年度いっぱいで終了となるようです。残念でなりません。

かと言って、知識とMC力の両方が問われるため、代打さえ容易ではありません。

タモリさんも若くはないので、悪路を歩くこともあるロケは、辛いのかもしれませんね。



NHKは、昨年12月に放送チャンネルの改編が行われ、BS-Pが無くなりました。

これに伴い、番組も改編されました。
これで、私が好きな『コズミック・フロント』は廃止され、代わって『フロンティア』が始まりました。
ところが、『フロンティア』は、始まって2ヶ月半にも関わらず、再放送が多いのです。
そのため、10回の放送回で、5話しかありません。

年末年始の影響があったのかもしれませんが、やたらと再放送が多い印象です。



いずれにしても、科学系の番組は、減っている印象です。
日本国内の研究が減り、海外での取材が増えているからでしょうか。
海外主張やアポイントメントの取りにくさから、取材期間や費用が増え、番組制作が難しくなっているのかもしれません。

『ブラタモリ』の後継は、『プロジェクトX』だそうです。
技術者に焦点を合わせた番組として知られ、『ブラタモリ』と通ずる面もあります。

ただ、穿った見方をすると、日本の産業界の過去の栄光を掘り起こす番組とも言えます。
技術屋気取りの私は、『プロジェクトX』は好きな番組ではあるのですが、最先端が減り、過去が増えるのは、未来に不安を感じます。

まあ、『ブラタモリ』も、最先端科学というわけではありませんでしたね。
それでも、過去や現在の社会・文化の成り立ちを、専門家の力を借りて解き明かしていく科学的な側面も持つ番組でした。
お陰で、私の好奇心を掻き立て、かつ満足させてくれました。



ちなみに、ブラタモリを「マンスプレイニングだ!」と非難する方(K氏)がいました。
聞き馴染みのない言葉を使う時点で、御本人の発言自体が「マンスプレイニング」と言えそうです。

多くの方が、「ブラタモリは、マンスプレイニングに当たらない」と指摘されていました。
私の感覚でも、K氏の方が、マンスプレイニングに近いように感じました。



TV業界には、『ブラタモリ』に代わる、緩いのに知的で面白い番組を作ってほしいと願っています。
キャスティングからして、中々大変ですが、是非、お願いします。

政府は、経済安全保障と食糧安全保障を見据えた法改正が、閣議決定されました。


当ブログは、食糧自給率向上を目的として始めました。
また、『2100年の日本のあるべき姿』では、経済安全保障にも関係する内容となっています。
政府が、経済安全保障と食糧安全保障に関心を示したことは、当ブログなら歓迎すべきなのかもしれません。

ですが、政府が示した方針は、力による支配、管理統制の強化でした。

ガッカリです。




食糧安全保障では、『食糧・農業・農村基本法』の改正が行われます。
農業の自動化の推進と、1年毎の検証が、盛り込まれることになっています。
物足りませんが、これ自体は悪くありません。

問題は、追加される法律です。



食糧安全保障のみを目的した『食料供給困難事態対策法案』は、ファシズムを想起させる雰囲気があります。

食糧の供給が不足した際、政府は、農業従事者に増産を要請できます。
更に不足した場合は、農業従事者に対して、生産・出荷計画の提出を求めます。
計画を提出しなかったり、正当な理由なく計画通りに生産・出荷しなかった場合には、罰則まで用意されています。

「出荷を増やせ」と言って、簡単に増えるでしょうか。
「計画通りに生産しなければ、罰金だ!」と脅せば、何でも実現すると思っているなら、政治家を辞めた方が良いでしょう。

生産計画を出させるより、農家、農業法人から増産に必要な支援の要望を出させる方が、まともな発想でしょう。
そして、そういった内容は、平時からやるべきで、緊急時に要求するものではありません。
支援もするとしていますが、緊急時だけ支援しても、意味がありません。
そもそも、簡単に増産できるはずがないのです。

種苗の入手から収穫まで、短くても数週間、果実や蒟蒻芋なら数年もかかります。栽培できる季節も関係します。
栽培の途中で、「収穫量を増やせ」と言われても、増えるはずもありません。
新田開発であれ、休耕田を再開するにしても、年単位の時間が必要です。
計画書には、来年度の予定出荷量、あるいは数年先の出荷量を記入することになるでしょう。



食糧難の対策は、生産者に命じて生産量を確保する考え方は、非民主的かつ愚かです。
対策は、もっと地味にやっていくべきです。

市場に流れる農産品の品質(形状や大きさ等)を緩めれば、廃棄分が減り、結果的に増産相当になります。
同様に、食糧の13%程度が、フーズロスとして捨てられているので、これをゼロにできれば、13%の増産と同じ価値を持ちます。

マクロで考えてみましょう。
食糧難の要因は、輸入の困難さの変化と、国内の生産量の変化が、考えられます。
輸入の困難さは、生産国の生産量の変化、為替の変化、生産国との関係の変化、海上輸送の困難さの変化等が考えられます。
食糧自給率を向上させれば、輸入の困難さによる影響を減らすことができます。
つまり、食糧難の要因は、国内の生産量のみとなり、食糧難のリスクそのものが減ります。





「食料の安定供給のための農地の確保及びその有効な利用を図るための農業振興地域の整備に関する法律等の一部を改正する法律案」

この法案の詳細は不明ですが、「農地の確保」とあり、緊急時には、政府による接収に可能性を残そうとしているのかもしれません。
そうであれば、民主主義とは対極の政治です。




全体として、力による政治、力による支配を感じさせる法案であるのに対し、食糧自給率の向上のような基本的な対策は、非常に甘いものとなっています。


背景には、TPPがあるのかもしれません。
TPPに抵触しないように、食糧増産は緊急時のみで、それ以外は輸入に頼るつもりかもしれません。
ですが、食糧輸出国が食糧不足になったなら、日本に輸出しなくなりますよ。
そして、一方的にTPPから離脱していくかもしれません。
TPPには、食糧安全保障のリスクを孕んでいるのです。

当ブログは、TPPには反対の立場を貫いてきました。
それは、食糧安全保障の足枷になるとわかっていたからです。


今の政治家は、日本を衰退させるための政策を続けているように見えます。
軍備にお金を費やし、教育や研究・技術開発にはお金を投じません。
まるで日本を売るかの如きTPPを進め、国債を発行しまくり、円安を招いています。
結果、物価は高騰し、食糧不安を生み始めています。


本当に、今世紀末の世界地図には、「日本」は残らないのではないかと、不安です。


驚きました!
大谷翔平選手が結婚を発表しました。

世の中には、翔平ロスになった女性は多いでしょうね。



タイミング的には少し前になるでしょうが、誰よりも驚いたのは、お相手の御両親ではないでしょうか。
そして、戸惑っただろうと思います。

私に娘がいたとして、その娘が大谷選手にプロポーズされたと聞かされたなら、そして我が家に大谷選手が挨拶に来たなら、想像しただけでビビってしまいそうです。
翔平ロスより、翔平プラスの方が、ショックが大きそうです。


大谷選手は、両家への取材は控えるように、釘を刺しました。
メディア関係者には、大谷選手以外の家族にまで、有名税の取立てには行かないでほしいところです。




今年は、バッター専任になりますが、打点王と盗塁王のダブルタイトルを期待するのは、行きすぎでしょうか。

個人的には、野球の"走攻守"それぞれのタイトルになる盗塁王、本塁打王、奪三振王の全タイトルを取ることを、期待しています。
本塁打王は、既に獲得しています。なので、"攻"は打点王に期待しています。
その上で、"走"の盗塁王も取ってほしいのです。

膝の傷が癒えたなら、"守"として奪三振王を獲得してほしいのです。


ちょっと、異次元すぎる期待ですが、大谷選手なら出来そうに思えてきます。

大谷選手の奥様はどんな方か、存じませんが、大谷選手を守ってあげてほしいなと、思っています。
大谷選手は、有名税の取り立て屋から守ろうとしているので、お互いに支え合って頑張ってほしいところです。

もし、何かの職業に就いておられるなら、そこでの御活躍も、期待しています。


数学インストラクターのSさんが、出した出題です。

「10年は、何秒か?」


天文に興味がある方なら、「厄介な問いだなぁ」と思うはずです。


その説明は後述するとして、Sさんが用意していた正解は、315,360,000秒でした。

Sさんは、次のように解説しています。

1分=60秒
1時間=60分=3600秒
1日=24時間=1440分=86400秒
1年=365日=31536000秒
10年=315360000秒


つまり、1年を365日として計算した場合の正解を示しているのです。

もちろん、Sさんは、「4年に1度の割合で閏年がある」と、注意書きをしています。
そのため、「通常、10年間に2回から3回の閏年がある」としています。
更には、閏秒についても、触れています。

・・・が、天文好きから見ると、違和感があります。


閏年は、必ず4年周期かというと、違うのです。
例えば、2096年は閏年ですが、4年後の2100年は閏年ではありません。
グレゴリオ暦の閏年は、次のような3条件で、決まります。

(1)西暦年が4で割り切れる場合は、閏年である。
(2)西暦年が100で割り切れる場合は、閏年ではない。
(3)西暦年が400で割り切れる場合は、閏年である。

だから、1900年や2100年は閏年ではなく、2000年は閏年なのです。
デジタル時計やEXCELの年月日の対応期間が、1901年〜2099年となっているのは、この期間なら上記の条件(1)だけで計算が可能だからです。

Sさんは、閏秒まで触れているのに、閏年の詳細には触れていないので、違和感を覚えます。
「10年間に2回から3回の閏年」と説明されていますが、例えば、2097年からの10年間では、閏年は2104年の1回だけとなります。

現時点で小学生4年生(女子)なら、平均余命から、ちょうど2100年くらいまで寿命があります。その時、「4年前は閏年だったのに、今年は閏年じゃないのね」と実感することになります。
その頃には、もしかすると「2100年問題」とか言っているかもしれませんね。



さて、違和感とは別に、冒頭でも書いたように、この出題は、天文的には、なかなか厄介な要素があるのてす。

通常、『1年』とは、季節が一巡する時間を指します。
これを、『太陽年』と言います。
太陽年の1年は、約365.24219日となります。
ですが、木星等からの影響を受けて、1秒未満のブレを生じます。
例えば、2015年は、365日5時間48分45.168秒です。
これを基に、10年を秒に換算すると、315569252秒になります。

実は、『太陽年』は、地球が太陽を公転する際の1周に掛かる時間とは、少し違います。
公転を基準にした1年は『恒星年』と言い、その時間は約365.25636日です。
これを基に、10年を秒に換算すると、315581495秒になります。
これは、歳差運動によるものです。
歳差運動は、公転軸のゴマスリ運動で、約25800年で公転とは逆方向に1周します。
なので、1年の約1/25800だけ、『太陽年』は短くなります。

これで終わりかと言うと、『近点年』というのもあります。
地球は、楕円軌道を回っているので、最も太陽に近付く近日点があります。
近日点から次の近日点までを1年とする考え方です。
近点年の1年は、約365.25964日です。
これを基に、10年を秒に換算すると、315584329秒になります。
なお、近日点は、惑星や時空の歪みによって、約11万年で1周します。
2024年の近日点は、1月3日でした。


Sさんは、閏秒についても言及されています。
その閏秒ですが、2035年までに廃止する方針が、打ち出されています。
不定期に入る閏秒に、コンピュータを対応させることが容易ではないためです。
Sさんは、御存知だったのでしょうか。言及はありません。

閏秒は、1972年に導入されました。
1972年から2023年では、10年間で区切ると、2〜10秒の閏秒が入ります。







1年と言っても、中々厄介ですよね。

「10年は何秒か?」との設問は、条件が曖昧で、深く考えれば考えるほど、答がわからなくなっていきます。

例えば、「グレゴリオ暦の10年は何日か?」との問なら、3651日か、3652日か、3653日のいずれかとなります。
秒に換算すると、それぞれ315,446,400秒、315,532,800秒、315,619,200秒になります。



マヤ文明は、1年を正確に観測していたことが、広く知られています。
マヤでは、1年を365.242128日(諸説あり)としていたと言われています。
この時の1年は、『太陽年』です。

閏年は、一般常識です。
なので、10年の秒数と言われれば、閏年を計算しようとします。
そうなると、閏年が入る数は1〜3回が考えられるので、答も3個になってしまいます。
そこで答を一つにするため、マヤの人々も知っていた『太陽年』で計算したくなります。
ですが、「何秒か?」と問われているので、1秒単位の答を出す必要を感じます。
こうなると、閏秒が気になってしまいます。


なぜ、「10年は?」と問うたのでしょうか。
「4年」なら、2100年のような例外を除いて、閏年は1回に固定できます。
「400年」なら、閏年は必ず97回になります。(※注:グレゴリオ暦)
なぜ、中途半端な「10年は何秒か?」と、問うたのでしょうか。

なぜ、「何秒か?」と問うたのでしょうか。
「日」ではなく、「秒」なのでしょうか。
「秒」を問われているから、『太陽年』や『閏秒』を気にしてしまうのです。
「日」を問われているなら、少なくとも『閏秒』は無視すると思います。



小学生くらいを相手した設問なのでしょう。
ですが、出し方が、少々考慮不足なように思える設問ですね。

315,446,400秒(閏年1回)
315,532,800秒(閏年2回)
315,619,200秒(閏年3回)
315,569,252秒(太陽年)
315,581,495秒(恒星年)
315,584,329秒(近点年)

これらの解答には、Sさんは「正解」と言うのでしょうか。
上記以外にも、Sさんが言及している閏秒も考慮した秒数も考えられます。


太陽年による 315,569,252秒

恒星年による 315,581,495秒

近点年による 315,584,329秒


グレゴリオ暦(閏年)と閏秒の組み合わせによる

 315,446,400秒(1893年1月1日からの10年間など)

 315,532,800秒(1962年1月1日からの10年間など)

 315,532,802秒(1998年1月1日からの10年間など)

 315,532,803秒(1997年1月1日からの10年間など)

 315,532,804秒(1994年1月1日からの10年間など)

 315,532,805秒(1993年1月1日からの10年間など)

 315,532,806秒(1982年1月1日からの10年間など)

 315,532,807秒(1985年1月1日からの10年間など)

 315,532,808秒(1990年1月1日からの10年間など)

 315,532,809秒(1973年7月1日からの10年間など)

 315,532,810秒(1973年1月1日からの10年間など)

 315,619,200秒(1960年1月1日からの10年間など)

 315,619,201秒(1963年1月1日からの10年間など)

 315,619,202秒(1999年1月1日からの10年間など)

 315,619,203秒(1996年1月1日からの10年間など)

 315,619,204秒(2008年1月1日からの10年間など)

 315,619,205秒(1967年1月1日からの10年間など)

 315,619,206秒(1992年1月1日からの10年間など)

 315,619,207秒(1991年1月1日からの10年間など)

 315,619,208秒(1988年1月1日からの10年間など)

 315,619,209秒(1976年1月1日からの10年間など)

 315,619,210秒(1972年1月1日からの10年間など)


更には、今後の閏秒によっては、315,532,801秒もあり得ます。


これら全てに「正解」と言うのでしょうか。

もし、「不正解」と言うのなら、閏年を考慮しただけで絶対に有り得ない「10年=315,360,000秒」の正当性を、論理的に説明できなければなりません。


小学生でも、閏年は知っています。
なので、せめて閏年くらいは、扱いを明確にして出題するべきでしたね。
そうでなければ、子供たちは、納得できないでしょう。



教育は、子供達の将来を考えて、段階を踏んで成長できるようにしなければなりません。
その考えからは、「315,360,000秒」以外の解答も、正解とできるようにしなければなりません。

ただ、私(工業高校教員資格者)の力では、漏れなく全てを正解とできるのか、かなり不安があります。

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