数学インストラクターのSさんが、出した出題です。

「10年は、何秒か?」


天文に興味がある方なら、「厄介な問いだなぁ」と思うはずです。


その説明は後述するとして、Sさんが用意していた正解は、315,360,000秒でした。

Sさんは、次のように解説しています。

1分=60秒
1時間=60分=3600秒
1日=24時間=1440分=86400秒
1年=365日=31536000秒
10年=315360000秒


つまり、1年を365日として計算した場合の正解を示しているのです。

もちろん、Sさんは、「4年に1度の割合で閏年がある」と、注意書きをしています。
そのため、「通常、10年間に2回から3回の閏年がある」としています。
更には、閏秒についても、触れています。

・・・が、天文好きから見ると、違和感があります。


閏年は、必ず4年周期かというと、違うのです。
例えば、2096年は閏年ですが、4年後の2100年は閏年ではありません。
グレゴリオ暦の閏年は、次のような3条件で、決まります。

(1)西暦年が4で割り切れる場合は、閏年である。
(2)西暦年が100で割り切れる場合は、閏年ではない。
(3)西暦年が400で割り切れる場合は、閏年である。

だから、1900年や2100年は閏年ではなく、2000年は閏年なのです。
デジタル時計やEXCELの年月日の対応期間が、1901年〜2099年となっているのは、この期間なら上記の条件(1)だけで計算が可能だからです。

Sさんは、閏秒まで触れているのに、閏年の詳細には触れていないので、違和感を覚えます。
「10年間に2回から3回の閏年」と説明されていますが、例えば、2097年からの10年間では、閏年は2104年の1回だけとなります。

現時点で小学生4年生(女子)なら、平均余命から、ちょうど2100年くらいまで寿命があります。その時、「4年前は閏年だったのに、今年は閏年じゃないのね」と実感することになります。
その頃には、もしかすると「2100年問題」とか言っているかもしれませんね。



さて、違和感とは別に、冒頭でも書いたように、この出題は、天文的には、なかなか厄介な要素があるのてす。

通常、『1年』とは、季節が一巡する時間を指します。
これを、『太陽年』と言います。
太陽年の1年は、約365.24219日となります。
ですが、木星等からの影響を受けて、1秒未満のブレを生じます。
例えば、2015年は、365日5時間48分45.168秒です。
これを基に、10年を秒に換算すると、315569252秒になります。

実は、『太陽年』は、地球が太陽を公転する際の1周に掛かる時間とは、少し違います。
公転を基準にした1年は『恒星年』と言い、その時間は約365.25636日です。
これを基に、10年を秒に換算すると、315581495秒になります。
これは、歳差運動によるものです。
歳差運動は、公転軸のゴマスリ運動で、約25800年で公転とは逆方向に1周します。
なので、1年の約1/25800だけ、『太陽年』は短くなります。

これで終わりかと言うと、『近点年』というのもあります。
地球は、楕円軌道を回っているので、最も太陽に近付く近日点があります。
近日点から次の近日点までを1年とする考え方です。
近点年の1年は、約365.25964日です。
これを基に、10年を秒に換算すると、315584329秒になります。
なお、近日点は、惑星や時空の歪みによって、約11万年で1周します。
2024年の近日点は、1月3日でした。


Sさんは、閏秒についても言及されています。
その閏秒ですが、2035年までに廃止する方針が、打ち出されています。
不定期に入る閏秒に、コンピュータを対応させることが容易ではないためです。
Sさんは、御存知だったのでしょうか。言及はありません。

閏秒は、1972年に導入されました。
1972年から2023年では、10年間で区切ると、2〜10秒の閏秒が入ります。







1年と言っても、中々厄介ですよね。

「10年は何秒か?」との設問は、条件が曖昧で、深く考えれば考えるほど、答がわからなくなっていきます。

例えば、「グレゴリオ暦の10年は何日か?」との問なら、3651日か、3652日か、3653日のいずれかとなります。
秒に換算すると、それぞれ315,446,400秒、315,532,800秒、315,619,200秒になります。



マヤ文明は、1年を正確に観測していたことが、広く知られています。
マヤでは、1年を365.242128日(諸説あり)としていたと言われています。
この時の1年は、『太陽年』です。

閏年は、一般常識です。
なので、10年の秒数と言われれば、閏年を計算しようとします。
そうなると、閏年が入る数は1〜3回が考えられるので、答も3個になってしまいます。
そこで答を一つにするため、マヤの人々も知っていた『太陽年』で計算したくなります。
ですが、「何秒か?」と問われているので、1秒単位の答を出す必要を感じます。
こうなると、閏秒が気になってしまいます。


なぜ、「10年は?」と問うたのでしょうか。
「4年」なら、2100年のような例外を除いて、閏年は1回に固定できます。
「400年」なら、閏年は必ず97回になります。(※注:グレゴリオ暦)
なぜ、中途半端な「10年は何秒か?」と、問うたのでしょうか。

なぜ、「何秒か?」と問うたのでしょうか。
「日」ではなく、「秒」なのでしょうか。
「秒」を問われているから、『太陽年』や『閏秒』を気にしてしまうのです。
「日」を問われているなら、少なくとも『閏秒』は無視すると思います。



小学生くらいを相手した設問なのでしょう。
ですが、出し方が、少々考慮不足なように思える設問ですね。

315,446,400秒(閏年1回)
315,532,800秒(閏年2回)
315,619,200秒(閏年3回)
315,569,252秒(太陽年)
315,581,495秒(恒星年)
315,584,329秒(近点年)

これらの解答には、Sさんは「正解」と言うのでしょうか。
上記以外にも、Sさんが言及している閏秒も考慮した秒数も考えられます。


太陽年による 315,569,252秒

恒星年による 315,581,495秒

近点年による 315,584,329秒


グレゴリオ暦(閏年)と閏秒の組み合わせによる

 315,446,400秒(1893年1月1日からの10年間など)

 315,532,800秒(1962年1月1日からの10年間など)

 315,532,802秒(1998年1月1日からの10年間など)

 315,532,803秒(1997年1月1日からの10年間など)

 315,532,804秒(1994年1月1日からの10年間など)

 315,532,805秒(1993年1月1日からの10年間など)

 315,532,806秒(1982年1月1日からの10年間など)

 315,532,807秒(1985年1月1日からの10年間など)

 315,532,808秒(1990年1月1日からの10年間など)

 315,532,809秒(1973年7月1日からの10年間など)

 315,532,810秒(1973年1月1日からの10年間など)

 315,619,200秒(1960年1月1日からの10年間など)

 315,619,201秒(1963年1月1日からの10年間など)

 315,619,202秒(1999年1月1日からの10年間など)

 315,619,203秒(1996年1月1日からの10年間など)

 315,619,204秒(2008年1月1日からの10年間など)

 315,619,205秒(1967年1月1日からの10年間など)

 315,619,206秒(1992年1月1日からの10年間など)

 315,619,207秒(1991年1月1日からの10年間など)

 315,619,208秒(1988年1月1日からの10年間など)

 315,619,209秒(1976年1月1日からの10年間など)

 315,619,210秒(1972年1月1日からの10年間など)


更には、今後の閏秒によっては、315,532,801秒もあり得ます。


これら全てに「正解」と言うのでしょうか。

もし、「不正解」と言うのなら、閏年を考慮しただけで絶対に有り得ない「10年=315,360,000秒」の正当性を、論理的に説明できなければなりません。


小学生でも、閏年は知っています。
なので、せめて閏年くらいは、扱いを明確にして出題するべきでしたね。
そうでなければ、子供たちは、納得できないでしょう。



教育は、子供達の将来を考えて、段階を踏んで成長できるようにしなければなりません。
その考えからは、「315,360,000秒」以外の解答も、正解とできるようにしなければなりません。

ただ、私(工業高校教員資格者)の力では、漏れなく全てを正解とできるのか、かなり不安があります。