タイタニック号見学ツアーは、2023年6月18日朝(日本時間の18日夕)、『タイタン』は潜水開始したようです。
ですが、潜水開始から1時間45分後の水深4000m付近での通信を最後に、連絡がつかなくなりました。
通信途絶時の位置ですが、海底までの半分ほどの地点で通信途絶との情報もありますが、時間から見て3000〜4000m付近と考えられます。
そして、現地6月22日に、『タイタン』と思われる残骸が発見されました。


さて、オーシャン・ゲート社の深海観光潜水艇『タイタン』について、わかった範囲の要目を記しておきます。

要目:
・最大潜水深度:4000m
・サイズ   :6.7×2.8×2.5m
・重量    :10432kg
・最大積載量 :685kg
・速度    :3ノット
・スラスター :4基
・生命維持時間:96時間(5名)


危険性は、以前から指摘されていたようです。


まずは、ハッチでしょう。

厳密な意味でのハッチは
無く、出入りは、ハッチ相当の穴が用意されていて、これを塞ぐ蓋をボルト(ナット?)で固定するのだそうです。
もちろん、水圧は外から加わるので、貫通穴は付けられません。なので、蓋の固定は、船の外側からしかできません。

私は、学生時代に、実験装置のガラス製覗き窓が破裂する現場に、居合わせたことがあります。
大学院生が設計し、業者に委託して作らせた代物でした。
この覗き窓のガラスが、加圧試験中に、設計より遥かに低い圧力で破裂しました。
この原因は、締付け圧力のアンバランスと推定されました。
(破裂したことを受け、覗き窓は断念されました)

ハッチをボルト締めの蓋で代用すると、毎回、全てのボルトを正しいトルクで締め付けなければなりません。
それを怠れば、歪みを招きかねず、危険です。
また、他の部分より金属疲労が起こりやすいのも、確実でしょう。

私の経験は、内圧が掛かる装置でした。『タイタン』のハッチは、外圧が掛かります。
内圧と外圧の差は大きいのですが、バランスよく締め付けなければならない点は、共通の注意点です。


ニュースでも話題になっていますが、覗き窓の強度不足が指摘されています。

『しんかい6500』の窓は、外側の面積と、内側の面積では、10倍くらい違います。
アクリルガラスの形状は、円錐台になっていて、水圧の9割をガラス面から圧力殻に伝える設計になっています。

これに対して、『タイタン』の覗き窓は、円錐台の形状は採るものの、角度が急で、ただの板に近い形状になっているように見えます。
測ったわけではありませんが、外側の面積と内側の面積の差は、2倍か3倍程度に見えます。
「1300mの水圧にしか耐えられない」との話も、頷ける造りです。


気になる点は、耐圧殻の形状です。

JAMSTECで運用されている『しんかい6500』の耐圧殻は、直径2mの球形です。
『しんかい6500』の前身である『しんかい2000』も、耐圧殻は球形でした。
内圧でも、外圧でも、球形が最も強度が高いのです。
内圧の場合は、真円度が低くても、圧力が真円度を補正する方向に力が働きますが、外圧の場合は、曲率の大きい部分に対して曲率が大きくなる方向に圧力が働くため、真円度は極めて重要になります。
数年前、『しんかい6500』は改修を受けたのですが、耐圧殻の真円度が建造当時の状態を保っていることが確認されています。

『タイタン』では、耐圧殻の両端は半球状ですが、その間に円筒部分があります。
内容積を確保するためのものと思われますが、軸方向の曲率は無限大となるため、剛性上の弱点になります。
また、球状の耐圧殻は、二つの半球を溶接するので、溶接の長さは球体の円周で済みますが、中に円筒部を追加するとと、溶接の長さは2倍になります。
しかも、半球同士の溶接とは違い、半球と円筒では、溶接の熱の影響の出方に差が出てしまい、歪みが残りやすくなります。
また、円筒部は鋳造ではなく、板を曲げて溶接していたかもしれません。そうであれば、真円度は低下するし、溶接部は弱点になるので、益々厳しくなります。

最大潜水深度が『タイタン』の半分の『しんかい2000』でも、耐圧殻は球形でした。
ハッチといい、耐圧殻といい、「舐めとんのかぁ」(関西弁)と言いたいくらいです。



米海軍の極秘音響探知システム(SOSUSのこと?)が、タイタンの潜水開始から数時間後に、潜水艦の圧壊音と思われる音を、捉えていたそうです。

打音の可能性がある音が捉えられたとのニュースがありましたが、個人的には疑問に思っていました。
乗員が生存していて、かつ浮上できない状況を、私は想像できなかったからです。


一般的な深海潜水艇の浮上は、鉄製のバラストを放出して行います。
バラストは、電磁石で固定されているので、電源を切るだけで、バラストは切り捨てられ、潜水艇は浮上します。
軍用の潜水艦のように、バラストタンクに空気を放出してタンク内の海水を排水することは、水圧が高いため極めて困難です。なので、鉄製バラストを用いるのです。

『タイタン』も、おそらく同じ仕組みだったと思われます。
ならば、電源が落ちても、必然的に浮上します。
浮上時の通信手段を持っていたのか、知りませんが、視野が精々数十mしかない海中とは違い、数kmは視界が広がる海上なら、発見は容易になります。
大規模な捜索にも関わらず、発見できていなかったことから、浮上できていなかったことが推定され、浮上できないトラブルだったことが推定できました。


浮上できないトラブルとしては、バラストの切り離しができないとは考えにくいことから、バラストを切り離しても浮上できない状況を考える必要があります。

まず、海底に着底してしまうと、艇体の下からの水圧が掛かりにくくなり、浮上しにくくなる場合があります。
ですが、深海潜水艇を着底させることは、基本的にありません。
万が一、着底してしまっても、乗員の体重が効くので、艇体を揺らすことで脱出できる可能性が高いと思われます。

他には、タイタニック号に接近しすぎて、索具等に引っ掛かって浮上できない状況が考えられます。
ただ、よほど接近しなければ、このような事態は起きないし、タイタニック号の索具は腐食が進んでいるので、『タイタン』を捕らえて放さない可能性は高くないと推定できます。

では、『タイタン』が浸水し、バラストを切り離しても浮上できない状況は、あるでしょうか。
『しんかい6500』の浮上用バラストは、600kgもあります。
『タイタン』は、『しんかい6500』の4割ほどの重量なので、浮上用バラストも200kgはあるはずです。
ならば、200kg分の浸水が起きるまで、浮上は可能です。
短時間の内に200kg分の浸水が起きたなら、浮上できる/できないの問題ではありません。
水深4000m付近の水温は2、3度で、氷水と同じ冷たさです。そんな海水が浸水してくれば、低体温症で動けなくなり、最終的に溺死することになるでしょう。
溺死を免れても、耐圧殻を叩き続けることは、至難の技でしょう。

そもそも、激しい浸水が起きるほどの亀裂ができたのに、耐圧殻が耐え続けるとは思えません。亀裂によって圧力を分散できなくなるので、一気に圧壊してしまうと思います。


このように、浮上できないが、打音を出し続けられる状況は、中々思い付きません。
もちろん、絶対に有り得ないと断言できるほどのものではなかったので、生存に期待を残していました。

打音の可能性もあった音ですが、別の音だった可能性が高いでしょう。
捜索隊は、かなりの数が出ていたので、連携が取れていなかった可能性があります。
ならば、指向性のある探査用音波は誰かが出し、それが海底で反射した音を捉えていたのかもしれません。
あるいは、残骸に残った空気が漏れ出す音だったかもしれません。
自然界で発生した音かもしれません。
『タイタン』からの打音ではなかったと、私は思っています。




最後に、艇体を引き上げるかどうかです。
遺族は、引き上げを望むでしょうし、財力はあるようなので、自力で実行するかもしれません。
引き上げられれば、事故の詳細も見えてくるでしょう。

ただ、水深が水深なので、容易では有りません。

個人的には、引き上げてほしいと思いますが、どうなるかはわかりません。
具体的に、どこが圧壊したのか、その要因は何か、追加の情報を報じてほしいところです。