反原発に関しては、感情論が混じっている事が気になります。


危険」「怖い」「また事故が起きたらどうするつもりか」など、恐怖心に支配されているように見えます。

そのため、原子力発電を止めるための口実を探し回ります。

確かに、永久に原子力発電を使い続ければ、必ず事故は起きます。

ですが、例えば原子力発電の運転期間を今世紀半ばまでに限定すれば、事故の可能性はかなり低いでしょう。

また、東日本大震災と同じレベルの震災があっても、今回の経験が活かされるので、事故に繋がる可能性はないに等しいでしょう。

そう考えると、地球温暖化対策とバランスから、原発再稼働の選択も考えるべきと思えてくるのです。

 

一般には、地球温暖化は「気温が高くなる」「異常気象が増える」くらいにしか思っていないようですが、もっと厳しい環境になる可能性があるのです。

最も厳しい予想をするなら、農耕ができなくなるかもしれないのです。

つまり、四大河文明の時代よりも前に遡ってしまうことになるのです。

そんな時代の狩猟採集生活では、1人当たり10㎢の土地が必要になります。
日本の国土なら、4万人しか生きていけない計算です。

現時点の日本人の3千人に1人しか生き残れないのです。

 

「技術は進歩するから、食糧も工場で作れるようになるんじやないかな」なんて、都合のいいことを言うようなら、反原発は言うべきではありません。

技術は、人間がコツコツと積み上げていくものですから、そんなに都合良く願う技術が完成するはずがありません。私は技術者ですので、「技術は進歩する」なんて安易に言われるとカチンときます。

逆に、都合良く技術が出来上がるなら、原子力発電も事故が起きない技術が完成します。

バンバン動かしても良いことになるのです。

「温暖化は技術で解決できるけど、原発事故は技術で解決できない」と考えるのなら、余りにも御都合主義がすぎるのではないでしょうか。


この御都合主義に、反原発派の感情論が見えるのです。

 


(『原子力発電の賛否について 3』に続く)