反原発については、司法も、ちょっと疑問を感じます。


2017年12月13日に広島高裁で、伊方原発運転再開差し止めの判決が出ました。

阿蘇の火砕流が到達する可能性を否定できないためだそうです。


ならば、阿蘇の火砕流が到達する可能性がある地域を居住禁止にする裁判が起こされたら、どのような判決を出すのでしょうか。


火砕流に襲われた際、極めて頑丈な構造の原発は耐えられる可能性が残りますが、一般住宅が持ちこたえられるとは思えません。

火砕流に襲われれれば、一般住宅の中に居ても、一溜りもありません。
そんな危険は地域は居住禁止にすべき」と訴えられたなら、どう判断するのでしょうか。



この場合の判決は、最初から決まっています。

居住禁止の請求は却下』です。


その根拠に用いられるのは、『火砕流の発生が予測されてから住民避難を行えるが、
原発は完全停止できないと考えられ、事故の危険性を否定できないため
』といったところ。

ですが、論理的に考えると、この判決を出すためには、いくつかの条件があります。


条件1.火砕流の発生が完全に予測できる。

条件2.火砕流の到達範囲が完全に予測できる。

条件3.火砕流発生の予測から火砕流発生までに、全住民が確実に避難できる。

条件4.火砕流発生の予測から火砕流到達までに、原発を完全停止できない可能性が残る。

 

他にも十分条件はありますが、上の4条件だけでもこの判決はかなり狭い条件になります。
条件1と2は、住民が避難を開始するために必須の条件ですが、現時点では実現していない技術なので、そもそも科学的に成立しないのです。

条件3も、対象になる人口は、火砕流が到達する範囲だけでも約1千万人、メートル単位の降灰で居住不可能になる地域も含めれば2千万人にもなる筈です。
これだけの人口ですので、移動を考えただけでもゾッとします。
更には、避難民を受け入れる側のことも考える必要があり、事実上、不可能と考えても間違いないでしょう。

仮に、伊方原発に火砕流が到達しても、必ず事故に繋がるとは言い切れないので、
『伊方原発運転再開の差し止め』と『火砕流到達範囲の居住禁止』の整合性を取るには、
前者を認めるなら後者も認めざるを得ず、前者を却下なら後者も却下することになります。

 

今回の『伊方原発運転再開の差し止め』の裁判における判決は、私が仮定した『火砕流到達範囲の居住禁止』との整合を取ることが難しいことから、判決には裁判官の個人的な感情を感じてしまうのです。
「原発は絶対に嫌だ!」との感情から、常識の範囲も、良識の範囲をも超えて、有史以降の人類が経験したことがない状況を仮定し、反原発の結論をひねり出しています。
(一部では「画期的」と評価していますが、非論理の極致を「画期的」と呼ぶようなもの)
このような個人的感情で偏ってしまった判断は、いかがなものかと思います。

 


そもそも、この判決は、悪魔の証明なのです。

「佐田岬半島に火砕流の堆積物が無いからといって、火砕流が届かない証明にはならない」と言っています。

これでは、佐田岬半島に火砕流が到達しないことを証明するのは不可能です。

一方で、伊方原発周辺に火砕流が届いた証拠はありません。

地形を無視し、シミュレーションも無視し、似たような距離でも火砕流が届いた所があるという一点を最大限に評価して、伊方原発にも火砕流が届く可能性があると判断したのです。



科学的なセンスも疑います。
判決のベースになったASO-4と呼ばれる9万年前の噴火が現時点で起こりうると考えている時点で、「センスはないな」と感じてしまいます。

阿蘇山の裾野の広がりは富士山と同規模ですから、カルデラを形成する前の阿蘇山は富士山に似た高さだったのだろうと推測できます。
ASO-4では、384km³もの噴出物があったようです。
これを三角錐にすると、基底部の直径は25km、高さは2500mにもなります。
これを富士山に当てはめると、3合目から上の体積に近い大きさです。
阿蘇山の外輪山の高さは富士山の3合目と同じくらいですから、ASO-4の噴火では、
富士山の3合目から上が吹っ飛んだようなものです。
現時点の阿蘇山は、9万年前のASO-4で膨大な噴出物を吐き出して陥没したままです。
判決では、ASO-4と同規模の噴火を想定していますが、同規模の噴火を起こすための
噴出物が、いまの阿蘇山には溜まっていないように思えるのです。

また、ASO-4以降、9万年も経過しているのに、カルデラ内の中央火口丘はカルデラ面から1000mほどしか盛り上がっていません。
これは、地下の活動が穏やかになっていることを示しているのでしょう。
ASO-4クラスの噴火をするためには噴出物の蓄積が必要ですが、地下の活動が現状とは次元の違うレベルになるはずです。
というのも、この9万年間にカルデラ内に蓄積した噴出物は、ASO-4の10分の1程度にすぎません。ASO-4と同等の噴火をするための蓄積には、現状のペースで100万年くらいかかりそうです。
それを伊方原発の運転期間内に蓄えるには、現状の2万倍も3万倍も活動が活発になる必要があります。それほど極端に火山活動が活発になるのなら、容易に観測できます。
原子力規制庁等が『充分に早くカルデラ噴火を予測できる』としているのは、このような
考え方をしているのだろうと思います。
これを「福島で想定外が起こることを経験したはずだ」の一言で片付けてしまう感覚の方が
どうかしています。


そもそも、有史以降に地球上のどこにも発生したことがない大規模な噴火に対して、
「可能性は低いとは言えない」とした時点で、その感覚を疑います。

これに加えて、反論の証拠は認めずに、証拠がない方を勝訴させたのですから、
法の下での平等を捨てた点で、司法の失墜と言うべき判決です。