新しいことを提案した時に、各国の上司はこのように確認するようです。
 
ドイツ人の場合 :理論的に正しいのか?
         理論的に正しいなら、やってみろ!
アメリカ人の場合:誰もやったことがないのか?
         誰もやったことがないなら、やってみろ!
日本人の場合  :誰かやったことはないのか?
         誰かやって上手くいっていれば、やってみろ!
 
ドイツ人は、理論的に可能なら、どんなことでも実現してしまいます。
例えば、左右非対称の飛行機を平気で作ります。
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アメリカ人のフロンティスピリッツは、説明の必要さえありません。
誰もやっていなければ、真っ先に飛び込んでいきます。
 
ですが、日本は・・・
 
                  
 
東京電力福島第一原発の事故原因を調査した、政府、国会、民間の3事故調の元委員長らが、日本記者クラブの討論会で、政府が原発再稼働に積極的なことについて、「事故から学んでいない」と批判したことがあります。
 
事故調が何をもって「事故から学んでいない」とおっしゃったのか、私は知りません。
確かに、政府は再稼働を急ぎすぎている感があります。
ですが、事故調が何を調べたのか、疑問に感じる言動です。
 
 
今回の事故は、千年に一度あるかないかの大津波でした。
その津波にも、大半の原発は耐えることができました。
福島第一原発でも、5号機、6号機は、事故を免れました。
 
・事故に繋がった1号機から4号機との違いは何か。
・違いは補助電源だけなのか。
・同じ条件下で、事故を防ぐ方法は無かったのか。
・事故調は完璧に答えを出したのか。
 
私には、調査が足りているように思えません。
原発の事故原因は、現時点で調べきれるはずがないのです。
 
サプレッションチェンバーはどうなっているのか。
格納容器はどうなっているのか。
炉心はどうなっているのか。
開けてみないことには分からない場所が、まだ残っているのです。
 
事故時と同じ条件下で事故を防ぐ方法についても、シミュレーションを繰り返して調べていく必要があります。
もちろん、事故調はそのようなシミュレーションを行っていません。
 
このような状況で、「事故から学んでいない」と上から目線で言えるほど、自分たちは事故の全てを知っているのでしょうか。
 
 
今回の事故は、1000年に一度の経験です。
次は、1000年後まで経験できないかもしれない貴重なものです。
それほど凄い経験を、ゴミのように捨て去るのが正しい行動なのでしょうか。
 
 
                        
 
冒頭で、日本人の決断の思考パターンを次のように表現しました。
「誰かやって上手くいっていれば、やってみろ!」
 
これは、日本人の失敗を恐れる心を表しています。
失敗したら、二度と同じ事をしない。
失敗は、絶対に許さない。
マスコミに至っては、失敗の可能性さえ許さない。
 
この壁を破って、貴重な経験を未来につなげてほしいものです。