昨今の大雪や低温で、温暖化懐疑論が盛り返してきています。

この手の懐疑論は、「温暖化は政府の陰謀」などの陰謀論がセットになっている場合が多いように思います。

私には、温暖化懐疑論も、「温暖化対策がコストに跳ね返る産業界から献金を受けている」政府の陰謀のように思えるのですが、懐疑論者は違う見方をします。

「温暖化を訴えることで、原発を推進したい」政府の陰謀と、繋がるようです。

 

温暖化懐疑論に限らず、何かを主張する時には、「反原発」がセットになっている場合が少なくありません。

「反原発=正義」と思っている方が多いのでしょう。

だから、「反原発」と抱き合わせることで、自らの主張の正当性を得ようとしているのです。

このような論旨の温暖化懐疑論者は、「反原発」の野党が政権を握り、温暖化対策を主張したなら、どう説明するのでしょうか。

所詮、「反原発=正義」の考えしかないので、目先の冷涼な気候と陰謀論くらいしか、根拠を持ち合わせていないのです。

 

 

温暖化懐疑論の中にも、気温変化のデータを示している場合があります。

示されたデータからは、「寒冷化」が読み取れるようになっています。

しかし、温暖化は、一定のペースで一方向に進んでいくものではありません。

エルニーニョ現象やラニーニャ現象などの影響も受け、年毎にフラつきながら変化していくのです。

だから、切り取る期間を選べば、寒冷化している期間も見付けることができます。

 

例えば、1915~1945年の30年間、1960~1985年の25年間を取り出すと、それぞれ気温の低下傾向が現れます。

これを見せて、地球は寒冷化していると言うのが、温暖化懐疑論の主張の一つです。

1910~1985年の気温傾向


では、二つの期間の間(1945~1960年)を含めた1915年から1985年の70年間ではどうでしょうか。

なんと、温暖化の傾向が現れるのです。


気温傾向
(リンク⇒気象庁:http://www.data.jma.go.jp/cpdinfo/chishiki_ondanka/p08.html


70年間の内、55年間は寒冷化の傾向が見られるのに、中間のたった15年間を付け加えただけで、気温は上昇傾向に変わるのです。

部分はともかく、全体としては温暖化傾向にあるのです。

期間を長く取れば取るほど、寒冷化は見られなくなり、温暖化が顕著に現れます。

 

このように、温暖化懐疑論者は、短期的な傾向を用いることで寒冷化しているように見せかけているのです。

 

それを示す面白い例が、サクラの開花時期です。

既に、今年のサクラの開花予想が気象会社から出されていますが、例えば、東京は3月25日頃と予想されています。

1950年代の東京のサクラの開花日の平均値は3月27日頃ですから、その頃より今年の開花は早そうです。

誤差があるとしても、寒冷化の兆しはサクラの開花時期からは見えません。

温暖化の影響は、この冬の一時的な寒さよりも大きいとさえ、言えるのです。

 

こうなってくると、陰謀を働いているのは、温暖化論者なのか、温暖化懐疑論者なのか、見方は変わってくるのではないでしょうか。

もし、陰謀を働いて真実とは異なることを主張する者がいるのなら、それは温暖化懐疑論者のように思われます。

 

冒頭に「地球温暖化は、原発推進派の陰謀」との温暖化懐疑論者の主張を紹介しました。

陰謀を働いているのが温暖化懐疑論者だとすると、この一文も「地球温暖化懐疑論は、反原発派の陰謀」と書き換わってしまいます。

まあ、温暖化懐疑論者が陰謀を働くような人物だとしても、私は反原発も陰謀だとは言いませんが。

原発は、事故のリスクと温暖化防止の兼ね合いで考えなければならないので、「陰謀」の一言で終わらせるべきではないと考えています。

 

ただ、私は原発再稼動派です。

そして、再稼動の最大の理由は、二酸化炭素排出削減であり、地球が寒冷化しようとも、原発は再稼動すべきと考えています。

問題の元凶は化石燃料の使いすぎにあり、温暖化は、その悪影響の一つに過ぎないためです。

一時的な寒さだけで反原発を言い出すようでは、反原発派の中身の薄さを露呈するだけです。