「ブラックホールの撮影って、何の役に立つんですか?」
どうやら、こんな質問をした方が居るようです。

2、3年前にLIGOが重力波を捉えた際にも、同種の質問がありましたね。
「重力波の研究は、何かの役に立つのか?」

この手の質問をされるメディアの方は、視聴者や読者に分かりやすく伝えたくて聞くのかもしれませんが、考えが浅いように思います。

はやぶさ2が行っている小惑星探査は、何かの役に立つのでしょうか?
はっきり言ってしまえば、直接的に実生活に役立つ内容ではありません。
ですが、日本のメディアは、「はやぶさ2は何かの役に立つのですか?」とは質問しない筈ですし、そのような質問があったとは聞いていません。
なぜでしょうか?
理由は、メディア自身がはやぶさ2の目的を理解しているからだと思います。
逆に言えば、ブラックホールの直接撮影や、重力波の検出の目的を理解していないのだろうと、推察されます。
「何かの役に立つのか?」と聞くのは、メディアの不勉強さが原因なのです。


様々な研究は、実生活に直結するような内容になる事は、まずあり得ません。
例えば、アポロ計画は、実生活に役立つのでしょうか。
月の石を持ち帰ったところで、何の役にも立ちません。
でも、副産物はありました。
例えば、LSIに繋がる集積回路の開発、政府が推進する水素社会に不可欠な燃料電池、焦げ付かないテフロン加工、マジックテープ・・・。
実は、数えきれないほどの副産物を生み出しています。
今回のブラックホールの直接撮影においても、若き研究者が膨大なデータの解析アルゴリズムを開発していますが、将来的にはビッグデータ解析への応用があるかもしれません。

もちろん、研究は、このような副産物を生み出すために行っているわけではありません。
基本は、知への欲求を満たすためにやっているだけです。
産学共同研究のように、実用化を目的とした研究も大切ですが、知識や経験を積み上げていく基礎研究も、同様に大切です。その研究は、直接的に役立たなくても、思わぬ形で役に立つかもしれませんし、永久に役立たないかもしれません。
ただ、役立たないという理由だけでやめてしまうのは、どうかと思うのです。

世の中には、役に立たないものは山ほどあります。
ニュース以外のTV番組は、役に立たないものがほとんどではありませんか。
小説や音楽は、何かの役に立つのでしょうか。
もし、人の心を癒したり、豊かにする力があると言うなら、ブラックホールの画像や、重力波の観測結果は、私の心を豊かにしてくれるので、同じようなものです。
逆に、このような知の探究が見られなくなると、私の心は力を失うでしょう。


JAMSTECは、横須賀本部の一般公開を例年の五月から秋に延期すると発表しました。
秋は、個人的な都合で見に行くことが難しく、私個人にとっては中止に等しい発表でした。
私の心は折れてしまいそうです。