クジラが人類に提供する「生態系サービス」の価値は、
      1頭当たり200万ドル(約2億1500万円)!?


こんな試算を、国際通貨基金(IMF)の経済学者らが同基金の季刊誌
「Finance & Development」に発表したそうです。


内容は、以下の2点です。
1.クジラは、死骸が海底に沈むことで、炭素を海底に運び封じ込める。
2.クジラの糞が植物プランクトンを育てる一助となっている。


もう少し詳しく見てみましょう。

ヒゲクジラやマッコウクジラを含む「大型クジラ」は、脂肪やタンパク質の多い体内に何トンもの炭素をため込み、死んだあとは、炭素もろとも海の底へ沈むことで、数百年かそれ以上の間、炭素を海底に隔離しているとしています。
2010年の研究では、ヒゲクジラ類のうちシロナガスクジラ、ミンククジラ、ザトウクジラなど8種が、死んで海底に沈む際、合わせて毎年3万トン近い炭素を深海へ運んでいると推定されているそうです。もし、商業捕鯨が始まる前の水準までクジラの個体数を回復できれば、この炭素吸収量は年間16万トンまで増加するとも、推定しています。

また、深い海で採餌するクジラは、海面近くで排せつし、同時に窒素、リン、鉄などの栄養物を放出します。これが、植物プランクトンの成長を促し、CO2を吸収します。植物プランクトンが死ぬと、一部の炭素は死骸とともにマリンスノーとなって海の底へ沈んで行います。
別の2010年の研究では、南極海のマッコウクジラ12,000頭が、年間20万tの炭素を大気から海中へ取り込んでいるという報告が出されているそうです。
IMFのチャミ氏は、現在生息する世界中のクジラが海洋植物プランクトンを1%増加させると仮定し、クジラが死んだときに隔離される炭素量を、1頭あたりCO2換算で平均33トンとして、経済効果を算出しました。

すべて合わせると、クジラ1頭の生涯の価値は約200万ドルに相当し、全世界のクジラの合計で1兆ドル(約215兆円)と試算されています。
現在は、約130万頭に減少しているクジラを、商業捕鯨が始まる前の推定400万~500万頭まで回復させられれば、クジラだけで年間約17億トンのCO2回収できる計算になるとしています。



さて、これの真否ですが、生物の素人が書いた無茶苦茶な内容です。
著者は、IMF(国際通貨基金)の経済学者です。
生物の専門家ではなく、理系ですらないのです。
そのため、様々な思い違いをしています。

海洋では、生物の死骸は、多くが海面付近で消費され、残りが海底に沈みます。海底に沈んだ死骸は、底棲の生物によって食べられ、最終的には分解され、湧昇流によって海面に戻ります。
彼らの主張は、「クジラが減ったので、海底にもたらされる死骸の量が減った」との考えのようです。ですが、クジラが減った分、クジラに捕食されていた生物は生き残るので、これらの死骸がどうなるか、あるいはクジラに代わる捕食者の死骸はどうなるのか、無視されています。
これは、彼らの主張の根幹に関わる部分であり、それが無視されていることは問題です。

また、クジラ1頭あたりの炭素が33トンと見積もっていますが、これを基にクジラの体重を推定すると、140~150トンとなります。この大きさに該当するのは、シロナガスクジラだけです。シロナガスクジラの頭数は1万頭以下と推定されるので、彼らの言う130万頭の1%未満にすぎません。シロナガスクジラを主としていないことは確かです。
33トンは、大型のクジラの平均値に近いことから、『クジラの体重=炭素量』との間違いを犯したと推定されます。
また、『クジラが死ぬと、海面付近で消費されることなく一気に沈む』との考えも、間違いでしょう。
これらは、数値の信憑性に関わる部分ですが、『体重=炭素量』と考えるところは、素人と言わざるを得ず、数値を真に受けることはできません。

他にも、細かなところでは、『深い海で採餌する』は特定のクジラしか該当せず、全体として意味を持つのか、疑問があります。
深海で狩りをするのは、ダイオウイカなどを食すマッコウクジラが有名ですが、コククジラのように海底の泥と一緒に底棲の生物を取り込み、ヒゲで漉し摂るクジラもいます。ですが、大型のクジラの多くは、海面付近で採餌するので、『深い海で採餌して海面で排泄することで植物プランクトンの成長を促す』というのも、かなり無理があります。
更に、クジラの排泄物だけで植物プランクトンの1%も増加させるとしていることも、大いに疑問があります。
植物プランクトンへの栄養源の最大のものは、陸上からの供給です。「陸上の森が海を育てる」と言いますが、陸の影響が大きいことを表現する言葉です。実際、植物プランクトンを含む海洋生物の多くは、面積では10%未満に過ぎない沿岸部の浅い海に生息しています。
植物プラントンへのクジラの貢献度は、数字に出ないくらいにわずかと考えられます。

クジラは、水棲哺乳類ですから、非常に代謝が激しい動物です。体重に比べて採餌量が多いことから、クジラが減少すると、クジラに代わる捕食動物(主として魚類?)の総体重は、クジラを上回ると考えられます。そう考えると、クジラが居ない方が海底への炭素の供給が増える可能性もあるのです。
また、排泄物の量はほぼ採餌量に比例しますから、クジラが居なくても、それに代わる捕食動物の排泄物の総量は大きく変化しません。マンボウのように、時には深海に潜って採餌して浮上してくる動物もいて、深海(水深200m以上を指す)の有機物を表層に持ち上げる役割は、クジラ以外にも見られます。一部のクジラにしか見らない行動をクジラ全体の役割のようにするのは如何なものかとも思っています。



全体として、主眼は地球温暖化にはなく、反捕鯨にあるように感じます。
反捕鯨論者が、知恵を絞って無理矢理に地球温暖化と繋げた
というのが、私の感想です。

私は、地球温暖化に危機感を抱いており、低炭素社会を構築すべきと考えていますが、このような低レベルの主張を受け入れる気にはなれません。