『エネルギー自立と持続可能な地域づくり』
オーストリアの取り組みを紹介した本だそうです。
読んではいませんが、部分的には『2100年のあるべき日本の姿』の参考にはなると思います。

ですが、真似は不可能でしょう。


まず、人口密度が違います。
日本は377人/km2ですが、オーストリアは105人/km2です。
一方で、可居住面積比率は、日本とオーストリアでは大差ありません。どちらかと言えば、日本の方が狭いと言えます。
私が理想とする日本の人口は6000万人ですが、それでも実質は2倍の人口密度です。

食糧にまつわる事情も、大きく異なります。
オーストリアの食糧自給率は、88%です。日本は39%(飼料穀物は無視)ですので、2倍以上の差があります。オーストリアは、農業形態から見て飼料穀物の輸入は少ないと考えられるので、実質は3倍近い差ではないかと思います。

国土に対する耕作面積比は、日本の12%に対して、オーストリアは30%を超えます。
耕作面積当たりの食糧生産量で見ると、オーストリアは日本の1/3ほどです。この差は、主としてオーストリアの農業に占める牧畜の比率が高いためだろうと思います。
このような違いのため、耕作面積当たりの食糧自給人口は、日本が1000人/km2 に近いのに対し、オーストリアは300人
/km2 ほどです。
見方を変えると、生産性が低い有機農法をする余力(正確にはオーストリアも余力はない)を、オーストリアは残しているとも言えます。

日本は、食糧自給率が低いので、工業生産により外貨を稼ぎ、食糧の輸入費用に充てなければなりません。
そのため、大量のエネルギーを消費します。
一人当たりの消費電力では、日本の9000kWh/年・人に対して、オーストリアは7300kWh/年・人です。
発電に踏み込んで調べると、オーストリアの水力発電比率は68.5%ですが、日本は8%ほどです。
ですが、国土面積当たりの水力発電量を見ると、日本もオーストリアの半分に迫ります。現状では、日本の水力発電の新規開発は容易ではなく、この差は地理的な差と考えるべきでしょう。
水力を含む自然エネルギーによる発電比率は、日本は18.5%、オーストリアは83%ほどです。これを国土面積比で考えると、日本は56万kWh/km2 、オーストリアは65万kWh/km2 です。
森林面積比が、日本の67%に対して、オーストリアは48%と、日本の方が森林が広いことを踏まえると、日本の自然エネルギーは健闘しているように思います。
いえいえ、水力を除いた国土面積当たりの自然エネルギー発電量は、日本がオーストリアの3倍近くも多いのです。
オーストリアは、日本を見倣うべきなのかもしれませんね。


このように見てくると、自然エネルギー開発は、日本とオーストリアで大差はないように思います。
・・・と書くと、「日本には海があるのに、この程度なのは問題だ!」と言われるかも。
そうですね。 
オーストリアには無い海洋が、日本にはあります。これを利用しない手はありません。
だから、冒頭で、「部分的には参考にはなるが、真似はできない」と書いたのです。
日本は、日本独自のやり方を考えなければならないのです。
「オーストリアのように〜」ではなく、「日本はこうする」でなければならないのです。

2100年のあるべき日本の姿』では、人口を半減させ、都市部の人口を農村部へ移動させることを書いています。
原発は再稼働することで地球温暖化を遅らせ、その間に新エネルギーを開発することも書いています。
浮体構造の風力発電についても、触れたことがあります。
食糧自給率を向上させるために、TPPを廃止し、農業を保護することを書いています。
農業生産性を向上させるために、遺伝子操作作物の導入も検討すべきと書いたのです。

「オーストリアのように」と言うより、「伊牟田が言うように」と考える方が、現実的ではないでしょうか。
もちろん、部分的には反対の意見も出るでしょう。
例えば、「原発は即時全廃すべき」とか、「遺伝子操作作物は危険ではないのか」とか。
それはそれで議論すべきです。
その時には、広く全体を見渡した上で、最終到達点は何か、途中はどこまで容認するのか、といった視野の広さとバランスを重視したいところです。
途中段階にこだわり、最終到達点に届かないなんて、馬鹿げています。
最終到達点にこだわり、そこに辿り着く方法が議論されるべきと考えます。


2100年は遠い未来のように思うかもしれません。
ですが、現時点で生きている日本人の1割は、2100年でも存命しているはずです。
今の小学生は、7、8割は2100年も生きているはずです。
私たちは、子供達にどんな未来を残すのか、真剣に考えなければなりません。

その上で、『エネルギー自立と持続可能な地域づくり』を考えたいところです。