8月20日夜に渋谷で発生した母娘刺傷事件の犯人は、中学3年の少女でした。
「死刑になりたかった」との本人の供述も、報道されています。
被害を受けた母娘とは、面識がなかったようです。
いわゆる『通り魔事件』です。

不幸な事件ですが、両者にとって不幸中の幸いと言うべきか、被害者は致命傷には至らなかったようです。



さて、このような少年犯罪があった際、よく聞かれるのは、『厳罰化』です。
『厳罰化』が抑止力となり、少年犯罪が減るとの考えによるものです。

今回は、『厳罰化』の声は、聞かれません。
なぜなら、本人が「人を殺して死刑になりたかった」と言っているからです。
厳罰化して、量刑が重くなったとしても、本人の供述通りなら、同種の犯罪は増えることになります。だから、今回は『厳罰化』の声が聞かれないのでしょう。

当ブログでは、「少年犯罪の厳罰化は、少年犯罪を減らさない」としてきました。
代わりに、「親業訓練」等の少年を取り巻く環境を改善することを、提案してきました。
今回の事件は、『少年犯罪の厳罰化』を否定しているようにも感じます。

本件について、友人(親業訓練の存在を教えてくれた人物)と、メールでやり取りをしました。
メールを踏まえ、私見を書きます。


まず、時間から過去へと遡ってみます。

5.母娘を刺傷した。
4.「人を殺して死刑になろう」と考えた。
3.死に切れなかった。
2.死にたいと思う。
1.何かが、本人の周りで何度も起きた。

本件の問題は、1か2にあったはずです。
3が、本人の希望通りになったら、本件は解決したのでしょうか。
確かに、3を成就していれば、4と5にはなりませんが、3が成就することは、本人にとって良いことでしょうか。
そもそも、この事件の対策は、3を成就し易くすることなのでしょうか。
それとも、5を防げば、解決するのでしょうか。

やはり、1と2に対策を施さなければ、抜本的な解決にはなりません。
あるいは、2の段階で、何らかのSOSを発していたはずですが、それを受け取って救助できる仕組みが、対策になるはずです。


日本では、少年犯罪の科学的調査機構があり、個々の少年犯罪の調査から処遇を決めたり、更生への道を作っています。
世の中には、更生して活躍している人もいます。
更生できた要因には、上記のような取り組みの成果もあるのではないかと思います。


1の対策は、色々とあろうかと思いますが、その一つは、親業訓練にあると考えます。

残念なことに、メディアで報じられることの多くは、学校側の責任とか、行政機構の不備とかで、我々個人個人の責任が乏しいように思います。
抜本的な解決には、個人が責任を果たせるように、社会のアドバイスやサポートを整えていくことが、重要でしょう。



最近の日本の民度は、あまり自慢できなくなっているように思います。

今回の事件も、「死にたければ、死なせてやればいい」なんて極論まであります。
そんな発想だから、本質を理解できなかったり、相手の考えを見抜けなかったりするのです。
そして、強引かつ力任せの解決策を求める傾向が、強まっています。

他人を思いやり、助け合う、本来の日本人の資質を失い、気に入らなからば切り捨て、場合によっては力任せに解決しようとします。
相手の立場に立ち、寄り添い、救済策を考え、実行する。そして、少しずつ改善していく。
これが、本来の日本人のやり方ではないでしょうか。


出てきた所だけを見るのではなく、それに至る経緯、あるいは内面、思惑等に目を配り、本質に迫り、対策を考え、実行していくことで、抜本的な解決に繋がります。

それは、外交でも同じことです。
今の日本は、外交ではなく、力任せの解決を図ろうとしているように見えます。
これでは、より力が強い国には敵いません。
相手が何を考えているのかを知り、凶行(軍事行動)に及ぶ前に、交渉によって危険を取り除いていくのです。
そうでなければ、相手を大きく凌駕する力が必要になります。


日本人は、どんどん冷静さを失いつつあるように思います。

今の日本に大切なのは、武力ではなく、食糧安全保障です。
次に、エネルギ安全保障です。
当ブログのメインテーマは、食糧自給率の向上です。
エネルギについても、何度も取り上げています。

狭い国土で、これらを実現するためには、高い技術力が必要です。
だから、研究費は大切なのです。
当ブログは、JAMSTECを中心に、JAXAや極地研究所の一般公開にも行き、情報を公開しています。

もし、加害者の少女が、適性な教育を受けて研究者になっていたなら、日本に貢献したかもしれません。
地道な仕事を通じて、影から社会を支えてくれたかもしれません。
敵対するのではなく、話を聞き、良き方向に導いくことこそ、最も重要なのです。


「罪を憎んで、人を憎まず」
少女の苦悩が解決し、良き方向に導かれることを願っています。