豊葦原中津谷のニニギ

食糧自給率の向上を目指して! (2100年の日本へワープ)

カテゴリ: 地球温暖化

横山裕道氏は、Twitterで、自身の架空ドキュメント「運命の2030年」を題材に、原発事故が気候変動に影響するとの自論を展開されています。

以下、氏のTwitterから引用。
https://mobile.twitter.com/zxghiro/status/1192545856739663872


原発事故で気候の破局運命の2030年」では、中国浙江省の泰山原発で5基の原子炉が炉心溶融を起こし、チェルノブイリを上回る過酷事故になったと想定した。世界的に原発がストップし、代役を石炭火力が果たしたためCO2が一気に上昇。気候の破局へと進んでいく...。原発はこんなリスクも抱えている。


以上が引用です。


この内容に違和感を感じませんか?
と言っても、『原発事故を切っ掛けに、世界中で原発が止まったため、温暖化が一気に進む』との設定には、強い違和感はありません。
強いて言うなら、『原発事故が切っ掛けに、"世界中"で原発を止めるだろうか? という点くらいです。
私の違和感は、別の場所にあります。
強い違和感を感じたのは、最後の一文、『原発には、こんなリスクも抱えている』です。

横山氏は反原発の考えをお持ちですから、リスクを抱えている原発を使うべきではないと言いたいのでしょう。
なので、このリスクを回避する方法を考えてみましょう。
原発は事故が起きると世界中で原発を止めることになるなら、最初から原発を動かさなければ良いのです。
でも、「運命の2030年」では、原発の代わりに石炭火力を使ったから温暖化が進んだと設定されています。であれば、原発の代わりに石炭火力は使えません。
石炭火力より効率の良い石油火力や天然ガス火力で代替すれば良いのでしょうか?
設定では、2030年の1年間で温暖化が進んだはずです。仮に、2020年から原発事故の代わりに最も効率が良いとされるコンバインドサイクル発電で代替するとしても、2030年までの排出量が2030年の1年間の石炭火力の排出量より少なくするには、10倍以上も効率が良くなければなりません。実際には、コンバインドサイクル発電でも石炭火力の精々2倍程度ですから、「運命の2030年」は「運命の2022年」に書き換えなければなりません。
やはり、火力発電では原発を代替できません。
やはり、原発の代替は再生可能エネルギー発電です。
御存じの方も居られますが、再生可能エネルギー発電は発電量が大きく変動するため、通常は水力や火力との組み合わせになり、原発を代替できるほどの発電量は確保できません。リチウムイオン電池などの二次電池(蓄電池)を使えば良いと考える方もいらっしゃるようですが、必要な電池の大きさは途方もなく巨大なものとなってしまうので、それだけでは再生可能エネルギー発電で原発を代替できません。現状の蓄電池システムは、短時間の発電量の変化を平滑することを目的としています。
ここでは、そんなことを無視して、再生可能エネルギー発電で原発を代替できるとします。
これで、違和感は解決・・・なのでしょうか?

いえいえ、違和感は全く変わりません。

設定では、原発事故で止まった原発は5基だけてす。温暖化が目に見えて深刻になったら、事故を受けて止めていた健全な原発を再稼働すれば良いだけです。
温暖化の影響を目の当たりにすれば、人々も、"かもしれない"レベルの原発事故よりも"現実に起きている"温暖化の対応が優先されるはずです。
そもそも、停止する原発は類型の原子炉(泰山原発はいずれも加圧水型原子炉だが、重水と軽水の2種類が計6基)に限定される可能性もあります。

まあ、これは設定の範囲内とも言えるレベルなので、まだ小さな違和感でしかありません。

私の違和感の正体は、原発の代替です。
「運命の2030年」では、原発事故が発生した時の代替を石炭火力で行っています。これは、石油火力や天然ガス火力が動いていることを意味しています。
そうであれば、原発を再生可能エネルギーで代替したなら、原発は止まっているわけです。一方で、石油火力や天然ガス火力は運転され、大量のCO2を出し続けていることになります。これでは温暖化対策として不十分です。IPCCでは、「今世紀末までに化石燃料の使用をやめるべき」と提言しています。石炭火力を止める程度では話にならないのです。
そうなると、停止している原発を稼働することで石油火力や天然ガス火力を止めることができ、CO2排出量は大きく減らすことができます。
この状況で2030年に原発事故が発生しても、2030年までのCO2排出量を抑えてきているので、危機までの時間的猶予を得ることができます。
また、停止する原発の代替は、それ以前に停止していた高効率の天然ガス火力や石油火力で可能となり、CO2の排出増を抑えることができます。

整理しましょう。
原発のリスクを回避するための再生可能エネルギー発電は、原発ではなく火力発電所を代替することも可能です。従って、温暖化対策を優先するなら、原発
を停止せず、火力発電所を停止するために再生可能エネルギーを利用するはずです。その場合、「運命の2030年」の原発事故リスクを避けるために予め原発を止める余裕は存在しません。
「原発はこんなリスクも抱えている」との表現は、リスク回避の手段がないため無意味なのです。
原発を代替できるなら、その電力量を火力発電所を止めるために使わない手はありません。そもそも、「運命の2030年」は温暖化の暴走を描いている
のです。火力発電所を止める能力があるのに使わないのは、矛盾しています。

主題が『反原発』であって、無理矢理『地球温暖化』に繋げたとしか思えません。
そう言えば、「運命の2030年」は、「原発と地球温暖化」に収められていますが、"原発"が先にあり、"地球温暖化"が後にありますね。


さぁ〜て、これだけでは、「運命の2030年」への"イチャモン"でしかないですね。
私も、"イチャモン"をつけるためだけに、こんなに長々と書いたのではありません。
私の目的は、横山氏の考え方が大半のメディアやジャーナリストの考え方と類似しているので、これらを代表する例として揚げることにしたのです。

ジャーナリストを含むメディア関係者は、反原発でほぼ統一されています。
メディアは、政府や大企業を攻撃する記事を書くのが大好きです。反原発は、"政府"+"大企業"の組合せですから、メディアの大好物なのです。そこへきて原発事故ですから、屍肉に群がるハイエナのように、理性を失って何が何でも反原発を正当化しようとしまっています。
だから、地球温暖化を反原発に結びつけようとするのです。

このようなメディアの影響を受け、「反原発=正義」との盲目的な考え方が拡がっています。
例えば、地震予知を見ていると、地震予知に対する自論と反原発と結び付ける場合を見掛けます。
一つは、「地震予知研究者が予知したエリアに原発があるので、原発推進派は地震予知を否定したいのだ」との意見です。
もう一つは、「地震予知は不可能だから、いつ地震が原発を襲うか分からない。だから、原発は止めるべきだ」との意見です。
どちらも、地震予知の議論の場で出てきた意見ですが、反原発では統一されているのに、肝心の地震予知は反対方向を見ています。
地震予知に限らず、自論の正当性を訴える際、反原発に結び付ける例を多々見掛けます。
『反原発』こそ『正義』との勘違いがあるのだろうと思うのです。
メディア関係者の場合、一般人とは少し考え方が異なり、メディア関係者は『反原発』の正当性を訴える内容に変わります。ただ、原発のデメリットを細々
と探し出し、針小棒大に批判を繰り返します。
本来、メディアは公平性に基づいた報道が求められます。メディア関係者は、それを忘れてしまっているのです。

本来、原発と地球温暖化の議論は、原発事故や放射性廃棄物などのリスクと地球温暖化のリスクの比較であるべきです。
メディア関係者の問題は、原発は『悪』であることを証明しようと、上から見たり、下から見たり、横から見たりと、視点を変えた主張を繰り返しています。
ですが、本質的な部分は議論しません。
メリットとデメリットの比較で論じるべきですが、それをしたがりません。デメリットだけを誇張したいのです。
昨今の異常気象で、原発のメリットに目が向けられそうになると、今度はメリット潰しを展開します。つまり、メリットは無いと印象付け、メリットとデメリットの議論を避けようとします。
今回の例は、その一つです。
矛盾した設定を見れば、原発のメリットを潰したい本音が見えます。
詭弁と言えば一言で終わってしまいますが、メディアやジャーナリストの公平性と真実に背を向けた報道が増えている現状は、詭弁では済まされないように思います。
それは、地震予知を見ていても、その他の案件を見ても、同様に感じるのです。

原発の問題では、「原発は再生可能エネルギーで置き換えることができる」と主張しますが、任意の出力で発電できない再生可能エネルギーは、現時点では原発を代替できません。
仮に、原発を代替できるとして、その能力で火力発電所を止めようとしない理由は、何でしょうか。
その背景の一つに、原発が温暖化対策として有効でも、再生可能エネルギーで代替すれば原発を止められると思い込んでいるためと思われます。
温暖化対策を考えるなら、原発の前に火力発電所を止めるのが当たり前ですが、それを主張しないのは、「温暖化対策は原発分で足りる」と見ているのでしょう。
彼らは、IPCCの提言を知らないのでしょうか。

もう一つは、九州で原発再稼働に伴い、再生可能エネルギーの割合を制限したことを、原発優先だと勘違いしているためでしょう。
実際には、CO2排出量を現時点で最小にするために、再生可能エネルギーを抑える必要があったのです。
再生可能エネルギーは、出力が任意に設定できない上、出力の変動が激しいので、火力や水力と組み合わせて運転する必要があります。原発を稼働すると、出力調整できる火力発電所を止めることになり、出力の調整幅が小さくなります。そうなると、出力が変動する再生可能エネルギー発電に対応できる幅が狭くなるため、再生可能エネルギー発電を止めざるを得なくなるのです。
再生可能エネルギー発電を優先すると、変動に対応するための火力発電所を多く稼働させなければならず、結果的にCO2排出量が増えることになります。


反原発を主張しすぎることは、地球温暖化にはマイナスになる場合があります。
反原発と地球温暖化は、バランスを取らなければなりません。特に、現時点でできることと、将来的に期待できることは、明確に分けて、考えをまとめるべきです。

最後に、私は原発新設には反対の考えを持っています。
温暖化が進めば、世界的に原発を建設するように圧力が掛かってくるでしょう。現時点は原発を再稼働し、少しでも温暖化を遅らせ、新しい技術が開発される時間を稼ぐべきです。現時点では実現していない技術を主張して温暖化対策を遅らせるのは、長い目で見れば逆効果になると、私は考えています。

再生可能エネルギーは、少なくとも現時点では、地球温暖化対策では『脇役』の役割であり、原発と火力の両方を止める能力はないということを理解した上で、考えていくべきです。
 

「原発の安全対策費が莫大な額になっているので、原発を止めるべき」
こんな意見があります。

私の感覚は、この費用は地球温暖化対策費なのです。必要な投資なのです。
そもそも、地球温暖化対策には莫大な費用が掛かります。それは、再生可能エネルギーでも同様なのです。


再生可能エネルギーは、莫大な費用が掛かる発電方式であることを知るべきです。
そのため、経済性では旧来の発電方式には太刀打ちできず、定額買取制度によって成り立っています。この費用は、莫大な額になります。

再生可能エネルギーは、出力の制御ができないものが大半を占めます。その上、出力の変動が激しい欠点もあります。
蓄電池システムは、再生可能エネルギーの欠点の一つである出力の変動をなだらかにするために開発されました。従って、例えば太陽光発電の夜間や冬季の出力不足を補う能力はありません。
このため、再生可能エネルギーは、旧来の火力発電などとのセットで運転されます。
出力調整が可能な火力発電所とは言え、停止から起動するには人員も電力も大量に必要となります。ですので、常に運転状態を維持し、再生可能エネルギーの出力が不足した際には出力を上げて補います。原発であれば、一定の出力が得られるので、火力発電所も停止できますが、再生可能エネルギーを使用するためには停止できないのです。この費用も、本来であれば再生可能エネルギーの費用として勘案すべきです。
再生可能エネルギーの定額買取制度は、有期の制度です。期限が過ぎれば、採算が取れなくなり、撤去が必要になるかもしれません。その費用も、無視されています。
無視されていると言えば、再生可能エネルギー発電所で使われる除草剤の環境への影響も無視されています。
更に、原料の採掘から製造までも含めれば、その間に排出されるCO2の量は莫大で、CO2排出量の削減効果は大きくありません。
つまり、削減量当たりの発電費用は、高額なのです。
それでも再生可能エネルギーを推進すべきと、私は考えています。それくらい、地球温暖化は人類には厳しい試練となるだろうと考えているのです。


もちろん、原発も使用済み燃料の最終処分方法が決まっておらず、コストも非常に高いものとなるでしょう。
また、原発は止めれば良いと考えてしまいがちですが、廃炉の際に放射性廃棄物が発生します。これは、原発を再稼働をしても、再稼働しなくても、変わりません。
なので、私は原発の再稼働には賛成ですが、新設には反対なのです。


地球温暖化を含む化石燃料の大量消費の弊害は、人類の存亡に関わる問題だと考えています。ですので、地球温暖化対策は、費用を無視するくらいの割り切りが必要だと思っています。
このスタンスは、原発に対しても、再生可能エネルギーに対しても、全く同じであり、地球温暖化対策として、私の中で一貫した考えです。
また、化石賞が欲しいのであれば、条件付(反原発を大前提とする条件)の温暖化対策を続けていけば良いでしょう。


 

グレタ・トゥーベリさんは、ヨットで大西洋を往復しました。
彼女は、CO2排出量を抑えるために、航空機の利用を避け、陸上では電気自動車、海上ではヨットを利用しました。

そこで、交通機関別に、CO2排出量を簡単にまとめてみることにしました。
単位は、g/t・kmで考えます。これは、1tの荷物を1km先まで運ぶ際に、何gのCO2を排出するのかを表します。

航空機   :328g
船舶    : 18g
鉄道    : 16g
トラック  : 66g
HVトラック: 52g
EVトラック: 50g

航空機は、ボーイング777Fをベースに、しました。最大積載量を100t、燃費0.075km/l、ジェット燃料のCO2排出係数2.46kgCO2/lから算出しました。

船舶は、8万重量トン級の貨物船の燃費を6g/t・km、A重油の比重を0.9として、A重油のCO2排出係数2.71kgCO2/lから計算しています。

鉄道は、適当な資料がなかったため、船舶との比で計算しました。ベースは、鉄道の輸送効率0.491MJ/t・kmと、船舶の0.555MJ/t・kmの比率から計算しました。

トラックは、10トン積で燃費が4km/lとして計算しています。燃料は軽油とし、CO2排出係数2.62kgCO2/lから算出しました。

HVトラックは、10トン積で燃費が5km/lとして計算しています。燃料は軽油とし、CO2排出係数2.62kgCO2/lから算出しました。

EVトラックは、4トンのEVトラックをベースに電費(約2km/kWh)を基に計算しています。1kWhで4tを
2km先まで運べるので、0.125t・km/kWhと計算しています。
また、発電における火力発電の割合は世界平均の約66%を、kWh当たりのCO2排出量を600g(LNG火力発電の平均的な値)として、概算で計算しました。

上記は、目安程度に捉えてください。
いずれも、輸送規模によって、数値は大きく変化します。軽トラックと大型トラックでは、まるで違います。
また、環境などの条件でも、大きく異なります。山越えの鉄道が平地の鉄道と同じ燃費のはずがありません。
更には、航空機なら最短コースだが、鉄道でも船舶でも遠回りになると、実質的には航空機との差が小さくなる場合も考えられます。
ただ、なるべく鉄道や船舶で輸送し、トラックや航空機は使わない方向に進むのが良いことは、わかります。


ついでですが、EV車の燃費を考えてみましょう。
リーフの電費は、約8km/kWhです。定員乗車時の重量は5人×55kg=275kgですので、182g/t・kmです。

グレタさんは、陸上の移動に電気自動車を使用しましたが、鉄道を利用した方がCO2排出量を遥かに少なく抑えることができたのです。それどころか、2人しか乗らなかったのなら、航空機と大差ない環境に厳しい輸送手段だったことがわかります。

彼女の地球温暖化防止の運動は、若い世代の危機感の現れであり、私はそれを支持します。
ですが、彼女はまだ16歳であり、その知識は稚拙です。必要な教育も、途上にあります。それ故、誤った情報に踊らされたり、浅い考えのままの言動となる危険があります。
そのような彼女の弱点が、策略に生きる大人達に利用されないことを願っています。

温暖化が叫ばれて久しいのですが、一向に対策が進みません。

急激な温暖化が起こり、後戻りは出来なくなる可能性が高まっているように思います。

 

ならば、温暖化を逆手に取る施策は考えられないのでしょうか。

例えば、北極圏航路の開拓です。

他に、永久凍土の農地化もあります。(たぶん失敗する)

 

こんな感じで、温暖化したからこその施策を考えるのも、面白いのではないでしょうか。

この施策には、再生可能エネルギーは含みません。理由は、再生可能エネルギーが温暖化防止の施策であって、温暖化そのものを利用する施策ではないからです。

 

さて、何か浮かんだでしょうか。

温暖化そのものは、利用価値が大きくありません。

そこで、見方を変えて、温室効果ガスについて、考えてみても良いかもしれません。

例えば、大気中の二酸化炭素から有機物を生成するとか、酸性化した湖沼でウレタンを分解するとか、何か出来そうなきがします。

 

面白いアイデアがあれば、コメントしてください。

 

クジラが人類に提供する「生態系サービス」の価値は、
      1頭当たり200万ドル(約2億1500万円)!?


こんな試算を、国際通貨基金(IMF)の経済学者らが同基金の季刊誌
「Finance & Development」に発表したそうです。


内容は、以下の2点です。
1.クジラは、死骸が海底に沈むことで、炭素を海底に運び封じ込める。
2.クジラの糞が植物プランクトンを育てる一助となっている。


もう少し詳しく見てみましょう。

ヒゲクジラやマッコウクジラを含む「大型クジラ」は、脂肪やタンパク質の多い体内に何トンもの炭素をため込み、死んだあとは、炭素もろとも海の底へ沈むことで、数百年かそれ以上の間、炭素を海底に隔離しているとしています。
2010年の研究では、ヒゲクジラ類のうちシロナガスクジラ、ミンククジラ、ザトウクジラなど8種が、死んで海底に沈む際、合わせて毎年3万トン近い炭素を深海へ運んでいると推定されているそうです。もし、商業捕鯨が始まる前の水準までクジラの個体数を回復できれば、この炭素吸収量は年間16万トンまで増加するとも、推定しています。

また、深い海で採餌するクジラは、海面近くで排せつし、同時に窒素、リン、鉄などの栄養物を放出します。これが、植物プランクトンの成長を促し、CO2を吸収します。植物プランクトンが死ぬと、一部の炭素は死骸とともにマリンスノーとなって海の底へ沈んで行います。
別の2010年の研究では、南極海のマッコウクジラ12,000頭が、年間20万tの炭素を大気から海中へ取り込んでいるという報告が出されているそうです。
IMFのチャミ氏は、現在生息する世界中のクジラが海洋植物プランクトンを1%増加させると仮定し、クジラが死んだときに隔離される炭素量を、1頭あたりCO2換算で平均33トンとして、経済効果を算出しました。

すべて合わせると、クジラ1頭の生涯の価値は約200万ドルに相当し、全世界のクジラの合計で1兆ドル(約215兆円)と試算されています。
現在は、約130万頭に減少しているクジラを、商業捕鯨が始まる前の推定400万~500万頭まで回復させられれば、クジラだけで年間約17億トンのCO2回収できる計算になるとしています。



さて、これの真否ですが、生物の素人が書いた無茶苦茶な内容です。
著者は、IMF(国際通貨基金)の経済学者です。
生物の専門家ではなく、理系ですらないのです。
そのため、様々な思い違いをしています。

海洋では、生物の死骸は、多くが海面付近で消費され、残りが海底に沈みます。海底に沈んだ死骸は、底棲の生物によって食べられ、最終的には分解され、湧昇流によって海面に戻ります。
彼らの主張は、「クジラが減ったので、海底にもたらされる死骸の量が減った」との考えのようです。ですが、クジラが減った分、クジラに捕食されていた生物は生き残るので、これらの死骸がどうなるか、あるいはクジラに代わる捕食者の死骸はどうなるのか、無視されています。
これは、彼らの主張の根幹に関わる部分であり、それが無視されていることは問題です。

また、クジラ1頭あたりの炭素が33トンと見積もっていますが、これを基にクジラの体重を推定すると、140~150トンとなります。この大きさに該当するのは、シロナガスクジラだけです。シロナガスクジラの頭数は1万頭以下と推定されるので、彼らの言う130万頭の1%未満にすぎません。シロナガスクジラを主としていないことは確かです。
33トンは、大型のクジラの平均値に近いことから、『クジラの体重=炭素量』との間違いを犯したと推定されます。
また、『クジラが死ぬと、海面付近で消費されることなく一気に沈む』との考えも、間違いでしょう。
これらは、数値の信憑性に関わる部分ですが、『体重=炭素量』と考えるところは、素人と言わざるを得ず、数値を真に受けることはできません。

他にも、細かなところでは、『深い海で採餌する』は特定のクジラしか該当せず、全体として意味を持つのか、疑問があります。
深海で狩りをするのは、ダイオウイカなどを食すマッコウクジラが有名ですが、コククジラのように海底の泥と一緒に底棲の生物を取り込み、ヒゲで漉し摂るクジラもいます。ですが、大型のクジラの多くは、海面付近で採餌するので、『深い海で採餌して海面で排泄することで植物プランクトンの成長を促す』というのも、かなり無理があります。
更に、クジラの排泄物だけで植物プランクトンの1%も増加させるとしていることも、大いに疑問があります。
植物プランクトンへの栄養源の最大のものは、陸上からの供給です。「陸上の森が海を育てる」と言いますが、陸の影響が大きいことを表現する言葉です。実際、植物プランクトンを含む海洋生物の多くは、面積では10%未満に過ぎない沿岸部の浅い海に生息しています。
植物プラントンへのクジラの貢献度は、数字に出ないくらいにわずかと考えられます。

クジラは、水棲哺乳類ですから、非常に代謝が激しい動物です。体重に比べて採餌量が多いことから、クジラが減少すると、クジラに代わる捕食動物(主として魚類?)の総体重は、クジラを上回ると考えられます。そう考えると、クジラが居ない方が海底への炭素の供給が増える可能性もあるのです。
また、排泄物の量はほぼ採餌量に比例しますから、クジラが居なくても、それに代わる捕食動物の排泄物の総量は大きく変化しません。マンボウのように、時には深海に潜って採餌して浮上してくる動物もいて、深海(水深200m以上を指す)の有機物を表層に持ち上げる役割は、クジラ以外にも見られます。一部のクジラにしか見らない行動をクジラ全体の役割のようにするのは如何なものかとも思っています。



全体として、主眼は地球温暖化にはなく、反捕鯨にあるように感じます。
反捕鯨論者が、知恵を絞って無理矢理に地球温暖化と繋げた
というのが、私の感想です。

私は、地球温暖化に危機感を抱いており、低炭素社会を構築すべきと考えていますが、このような低レベルの主張を受け入れる気にはなれません。

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