豊葦原中津谷のニニギ

食糧自給率の向上を目指して! (2100年の日本へワープ)

カテゴリ: 地球温暖化

今世紀末には、子どもから「ホワイトクリスマスって、なぁに?」と問われそうです。
温暖化が進めば、あり得る話です。
例えば、今世紀末までに3℃上昇すると、季節は11月末頃に相当する気温になります。
東京では、11月の降雪は、30年に一度くらいしか起こりません。
今世紀末頃の東京では、ホワイトクリスマスを言うと笑われるかも知れませんね。

今夜はクリスマスイブ。
北日本以外では、今年も雪は降らないようです。
でも、この時期のドラマの定番は、雪が舞うシーンです。
ドラマを見ながら、クリスマスを祝いましょう。


※皮肉なことに北海道では吹雪いているとか。
 雪に お気をつけて。

冬と言えば、雪ですね。

今ならスキーですが、年配の方は忠臣蔵の討ち入りを思い浮かべるようです。
吉良上野介邸に討ち入る際、夜半からの雪が赤穂浪士の足音を消したと言われています。
討ち入りは、旧暦では12月15日未明(新暦で1703年1月31日午前3時頃)でした。


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温暖化に目を移すと、やはり雪は減っているようです。
東京の年間積雪量は、1950年代は年平均で合計15センチの積雪があったようです。
それが、2000年代は、年平均で合計4.6センチの積雪しかありません。
雪が降った回数も、年平均9.5日あったのが、8.8日になっています。
 
年毎の変化が大きいので単純に比較すべきではありませんが、雪が減ってきているのは確かなようです。

今シーズンは、どうなるのでしょうか。

原発に反対される方は多くいます。
そんな中、私は中途半端な立ち位置を選んでいます。
具体的には、原発の新設には反対ですが、再稼働には賛成です。
最近では、政府も私の立ち位置ににじり寄ってきているようです。

私が原発再稼働を言うのは、もちろん地球温暖化対策です。
地球温暖化の対策は一つでも多く実施したいと考えていますが、何でもかまわないとは考えていません。
原発の力が不要になるなら、直ちに停止すべきとも考えています。
また、何でもいいから再稼働すべきとは考えていません。



一方、反原発派の中には、反原発のみが目的と化している意見も見られます。

「核廃棄物は万年単位のゴミだ。それを後世に残すことは許されない」
頭の痛い問題です。
原発を停めても核廃棄物は無くならない点で、更に厄介です。
頭の痛い問題ですが、温室効果ガスも厄介です。
深海への二酸化炭素の貫入も確認されていて、下手をすると、数千年間も海底に留まり、気候や生態系に影響を与え続ける可能性もあります。
使用済み核燃料が増えても、二酸化炭素を減らす方が重要だと、私は考えています。

「温室効果ガスには、亜酸化窒素もある。原発を再稼働しても亜酸化窒素は抑制できない」
御尤もです。
では、温暖化対策は、二酸化炭素と亜酸化窒素とメタンガスのすべてを同時に減らす必要があるのでしょうか?
温室効果ガスの発生原因が異なるのですから、それぞれに対策するのが当たり前です。
『亜酸化窒素を減らせないから二酸化炭素も減らさなくても良い』との考えは間違いです。
亜酸化窒素の削減が難しいのなら、その分も二酸化炭素を減らすべきです。
そのためには、原発がより重要な役割を担うことになります。

「温室効果ガスの多くは、自然由来だ。人工の温室効果ガスを減らしても無意味だ」
確かに。
ですが、産業革命を機に、温室効果ガスが大幅に増えていることも事実です。
二酸化炭素は1.4倍、メタンガスは2.5倍、亜酸化窒素も1.2倍も増えています。
増加分の多くは、人為由来であることは間違いないでしょう。
温室効果ガスの人為由来分を減らさない理由は見当たりません。
また、人為由来と自然由来の線引きは難しいところです。
例えば、亜酸化窒素は、農地から発生することが多いのですが、これを自然由来とするのか、窒素肥料の使い過ぎによる人為由来とするのか、線引きの基準が議論になります。
もっと厄介なのは、永久凍土からのメタンガスかもしれません。こちらは、気温の上昇でメタンガスの発生量が増えていますが、温暖化が人為由来と考えればメタンガス増は人為由来になり、温暖化が自然由来となればメタンガス増も自然由来となってしまいます。
温室効果ガスは自然由来か人為由来かを持ち出す前に、人為由来の二酸化炭素だけで毎年300億トン以上もあることを認識すべきでしょう。

「原子力発電は、安全対策で高価な電力になっている。それでも再稼働するのか?」
これは、馬鹿げた話です。
この意見を持っている方が再エネ発電にも反対するならまだしも、再エネは推すのなら完全に自己矛盾です。再エネ発電は高価な電力のため、定額買い取り制度で支えられています。価格競争力はありません。
私は、温暖化対策として再エネも原発も捉えているので、価格競争力は関係ありません。
安全対策で高価格になっても、原発の再稼働をやめる理由にはならないのです。

「原発を稼働すると再エネ発電を停めなければならない。停めるのは原発だ」
ここまでくると、再エネ発電で利益を得ているのか? と思いたくなります。もちろん、原発を停めたいだけで口実を探しているにすぎないことは、私も理解しています。
再エネ発電を止めるのは、原発を動かしたことで出力調整が可能な火力発電所を停めたためです。
再エネ発電は環境の影響で出力が大きく変動するため、不足分を火力発電が補っていました。火力発電所が、原則として出力調整ができない原発に置き換わったため、再エネ発電の出力変動に対応できなくなったのです。
ですが、原発を停めて再エネ発電をフル運転させることは、火力発電所を稼働させることを意味し、温暖化対策に逆行することになります。



「原発を廃止することが強く望まれる」と言う方とは議論できます。
ですが、「原発は絶対に認められない」と言う方とは議論になりません。
このような方とは、その方の意見にYesを言うかNoを言うかの二者択一です。
私の考えは反映されません。
ならば、まずはNoを言うところから始めるしかありません。

「原発事故で放出された放射性物質で、若い世代に甲状腺癌が増えている」
おっしゃる通りです。
私自身、癌経験者ですので、甲状腺癌が見つかった子供たちや親御さんたちの気持ちも理解できるつもりです。
一方、交通事故で命を失った方々のことも、考えます。
交通事故で命を失うと、その遺伝子は未来永劫に渡って失われます。
これを軽く見ることは、私にはできません。
見方によっては、甲状腺癌よりも重大なのです。

原発事故と交通事故を一緒に論じることに抵抗を感じる方は多いでしょう。
その根拠に、事故の規模の違いを挙げられています。
1件の事故ならともかく、年間の合計では交通事故の方が甚大です。
年間4000人以上が命を落とし、数万人が傷付きます。騒音、振動、排気などで健康被害を受ける方も膨大な数に上ります。道路建設のために立ち退きを余儀なくされる方もいます。自動車用の道路面積は、原発事故の非難区域にも比肩しうる規模です。
車を運転する方は、誰でも人の命を奪ってしまうリスクがあります。もちろん、安全運転を心がけますが、完璧に事故を防ぐことは不可能です。
原発の再稼働を認める私に交通事故を起こすことへの免罪符があるわけではありませんが、原発には完璧な安全性を要求する方が車を運転するのなら、その矛盾についての説明は必要でしょう。


2017年12月には、広島高裁が『四国電力伊方原発3号機の運転を差し止め』の判決を出しています。この判決は、日本が壊滅するレベルの噴火を想定しているのですから、原告自身が噴火で亡くなる可能性を無視できませんし、原発事故の影響範囲に踏みとどまれる可能性も極めて低いと考えられます。それにもかかわらず、原発の事故リスクだけを最悪規模で取り上げて判断した点で、司法判断に裁判長の個人的意見が投影された異様な判決でした。しかも、物証を棄却し、状況証拠を採用した点でも、反原発ありきの判決でした。
この判決には、反原発派の中にも違和感を唱える方が少なからずいました。
原発の再稼働の是非を議論するのなら、このような方と話をしてみたいと思いますが、この判決を無条件に肯定する方との議論は難しいでしょう。

原発には、様々なデメリットがあります。
同時に、メリットもあります。
そのバランスを、私が見誤っている可能性もあります。
一方、デメリットばかりを羅列する方は、そもそもメリットと地球環境の未来を見ようとしていないのではないか思えてならないのです。
そうであれば、議論は成立しないのではないでしょうか。

亜酸化窒素は、一酸化二窒素(N₂O)の別名です。
二酸化炭素に比べ、約300倍という強い温室効果が知られています。

発生源は、海洋や土壌の他、産業活動や農業由来があります。
作業革命以前の大気濃度は、270ppb±7ppb(0.270±0.007ppm)でした。
現在の大気濃度は、約330ppbで、年に0.8ppb程度の増加傾向にあります。
これらの数値を二酸化炭素に換算すると、現状は99ppmに相当します。
二酸化炭素が約400ppmですから、四分の一くらいの温室効果になります。
増加の割合は、0.24ppm/年(二酸化炭素換算値)で、二酸化炭素の2ppm/年よりも緩やかですが、自然界に留まりやすく、長期に渡って影響が残ります。

人間活動の影響を受ける温室効果ガスの例(気象庁)
(リンク⇒https://ds.data.jma.go.jp/ghg/kanshi/tour/tour_a1.html


亜酸化窒素の厄介なところは、農業に関係する発生があるところです。

近年、窒素肥料の使用量が急増しています。
微生物が窒素肥料を分解する際に、亜酸化窒素を発生させているようです。

その対策が、検討されています。

(リンク:http://www.naro.affrc.go.jp/archive/niaes/magazine/pdf/mgzn13302(11).pdf

 

分かってきていることとして、水分が多く、かつ空気に触れる環境の時、発生しやすいことです。

つまり、水を抜いた水田で発生量が多い考えられています。

この対策の一つとして、冬季湛水があります。ところが、今度はメタンガスの発生が増えるそうです。

この妥協点として、水深を5〜7cmにした場合に、メタンと亜酸化窒素の発生が最小になるとの研究もあるようです。

 

当ブログのテーマの一つに「水田を利用した冬季水耕栽培」があります。

このような水田利用が、メタンガスも亜酸化窒素も最大になりそうな気がします。




ところで、亜酸化窒素は、笑気ガスとしても知られています。

笑気ガスは、麻酔として今も使われています。

私も、直腸癌手術の際に笑気ガスを吸っています。

その時の感覚としては、麻酔医から「笑気ガスが入ります」と言われたのですが、眠くなるとか、可笑しくなるとか、臭いもありませんでした。

このような題材は、タイムリーに出すと流言・飛語となる恐れがあると思い、こんな間の抜けた時期に掲載することにしました。



9月6日午前3時8分に北海道胆振東部を震源とするM6.7の地震が発生し、苫東厚真発電所が緊急停止したため、北海道全域の大停電となりました。

経緯は、道内の電力の半分を担っていた苫東厚真発電所が停止したために、極端な電力不足に陥り、損傷を免れるために他の発電所も緊急停止したことは、報道されている通りです。

これに対し、一部で「泊原発を稼働させておけばブラックアウトを防げた」とか、「泊原発は電源喪失で危機的状態だった」とか、原発再稼動派と原発反対派の極端な主張がネットを賑わしました。

 

 

ますは、「泊原発を稼働させておけばブラックアウトを防げた」との意見です。

複数の状況が想定されますので、想定毎に確認したいと思います。

 

【想定1】

運転中の発電所は地震発生時と同じとし、かつ泊原発が再稼動可能な状態にあったと仮定します。

 

この場合、苫東厚真発電所が緊急停止してから泊原発を稼働したのでは、電力不足の解消まで時間がかかるので、ブラックアウトを防げなかったと思います。



【想定2】

泊原発と苫東厚真発電所が稼働していたと仮定します。

 

この仮定では、供給電力(約372万kW)が消費電力(当時約310万kW)を超えており、揚水発電所(約40万kW)を踏まえても、仮定そのものが成立しません。

 


【想定3】

苫東厚真発電所は2号機(60万kW)と3号機(70万kW)が稼働、泊原発は2号機(57.9万kW)と3号機(91.2万kW)が稼働していたと仮定します。

 

この場合も、2発電所だけで道内の電力の大半を賄うことになり、想定そのものが現実的ではありません。

また、北海道電力が想定していた機器故障による発電力低下分129万kWをわずかに上回るので、ブラックアウトを免れなかった可能性が残ります。

逆に、泊原発に近い場所で地震が発生し、原発が緊急停止した場合も、苫東厚真発電所が無事でも129万kWを超えるので、ブラックアウトになったと思います。

 


【想定4】

苫東厚真発電所は1号機(35万kW)と2号機(60万kW)が稼働、泊原発は1号機(57.9万kW)と2号機(57.9万kW)が稼働していたと仮定します。

 

この想定でも、2発電所の合計発電力は、地震発生時の苫東厚真発電所の発電力(165万kW)を上回ります。

この場合、どちらか一方の発電所の緊急停止には対応できたと思われます。

今回の地震では、泊原発は震度2でしたから、緊急停止はしなかったと考えられます。

従って、この想定ではブラックアウトは免れたと思います。

 


【想定5】

苫東厚真発電所は停止状態、泊原発は2号機(57.9万kW)と3号機(91.2万kW)が稼働していたと仮定します。

これは、地震発生時の発電を苫東厚真発電所から泊原発に置き換えた状態です。

 

この場合、今回の地震ではブラックアウトは起きませんが、泊原発の周辺で地震が発生した場合はブラックアウトに陥ります。

これは、泊原発が火力発電所であっても、結果は変わりません。

 

 

このような想定から、「泊原発を稼働していたらブラックアウトを防げた」とするのは単純すぎるように思います。

ただ、二つの発電所に発電を分散できる選択肢があるので、ブラックアウトを免れる運転形態が可能だったとは言えるでしょう。

 


一部に、「泊原発を動かしたいがために苫東厚真発電所に発電を集中させていた」との意見もありますが、言い掛かりのレベルです。

この意見の根拠は、苫東厚真発電所の発電力(165万kW)に対して、想定されていた余裕が129万kWしかなかったためのようです。


では、「165万kWを用意できたのか?」と考えてみると、無理だったように思われます。

9月9日時点のニュースを読むと、平日に約380万kWが必要になるが、10%程度の不足があるとしていました。

苫東厚真発電所の165万kWに対して用意できたのが129万kWですから、差分は36万kWです。

ほぼ、9日時点の不足分と一致します。

つまり、165万kW分を用意したくても用意できなかったと思われます。

また、どんな機械でもメンテナンスは必要で、厳冬期に備えて発電所のメンテナンスを行っていたと考えるのが普通だと思います。そのために、停止していた発電所があってもおかしくありません。

「苫東厚真発電所に発電を集中させたのは、『泊原発を動かしていないからブラックアウトになった』と言いたいため」と取ることもできます。つまり、苫東厚真発電所が全基停止することを期待していたことになります。
しかし、苫東厚真発電所が全基停止しするような事態は、通常であれば考えられません。ということは、地震が来ることを予知していたことになってしまうのです。
馬鹿馬鹿しいですね。

一方、北海道電力は新規の火力発電所を建設中(2019年2月運転開始予定)で、原発再稼動ができない場合を見越した対応と考えられます。
調べたところ、この発電所は、東日本大震災の半年後の2011年10月に、北海道ガスの石狩LNG基地に共同開発の形で参加するが決まり、建設計画がスタートしたようです。東日本大震災発生直後から計画がスタートしていても、今回の地震の前に発電所を間に合わせることは難しいことが分かります。

これらから、「泊原発を動かしたいがために苫東厚真発電所に発電を集中させていた」というのは、言い掛かりでしかないことが分かります。

 


 

「泊原発は電源喪失で危機的状態だった」との意見もあります。

これは、極端な主張に思えます。

泊原発では、燃料プールを連続的に冷却できていました。

外部電源が切れただけです。

「非常用電源の燃料は7日間しか持たない」との意見もありましたが、本当に危機的な状況とは、7日以内に外部電源が復旧せず、非常用電源の燃料補給もできず、ポンプ車の水も切れた場合でしょう。

この場合、燃料プールの水温は上昇を始め、タイムリミットがある危機的な状況となります。

では、原子炉を運転中だったとします。

この場合、今回の地震ではブラックアウトになりにくく、想定が変わります。

 

想定するなら、原子炉を運転中で、かつ原発周辺での地震だったとすべきで、この時に最も深刻になります。

もし、苫東厚真発電所がメンテナンスで全機停止していたなら、原発の緊急停止で道内ブラックアウトとなりかねません。

となれば、外部電源喪失で、送電線網にも被害があったなら、当面は非常用タービンと非常用電源が頼りになってしまいます。

どうやって非常用電源を維持するのか、例えば、陸路、海路、最悪は大型ヘリによる空路で燃料を補給する等の想定を考えるべきであり、批判するなら、このような想定と対策を講じていないことに対してでしょう。
揚げ足を取っても、何も解決はしません。



私は、原発再稼働に賛成の考えを持っています。
しかし、たとえ再稼働に賛成する意見であっても、根拠の薄い議論は嫌いです。
目先の意見ではなく、長く見通す考えが必要でしょう。

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