豊葦原中津谷のニニギ

食糧自給率の向上を目指して! (2100年の日本へワープ)

カテゴリ: 地球温暖化

「地球は、本当に温暖化しているのか?」
こんな地球温暖化懐疑論は、中々治りませんね。

東京では、平年より12日も早い桜の満開ですが、未だに『地球温暖化懐疑論』が出てきますね。
もちろん、新型コロナウィルス(武漢ウィルス)蔓延と『地球温暖化』を絡ませた論理の展開をするつもりはありません。直接的な関係性はないですから!
同じように、『地球温暖化懐疑論』の論旨も、関係のない事柄を集めているように感じることがあります。
なので、ちょっとだけ賢くなって、いや意地悪になって『地球温暖化懐疑論』を読み解いてみましょう。


地球温暖化懐疑論では、「地球温暖化論は、温暖化対策で利益を得られる組織による陰謀である」との陰謀論が付いて回ります。
陰謀論を展開するには、多少は根拠が必要です。
実際に使われた根拠は、1915年から1945年までの30年間の気温低下傾向です。
一つでは足りないので、1960年から1985年の25年間の気温低下傾向を加えて、論陣を張ります。
1915〜1945年と1960〜1985年は、確かに気温は僅かに低下傾向を示しています。
でも、なぜ途中の1945〜1960年を抜いているのでしょうか。
実は、これを加えた1915〜1985年の気温は、上昇傾向を示すのです。70年の内の僅か15年間を加えただけで、気温は上昇傾向を示すのです。
この15年間が極端な気温上昇傾向を示しているのではなく、気温が僅かに低下傾向を示す時期を慎重に選び出しているのです。
ですから、1985年以降を加えても、気温は上昇傾向を示します。

誰の目にも、気温の上昇傾向は明らかです。
その中で、気温が低下傾向を示す期間を、慎重に選び出しているわけです。
なぜ、手間を掛けてまで気温の低下傾向を示す期間を探し出すのか、その目的を考えると、陰謀の臭いを感じませんか。

陰謀を企てたのは誰か、答は簡単ですよね。
温暖化対策で不利益を被る者は多く、陰謀を働く者も多くいるでしょう。温暖化対策は、経済にはマイナスに働く場合が多く、私の職場も、地球温暖化対策はプラス(温暖化対策製品の売上)をマイナス(従来製品の生産減)が上回るだろうと思います。
温暖化懐疑論は、政財界の大物にとってありがたいのです。

以前は、『地球温暖化陰謀論は、原発推進派の陰謀』との筋書きが示されていました。
再生可能エネルギーも、地球温暖化対策の柱の一つですが、単価が高く、地球温暖化が嘘であれば、普及させる理由はありめせん。ですが、地球温暖化陰謀論に再生可能エネルギーは出てきません。
この精神性は、ちょっと面白いですね。



さて、半年後くらいから、形を変えた地球温暖化懐疑論が出てくるだろうと、私は予想しています。

それは、「地球温暖化の原因は、二酸化炭素ではない」というものです。
その根拠として使われるのは、今年の二酸化炭素排出量の減少です。

新型コロナウィルスの蔓延で、地球規模で経済活動が縮小しました。それと同期して、二酸化炭素排出量も減少しました。
ですが、おそらく北半球の夏の気温は、近年の高温傾向が今夏も続くはずです。
「二酸化炭素排出量が減少しても高温傾向は変わらないから、地球温暖化の原因は二酸化炭素ではない」と、主張するのだろうと思います。

二酸化炭素排出量が減少しても気温が下がらないのは、元々二酸化炭素の『排出量』と温暖化には関係がないからです。温暖化と関係があるのは、大気中の二酸化炭素の『量』なのです。
年間の二酸化炭素排出量が少しくらい減っても、たった半年か一年では、大気中の二酸化炭素量は変化しません。当然、温室効果に大きな変化は起こりません。
そもそも、減ったと言っても、今年の二酸化炭素排出量は、IPCCが求める目標よりも遥かに多いのです。
こんな程度の二酸化炭素排出量減少で温暖化を止められるのなら、誰も苦労はしません。
二酸化炭素濃度にも、目立つ変化は出ないだろうと予想しています。400ppmを切るとは思えませんし、産業革命以前の280ppmに下がるはずがありません。
そんな高濃度の二酸化炭素濃度で、温室効果に変化が出ると考える者はいないでしょう。

大気中の二酸化炭素の『量』で議論すべきところを、『排出量』に置き換えて『地球温暖化懐疑論』を論じるなら、陰謀を働いているのは『地球温暖化懐疑論者』となります。

地球温暖化の原因が二酸化炭素でなければ、現在の経済活動を変える必要がなくなります。これは、政財界には大きなメリットになります。
陰謀を働く者がいるとしたら誰になるのか、想像は容易です。
これは、政財界の誰かが陰謀を働いていると言っているのではありません。陰謀を働いているなら、その容疑者に政財界人が挙がるだろうと言っているだけです。


このパターンの地球温暖化懐疑論も、信じることは難しいところですね。

まあ、私が予想するような地球温暖化懐疑論を持ち出す策謀家がいない方が良いのですが、たぶん、いらっしゃるのでしょうね。

地球温暖化懐疑論が出てきたなら、「時代遅れですよ」と教えて差し上げましょう。

未来の車の動力として、ガソリンエンジン(オットーサイクル)やディーゼルエンジンは、検討にも値しないと考えて良いでしょう。これらとの組合せによるHV(ハイブリッド)やPHV(プラグインハイブリッド)、PHEV、更にはレンジエクステンダーも、未来の車の動力とはなり得ないでしょう。
地球のスケールに比べて人間の活動規模が大きくなりすぎ、政治等の人間側の都合による妥協を、地球環境が受け入れることが難しくなってきているように感じています。
IPCCの提言では、今世紀末の化石燃料使用量をゼロにすべきとしています。自動車においても、『燃費が良い』といった程度の改善では、地球が耐えられない状況にあるとの認識を、私は持っています。

深刻さを増す現時点で、地球温暖化対策を踏まえた未来の車の動力としての候補は、以下の4種類が考えられます。
・電気自動車
・燃料電池自動車
・バイオエタノール自動車
・バイオディーゼル自動車

それぞれのエネルギ源は、電気、水素、バイオエタノール、バイオディーゼル燃料(灯油に近い?)です。
いずれも天然資源ではないので、人工的に作り出す必要があります。
電気は、発電するしかありませんが、火力発電では意味がありません。
燃料電池の燃料である水素も、消費量が増えれば水を電気分解するしかなく、エネルギ源からみると電気自動車と類似の問題を抱えます。
バイオエタノールとバイオディーゼル燃料(BDF)は、食糧としても使える穀物や食用油を使う、あるいは同じ耕作地で生産するため、食糧とのトレードオフ関係にあります。

このように、それぞれの方式には一長一短があります。
これらを踏まえて、日本がどの手法を取り得るのかを考えてみましょう。

まず、電気自動車と燃料電池車です。
どちらも、大量の電力を必要とします。しかし、原発反対運動が盛んな日本の現状は、火力発電が主になっています。電気自動車や燃料電池車に供給する電力を火力発電所の増設で賄うなら、本末転倒です。

電力は、火力はダメですが、原発再稼働派の私でさえ、原発の新設は避けたいと考えているので、これもダメです。
電力の問題は、別の項でまとめたいと思いますが、現時点の日本では原発を再稼働しても、全ての火力を止めることは不可能です。
再生可能エネルギの主力である太陽光発電は、自動車が動く時間帯に発電量が増えます。ですので、従来型のプラグを用いた充電方法では、車が動いている間に電力が余ることになります。
この対策として、交差点のように、車が一時停止する機会が多い場所で、磁界を用いた充電を行うアイデアがあります。この方法なら、再生可能エネルギを自動車に送ることが可能になるかもしれません。
ただ、自動車の自動運転が進化すれば、信号機そのものがなくなり、自動車同士がタイミングを取り合って交差点を通過するようになるかもしれません。停車しないので、通過の瞬間に僅かしか充電できなくなります。
まあ、その時に考え直せば良い問題ですけど・・・

燃料電池車の問題は、水素の作り方です。
現時点では、副産物として得られる水素(熱分解した水素)を使用していますが、燃料電池車が普及すれば、まるで足りなくなります。
そうなると、水を電気分解して、水素を得ることになりますが、前述のように、電力が大量に必要になります。
電力としては、再生可能エネルギを利用する方法があります。再生可能エネルギは、任意の出力に制御できず、出力変動が激しい欠点があります。ですが、水素の形で保存すれば、この欠点はある程度までカバーできます。もちろん、再生可能エネルギ発電所で水を確保できない場合や水素貯蔵ができないことが多いと思うので、送電の上で水素製造をすることになると思います。
燃料電池自動車は、エネルギ効率が高くないのですが、再生可能エネルギを拡充する際には、相性が良いように思います。
問題は、仮想水の輸入大国で、今後の水不足が懸念される日本で、水を確保することは、将来的には不安もあるのです。



バイオエタノール車とバイオディーゼル燃料車ですが、次回にしたいと思います。

横山裕道氏は、Twitterで、自身の架空ドキュメント「運命の2030年」を題材に、原発事故が気候変動に影響するとの自論を展開されています。

以下、氏のTwitterから引用。
https://mobile.twitter.com/zxghiro/status/1192545856739663872


原発事故で気候の破局運命の2030年」では、中国浙江省の泰山原発で5基の原子炉が炉心溶融を起こし、チェルノブイリを上回る過酷事故になったと想定した。世界的に原発がストップし、代役を石炭火力が果たしたためCO2が一気に上昇。気候の破局へと進んでいく...。原発はこんなリスクも抱えている。


以上が引用です。


この内容に違和感を感じませんか?
と言っても、『原発事故を切っ掛けに、世界中で原発が止まったため、温暖化が一気に進む』との設定には、強い違和感はありません。
強いて言うなら、『原発事故が切っ掛けに、"世界中"で原発を止めるだろうか? という点くらいです。
私の違和感は、別の場所にあります。
強い違和感を感じたのは、最後の一文、『原発には、こんなリスクも抱えている』です。

横山氏は反原発の考えをお持ちですから、リスクを抱えている原発を使うべきではないと言いたいのでしょう。
なので、このリスクを回避する方法を考えてみましょう。
原発は事故が起きると世界中で原発を止めることになるなら、最初から原発を動かさなければ良いのです。
でも、「運命の2030年」では、原発の代わりに石炭火力を使ったから温暖化が進んだと設定されています。であれば、原発の代わりに石炭火力は使えません。
石炭火力より効率の良い石油火力や天然ガス火力で代替すれば良いのでしょうか?
設定では、2030年の1年間で温暖化が進んだはずです。仮に、2020年から原発事故の代わりに最も効率が良いとされるコンバインドサイクル発電で代替するとしても、2030年までの排出量が2030年の1年間の石炭火力の排出量より少なくするには、10倍以上も効率が良くなければなりません。実際には、コンバインドサイクル発電でも石炭火力の精々2倍程度ですから、「運命の2030年」は「運命の2022年」に書き換えなければなりません。
やはり、火力発電では原発を代替できません。
やはり、原発の代替は再生可能エネルギー発電です。
御存じの方も居られますが、再生可能エネルギー発電は発電量が大きく変動するため、通常は水力や火力との組み合わせになり、原発を代替できるほどの発電量は確保できません。リチウムイオン電池などの二次電池(蓄電池)を使えば良いと考える方もいらっしゃるようですが、必要な電池の大きさは途方もなく巨大なものとなってしまうので、それだけでは再生可能エネルギー発電で原発を代替できません。現状の蓄電池システムは、短時間の発電量の変化を平滑することを目的としています。
ここでは、そんなことを無視して、再生可能エネルギー発電で原発を代替できるとします。
これで、違和感は解決・・・なのでしょうか?

いえいえ、違和感は全く変わりません。

設定では、原発事故で止まった原発は5基だけてす。温暖化が目に見えて深刻になったら、事故を受けて止めていた健全な原発を再稼働すれば良いだけです。
温暖化の影響を目の当たりにすれば、人々も、"かもしれない"レベルの原発事故よりも"現実に起きている"温暖化の対応が優先されるはずです。
そもそも、停止する原発は類型の原子炉(泰山原発はいずれも加圧水型原子炉だが、重水と軽水の2種類が計6基)に限定される可能性もあります。

まあ、これは設定の範囲内とも言えるレベルなので、まだ小さな違和感でしかありません。

私の違和感の正体は、原発の代替です。
「運命の2030年」では、原発事故が発生した時の代替を石炭火力で行っています。これは、石油火力や天然ガス火力が動いていることを意味しています。
そうであれば、原発を再生可能エネルギーで代替したなら、原発は止まっているわけです。一方で、石油火力や天然ガス火力は運転され、大量のCO2を出し続けていることになります。これでは温暖化対策として不十分です。IPCCでは、「今世紀末までに化石燃料の使用をやめるべき」と提言しています。石炭火力を止める程度では話にならないのです。
そうなると、停止している原発を稼働することで石油火力や天然ガス火力を止めることができ、CO2排出量は大きく減らすことができます。
この状況で2030年に原発事故が発生しても、2030年までのCO2排出量を抑えてきているので、危機までの時間的猶予を得ることができます。
また、停止する原発の代替は、それ以前に停止していた高効率の天然ガス火力や石油火力で可能となり、CO2の排出増を抑えることができます。

整理しましょう。
原発のリスクを回避するための再生可能エネルギー発電は、原発ではなく火力発電所を代替することも可能です。従って、温暖化対策を優先するなら、原発
を停止せず、火力発電所を停止するために再生可能エネルギーを利用するはずです。その場合、「運命の2030年」の原発事故リスクを避けるために予め原発を止める余裕は存在しません。
「原発はこんなリスクも抱えている」との表現は、リスク回避の手段がないため無意味なのです。
原発を代替できるなら、その電力量を火力発電所を止めるために使わない手はありません。そもそも、「運命の2030年」は温暖化の暴走を描いている
のです。火力発電所を止める能力があるのに使わないのは、矛盾しています。

主題が『反原発』であって、無理矢理『地球温暖化』に繋げたとしか思えません。
そう言えば、「運命の2030年」は、「原発と地球温暖化」に収められていますが、"原発"が先にあり、"地球温暖化"が後にありますね。


さぁ〜て、これだけでは、「運命の2030年」への"イチャモン"でしかないですね。
私も、"イチャモン"をつけるためだけに、こんなに長々と書いたのではありません。
私の目的は、横山氏の考え方が大半のメディアやジャーナリストの考え方と類似しているので、これらを代表する例として揚げることにしたのです。

ジャーナリストを含むメディア関係者は、反原発でほぼ統一されています。
メディアは、政府や大企業を攻撃する記事を書くのが大好きです。反原発は、"政府"+"大企業"の組合せですから、メディアの大好物なのです。そこへきて原発事故ですから、屍肉に群がるハイエナのように、理性を失って何が何でも反原発を正当化しようとしまっています。
だから、地球温暖化を反原発に結びつけようとするのです。

このようなメディアの影響を受け、「反原発=正義」との盲目的な考え方が拡がっています。
例えば、地震予知を見ていると、地震予知に対する自論と反原発と結び付ける場合を見掛けます。
一つは、「地震予知研究者が予知したエリアに原発があるので、原発推進派は地震予知を否定したいのだ」との意見です。
もう一つは、「地震予知は不可能だから、いつ地震が原発を襲うか分からない。だから、原発は止めるべきだ」との意見です。
どちらも、地震予知の議論の場で出てきた意見ですが、反原発では統一されているのに、肝心の地震予知は反対方向を見ています。
地震予知に限らず、自論の正当性を訴える際、反原発に結び付ける例を多々見掛けます。
『反原発』こそ『正義』との勘違いがあるのだろうと思うのです。
メディア関係者の場合、一般人とは少し考え方が異なり、メディア関係者は『反原発』の正当性を訴える内容に変わります。ただ、原発のデメリットを細々
と探し出し、針小棒大に批判を繰り返します。
本来、メディアは公平性に基づいた報道が求められます。メディア関係者は、それを忘れてしまっているのです。

本来、原発と地球温暖化の議論は、原発事故や放射性廃棄物などのリスクと地球温暖化のリスクの比較であるべきです。
メディア関係者の問題は、原発は『悪』であることを証明しようと、上から見たり、下から見たり、横から見たりと、視点を変えた主張を繰り返しています。
ですが、本質的な部分は議論しません。
メリットとデメリットの比較で論じるべきですが、それをしたがりません。デメリットだけを誇張したいのです。
昨今の異常気象で、原発のメリットに目が向けられそうになると、今度はメリット潰しを展開します。つまり、メリットは無いと印象付け、メリットとデメリットの議論を避けようとします。
今回の例は、その一つです。
矛盾した設定を見れば、原発のメリットを潰したい本音が見えます。
詭弁と言えば一言で終わってしまいますが、メディアやジャーナリストの公平性と真実に背を向けた報道が増えている現状は、詭弁では済まされないように思います。
それは、地震予知を見ていても、その他の案件を見ても、同様に感じるのです。

原発の問題では、「原発は再生可能エネルギーで置き換えることができる」と主張しますが、任意の出力で発電できない再生可能エネルギーは、現時点では原発を代替できません。
仮に、原発を代替できるとして、その能力で火力発電所を止めようとしない理由は、何でしょうか。
その背景の一つに、原発が温暖化対策として有効でも、再生可能エネルギーで代替すれば原発を止められると思い込んでいるためと思われます。
温暖化対策を考えるなら、原発の前に火力発電所を止めるのが当たり前ですが、それを主張しないのは、「温暖化対策は原発分で足りる」と見ているのでしょう。
彼らは、IPCCの提言を知らないのでしょうか。

もう一つは、九州で原発再稼働に伴い、再生可能エネルギーの割合を制限したことを、原発優先だと勘違いしているためでしょう。
実際には、CO2排出量を現時点で最小にするために、再生可能エネルギーを抑える必要があったのです。
再生可能エネルギーは、出力が任意に設定できない上、出力の変動が激しいので、火力や水力と組み合わせて運転する必要があります。原発を稼働すると、出力調整できる火力発電所を止めることになり、出力の調整幅が小さくなります。そうなると、出力が変動する再生可能エネルギー発電に対応できる幅が狭くなるため、再生可能エネルギー発電を止めざるを得なくなるのです。
再生可能エネルギー発電を優先すると、変動に対応するための火力発電所を多く稼働させなければならず、結果的にCO2排出量が増えることになります。


反原発を主張しすぎることは、地球温暖化にはマイナスになる場合があります。
反原発と地球温暖化は、バランスを取らなければなりません。特に、現時点でできることと、将来的に期待できることは、明確に分けて、考えをまとめるべきです。

最後に、私は原発新設には反対の考えを持っています。
温暖化が進めば、世界的に原発を建設するように圧力が掛かってくるでしょう。現時点は原発を再稼働し、少しでも温暖化を遅らせ、新しい技術が開発される時間を稼ぐべきです。現時点では実現していない技術を主張して温暖化対策を遅らせるのは、長い目で見れば逆効果になると、私は考えています。

再生可能エネルギーは、少なくとも現時点では、地球温暖化対策では『脇役』の役割であり、原発と火力の両方を止める能力はないということを理解した上で、考えていくべきです。
 

「原発の安全対策費が莫大な額になっているので、原発を止めるべき」
こんな意見があります。

私の感覚は、この費用は地球温暖化対策費なのです。必要な投資なのです。
そもそも、地球温暖化対策には莫大な費用が掛かります。それは、再生可能エネルギーでも同様なのです。


再生可能エネルギーは、莫大な費用が掛かる発電方式であることを知るべきです。
そのため、経済性では旧来の発電方式には太刀打ちできず、定額買取制度によって成り立っています。この費用は、莫大な額になります。

再生可能エネルギーは、出力の制御ができないものが大半を占めます。その上、出力の変動が激しい欠点もあります。
蓄電池システムは、再生可能エネルギーの欠点の一つである出力の変動をなだらかにするために開発されました。従って、例えば太陽光発電の夜間や冬季の出力不足を補う能力はありません。
このため、再生可能エネルギーは、旧来の火力発電などとのセットで運転されます。
出力調整が可能な火力発電所とは言え、停止から起動するには人員も電力も大量に必要となります。ですので、常に運転状態を維持し、再生可能エネルギーの出力が不足した際には出力を上げて補います。原発であれば、一定の出力が得られるので、火力発電所も停止できますが、再生可能エネルギーを使用するためには停止できないのです。この費用も、本来であれば再生可能エネルギーの費用として勘案すべきです。
再生可能エネルギーの定額買取制度は、有期の制度です。期限が過ぎれば、採算が取れなくなり、撤去が必要になるかもしれません。その費用も、無視されています。
無視されていると言えば、再生可能エネルギー発電所で使われる除草剤の環境への影響も無視されています。
更に、原料の採掘から製造までも含めれば、その間に排出されるCO2の量は莫大で、CO2排出量の削減効果は大きくありません。
つまり、削減量当たりの発電費用は、高額なのです。
それでも再生可能エネルギーを推進すべきと、私は考えています。それくらい、地球温暖化は人類には厳しい試練となるだろうと考えているのです。


もちろん、原発も使用済み燃料の最終処分方法が決まっておらず、コストも非常に高いものとなるでしょう。
また、原発は止めれば良いと考えてしまいがちですが、廃炉の際に放射性廃棄物が発生します。これは、原発を再稼働をしても、再稼働しなくても、変わりません。
なので、私は原発の再稼働には賛成ですが、新設には反対なのです。


地球温暖化を含む化石燃料の大量消費の弊害は、人類の存亡に関わる問題だと考えています。ですので、地球温暖化対策は、費用を無視するくらいの割り切りが必要だと思っています。
このスタンスは、原発に対しても、再生可能エネルギーに対しても、全く同じであり、地球温暖化対策として、私の中で一貫した考えです。
また、化石賞が欲しいのであれば、条件付(反原発を大前提とする条件)の温暖化対策を続けていけば良いでしょう。


 

グレタ・トゥーベリさんは、ヨットで大西洋を往復しました。
彼女は、CO2排出量を抑えるために、航空機の利用を避け、陸上では電気自動車、海上ではヨットを利用しました。

そこで、交通機関別に、CO2排出量を簡単にまとめてみることにしました。
単位は、g/t・kmで考えます。これは、1tの荷物を1km先まで運ぶ際に、何gのCO2を排出するのかを表します。

航空機   :328g
船舶    : 18g
鉄道    : 16g
トラック  : 66g
HVトラック: 52g
EVトラック: 50g

航空機は、ボーイング777Fをベースに、しました。最大積載量を100t、燃費0.075km/l、ジェット燃料のCO2排出係数2.46kgCO2/lから算出しました。

船舶は、8万重量トン級の貨物船の燃費を6g/t・km、A重油の比重を0.9として、A重油のCO2排出係数2.71kgCO2/lから計算しています。

鉄道は、適当な資料がなかったため、船舶との比で計算しました。ベースは、鉄道の輸送効率0.491MJ/t・kmと、船舶の0.555MJ/t・kmの比率から計算しました。

トラックは、10トン積で燃費が4km/lとして計算しています。燃料は軽油とし、CO2排出係数2.62kgCO2/lから算出しました。

HVトラックは、10トン積で燃費が5km/lとして計算しています。燃料は軽油とし、CO2排出係数2.62kgCO2/lから算出しました。

EVトラックは、4トンのEVトラックをベースに電費(約2km/kWh)を基に計算しています。1kWhで4tを
2km先まで運べるので、0.125t・km/kWhと計算しています。
また、発電における火力発電の割合は世界平均の約66%を、kWh当たりのCO2排出量を600g(LNG火力発電の平均的な値)として、概算で計算しました。

上記は、目安程度に捉えてください。
いずれも、輸送規模によって、数値は大きく変化します。軽トラックと大型トラックでは、まるで違います。
また、環境などの条件でも、大きく異なります。山越えの鉄道が平地の鉄道と同じ燃費のはずがありません。
更には、航空機なら最短コースだが、鉄道でも船舶でも遠回りになると、実質的には航空機との差が小さくなる場合も考えられます。
ただ、なるべく鉄道や船舶で輸送し、トラックや航空機は使わない方向に進むのが良いことは、わかります。


ついでですが、EV車の燃費を考えてみましょう。
リーフの電費は、約8km/kWhです。定員乗車時の重量は5人×55kg=275kgですので、182g/t・kmです。

グレタさんは、陸上の移動に電気自動車を使用しましたが、鉄道を利用した方がCO2排出量を遥かに少なく抑えることができたのです。それどころか、2人しか乗らなかったのなら、航空機と大差ない環境に厳しい輸送手段だったことがわかります。

彼女の地球温暖化防止の運動は、若い世代の危機感の現れであり、私はそれを支持します。
ですが、彼女はまだ16歳であり、その知識は稚拙です。必要な教育も、途上にあります。それ故、誤った情報に踊らされたり、浅い考えのままの言動となる危険があります。
そのような彼女の弱点が、策略に生きる大人達に利用されないことを願っています。

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