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カテゴリ: 地球温暖化

NHKが「タラ号プロジェクト」を扱った「タラ号の大冒険2」を御覧になった方は、地球温暖化の現状を感じられたのではないでしょうか。
海洋の温暖化と酸性化にしか触れられていませんでしたが、それでも危機感を抱かれたのではないでしょうか。
実際には、他にも熱塩対流の阻害や深海の低酸素化等の問題もあるのですから、厄介この上ありません。

タラ号の大冒険2
(NHK「タラ号の大冒険2」⇒http://www4.nhk.or.jp/P4075/

 

ちょっと余談になりますが、帆船での海洋研究にある種の記号性を感じたのではないでしょうか。

ですが、今から40年以上も前のオーストラリアのドラマで、「エンデバー号の冒険」というのがあったそうです。

このドラマでは、海洋研究を行う帆船(三檣バーケンチン?、三檣トップスルスクーナー?)が舞台となっていました。

タラ号(二檣スクーナー)は、これを地でいくようなもの。

 

 

閑話休題

さて、現実の世界では、二酸化炭素排出過多による環境破壊が、深刻さを増しています。

よく知られているのが、地球温暖化です。

和歌山県潮岬の観測データで日本付近の温暖化ん調べたところ、過去100年で約1度の気温上昇が見られました。

潮岬は、周囲を海で囲まれており、海水温の上昇に敏感です。

海水温は、大気に比べて熱容量が大きく、変化が緩やかに現れるので、短期的な変化を除去し、長期的な変化を明確にします。

つまり、地球温暖化は確実に進行していることが、潮岬の気温上昇から見て取れるのです。

その潮岬の気温上昇ですが、徐々に早まっていることも示しています。

このまま線形に気温上昇が続くとすると、今世紀の潮岬の気温上昇は、100年間で2.4度と予想しています。(伊牟田による計算)

しかし、永久凍土やメタンハイドレートからのメタン暴噴や北極海の海氷消滅で、非線形の急上昇もあり得ます。

温暖化防止策は、人類存亡を賭けているとも言えるのです。

 

 

タラ号に関心を持つことは、二酸化炭素排出過多について考える切っ掛けの一つになります。

政治家や政治に関心が強い方がタラ号プロジェクトを考えるようになれば、各党の政策にも変化がでてくるはずです。

現状でもできる対策、十数年後に実用化する対策、今世紀後半に実用化する対策等、段階的に対策を行っていく長期的な視野を持つ政治家の誕生を促すことにもなるでしょう。

 

 

タラ号だけではなく、伊牟田勝美にも関心を持って頂ければ、更に視野が広がるはずです。

当ブログも、よろしくお願いします。

アメリカ大統領選挙で、トランプ氏の勝利が決まったようです。
彼は、地球温暖化を否定しています。
世界第2位の温室効果ガス排出国にして、世界の1/6を排出するアメリカが、
勝手気ままに温室効果ガスを出すようになれば、
ただでさえ絶望感が漂うIPCCの報告書に火を点けるようなものです。
まあ、日本の原発反対派にとっては、事実上の追い風になるでしょうけど。


これまでのトランプ氏の言動から見えてくるのは、二つの目的です。
一つは、お金で善悪を判断する姿勢です。
彼にとって、これからの4年間で自分が儲かる社会構造を構築できるかが
勝負だと思っているのではないかとさえ、思えてきます。

もう一つは、極めて強い選民意識です。
彼は、ヒスパニック系の移民を排除すると言っています。
人種差別的な発言もあります。
性別においても、差別的な発言が漏れ聞こえてきます。
トランプ氏を選んだアメリカ国民は、
ヒトラーを選んだドイツ国民を批判できなくなったことだけは確かでしょう。
 

この先、どんな変化が起きるのか分かりませんが、変化することだけは確かでしょう。
その変化に、日本政府が対応できるのか、不安しかありません。

原発廃止論、あるいは原発不要論では、「原発が無くても電力は不足しない」と言います。

東日本大震災直後は、電力不足で輪番制の計画停電が行われましたが、これに対して陰謀説
(本当は電力は足りているが、原発を再稼働するための伏線として電力不足を装った)まで
出てきました。
流石に、陰謀説を主張する原発廃止論者はホンの一部ですが、「電力は不足しない」との
説には知識不足が見え隠れします。


震災直後の電力不足は、大型火力発電所も津波被害を受けていた事が挙げられます。
3月は、季節的に電力需要が低い時季です。
つまり、発電設備には余裕があり、それを利用して発電所のメンテナンスを行います。
ですので、追加で発電できる余力は大きくなく、原発に加えて火力発電所も止まったため、
一気に電力不足に堕ちったのです。
更に、日本特有の問題である50Hz地域と60Hz地域に分かれているため、電力融通に
制約があります。
震災直後の電力不足は、このような事情によるものです。

その後の電力不足は、老朽化で停止中の火力発電所の再起動と大口需要家の節電等で
切り抜け、新規火力発電所の整備、再生可能エネルギー等の発電力の増強で賄いました。

ところで、震災の年の夏、ほぼ原発の発電分に相当する節電が行われましたが、
この節電の8割以上は大口需要家で、一般家庭の節電量は2割にも満たなかったのです。
「電力不足」を訴えているのは大口需要家であって、「電力が足りている」と主張するのは
僅かしか節電していない人々のようです。
この辺りを知った上で「電力が足りている」と言っているなら、厚顔無恥ですよね。


さて、電力不足ですが、現状ではほぼ改善されています。
原発不要論の「原発が無くても電力は足りている」は、現時点では間違っていません。
ですが、これが地球温暖化対策を主眼に考えると、どうでしょうか。
原発を稼働すれば、同量の火力発電所を停止でき、二酸化炭素の排出量を減らせるのです。
「原発が無くても電力は足りる」と考えるより、「火力発電所が無くても電力は足りる」と
言えるようにすべきだと思います。

原発不要論の背景には、政府が掲げる温室効果ガス排出28%削減の目標があるでしょう。
おそらく「政府目標は原発再稼働が前提。だけど原発分は再生可能エネルギで代替が可能」
と考えているのでしょう。

この考えは、三つの誤りを抱え込んでいます。
一つは、政府の削減計画には自然エネルギ分も組み込まれているので、
「原発分は再生可能エネルギで置換」との考えは、再生可能エネルギ分をダブルカウント
している事になるのです。
二つめは、再生可能エネルギによる原発の代替は、発電の性質上、不可能であることに
気付いていない、または安易に考えていることでしょう。
原発は、任意に設定した一定の出力を継続できます。
一方、再生可能エネルギ(一部の発電方式を除く)は出力を一定に保つことができません。
蓄電でこれを解決できるとする考えもありますが、蓄電に必要な設備の規模と能力は、
完全に無視されています。
三つめは、政府の目標を達成するだけで原発不要と考えていることです。
一人当たりの温室効果ガス排出量を地球の吸収能力まで削減するには、
日本では76%の削減が必要です。
政府目標は、これの三分の一しかない実に甘い目標なのです。
しかも、76%の削減自体も、温暖化を改善する値ではなく、これ以上の進行を止めるだけ
の甘めの目標なのです。
IPCCでは、「温室効果ガスの排出をほぼゼロにすべき」と提言しているのです。


温暖化を防ぐには、リスクを背負ってでも対策しなければならない厳しい問題なのです。
「原発不要論」からは、そんな現実から目を逸らしている感情論にしか映らないのです。

原発反対派あるいは廃止論は、大筋では間違っているわけではありません。
原発事故を考えれば、原発を廃止すべきとの理屈は、理解できない内容ではありません。
だから、世論を形成できるのでしょう。

一方で、視野が狭さ、あるいは御都合主義も、見えてきます。
そのひとつが、温暖化対策への反論でしょう。

原発推進派や再稼働派が言う「原発再稼働で二酸化炭素排出量を削減すべき」との意見に対し、「原発分は自然エネルギー発電で賄う」と反論しています。
この反論が正しいなら、原発を再稼働した場合、自然エネルギー発電は停止することになってしまいます。
そんな馬鹿な事はありません。
常識的に考えるなら、せっかくの自然エネルギー発電を止めるのではなく、原発と同量の火力発電を止めることになります。
つまり、原発を止めるのか、火力発電を止めるのか、二者択一なのです。

原発再稼働反対を主張するなら、原発と火力発電のどちらを選択するのか、事故のリスク、地球温暖化のリスクなどを議論すべきなのです。

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