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カテゴリ:地球温暖化 > 原子力発電

原発廃止論、あるいは原発不要論では、「原発が無くても電力は不足しない」と言います。

東日本大震災直後は、電力不足で輪番制の計画停電が行われましたが、これに対して陰謀説
(本当は電力は足りているが、原発を再稼働するための伏線として電力不足を装った)まで
出てきました。
流石に、陰謀説を主張する原発廃止論者はホンの一部ですが、「電力は不足しない」との
説には知識不足が見え隠れします。


震災直後の電力不足は、大型火力発電所も津波被害を受けていた事が挙げられます。
3月は、季節的に電力需要が低い時季です。
つまり、発電設備には余裕があり、それを利用して発電所のメンテナンスを行います。
ですので、追加で発電できる余力は大きくなく、原発に加えて火力発電所も止まったため、
一気に電力不足に堕ちったのです。
更に、日本特有の問題である50Hz地域と60Hz地域に分かれているため、電力融通に
制約があります。
震災直後の電力不足は、このような事情によるものです。

その後の電力不足は、老朽化で停止中の火力発電所の再起動と大口需要家の節電等で
切り抜け、新規火力発電所の整備、再生可能エネルギー等の発電力の増強で賄いました。

ところで、震災の年の夏、ほぼ原発の発電分に相当する節電が行われましたが、
この節電の8割以上は大口需要家で、一般家庭の節電量は2割にも満たなかったのです。
「電力不足」を訴えているのは大口需要家であって、「電力が足りている」と主張するのは
僅かしか節電していない人々のようです。
この辺りを知った上で「電力が足りている」と言っているなら、厚顔無恥ですよね。


さて、電力不足ですが、現状ではほぼ改善されています。
原発不要論の「原発が無くても電力は足りている」は、現時点では間違っていません。
ですが、これが地球温暖化対策を主眼に考えると、どうでしょうか。
原発を稼働すれば、同量の火力発電所を停止でき、二酸化炭素の排出量を減らせるのです。
「原発が無くても電力は足りる」と考えるより、「火力発電所が無くても電力は足りる」と
言えるようにすべきだと思います。

原発不要論の背景には、政府が掲げる温室効果ガス排出28%削減の目標があるでしょう。
おそらく「政府目標は原発再稼働が前提。だけど原発分は再生可能エネルギで代替が可能」
と考えているのでしょう。

この考えは、三つの誤りを抱え込んでいます。
一つは、政府の削減計画には自然エネルギ分も組み込まれているので、
「原発分は再生可能エネルギで置換」との考えは、再生可能エネルギ分をダブルカウント
している事になるのです。
二つめは、再生可能エネルギによる原発の代替は、発電の性質上、不可能であることに
気付いていない、または安易に考えていることでしょう。
原発は、任意に設定した一定の出力を継続できます。
一方、再生可能エネルギ(一部の発電方式を除く)は出力を一定に保つことができません。
蓄電でこれを解決できるとする考えもありますが、蓄電に必要な設備の規模と能力は、
完全に無視されています。
三つめは、政府の目標を達成するだけで原発不要と考えていることです。
一人当たりの温室効果ガス排出量を地球の吸収能力まで削減するには、
日本では76%の削減が必要です。
政府目標は、これの三分の一しかない実に甘い目標なのです。
しかも、76%の削減自体も、温暖化を改善する値ではなく、これ以上の進行を止めるだけ
の甘めの目標なのです。
IPCCでは、「温室効果ガスの排出をほぼゼロにすべき」と提言しているのです。


温暖化を防ぐには、リスクを背負ってでも対策しなければならない厳しい問題なのです。
「原発不要論」からは、そんな現実から目を逸らしている感情論にしか映らないのです。

原発反対派あるいは廃止論は、大筋では間違っているわけではありません。
原発事故を考えれば、原発を廃止すべきとの理屈は、理解できない内容ではありません。
だから、世論を形成できるのでしょう。

一方で、視野が狭さ、あるいは御都合主義も、見えてきます。
そのひとつが、温暖化対策への反論でしょう。

原発推進派や再稼働派が言う「原発再稼働で二酸化炭素排出量を削減すべき」との意見に対し、「原発分は自然エネルギー発電で賄う」と反論しています。
この反論が正しいなら、原発を再稼働した場合、自然エネルギー発電は停止することになってしまいます。
そんな馬鹿な事はありません。
常識的に考えるなら、せっかくの自然エネルギー発電を止めるのではなく、原発と同量の火力発電を止めることになります。
つまり、原発を止めるのか、火力発電を止めるのか、二者択一なのです。

原発再稼働反対を主張するなら、原発と火力発電のどちらを選択するのか、事故のリスク、地球温暖化のリスクなどを議論すべきなのです。

福島第一原発の事故は、津波が直接的な原因でした。

これに対して、原発反対派は、「地震は予知できないから、原発は廃炉にすべき」と主張しています。
確かに、地震の予知は、現時点ではできていませんし、今後も予知できるようになる可能性は低いと、私自身は考えています。
ですが、原発が強い地震に見舞われたことは、福島第一原発だけではないのに、事故に至ったのは福島第一原発のみだったことを知るべきだと思います。
つまり、地震対策よりも津波対策に重点を置くべきなのかもしれません。

最も重要なのは、原発が必要か否かです。
人類が機械文明を続けていく限り、環境破壊は続きます。
環境破壊には、温室効果ガスの排出のような連続的な破壊と、原発事故のような突発的な破壊があります。
これらを総合的に判断すべきだと、私は考えています。
ところが、原発反対派は、ほぼ感情論となっている点で、寂しいですね。

四国電力の伊方原発3号機が、再稼働しました。
本日(2016年8月13日)午前6時半に臨界に達し、15日には発送電を開始する予定になっています。

私は、原発再稼働に賛成である事を、自ブログで明確にしています。
単純に再稼働に賛成しているのではなく、二酸化炭素を大気中に捨てる事と、核廃棄物の処分や事故のリスクを天秤にかけて、「原発は再稼働すべき」と考えているのです。
地震予知に否定的な私が原発再稼働に賛成の立場を採るのは、不自然に思う方もいるでしょう。
ですが、事故のリスクを超えるメリットが再稼働にはあると考えているのです。

さて、今回の伊方原発の再稼働では、地元の愛媛県だけでなく、隣県の大分県からも反対派が伊方原発前に集まったそうです。
どこの誰が再稼働に反対しても、問題はありません。
ただ、そう遠くない将来に起きるであろう本格的な温暖化の責任が自分たちにもある事は、忘れてはなりません。


最後に、温暖化の責任は、原発再稼働派の私にもある事を、明確にしておきたいと思います。
原発を再稼働しても、温暖化を遅らせる効果しかありません。
温暖化を止めるには、日本人なら、エネルギー消費を4分の1に減らさなければなりません。
原発を再稼働しても、真の二酸化炭素削減目標の一割にも届かない以上、再稼働に賛成しても温暖化の責任から逃れられないのです。

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