豊葦原中津谷のニニギ

食糧自給率の向上を目指して! (2100年の日本へワープ)

カテゴリ: 日記

私は、飛行機が好きではありません。
そのくせ、飛行機に乗る度、ブロッケン現象が見られないかと、窓に張り付きます。

基本的に、飛行機は嫌いですから、滅多に乗ることはありません。
そんなわけで、ずっと見ることができないままでしたが、ついにその時がやってきました。
 (と言っても、今回のフライトではないのですが・・・)
 
イメージ 1
 
分かりにくいのですが、翼の下にハレーションのような光輪が見えます。
おそらく、ブロッケン現象に間違いないと思います。 
時間が早かったので、太陽光の角度が浅く、光輪まで遠くなってしまいました。
そのせいで、光輪の中に飛行機の影を見ることはできません。
 (自分の影が見えないので、ブロッケン現象と呼んで良いのか・・・)
 
ブロッケン現象が見られたのは、気付いてから数十秒だけでした。
 

ちなみに、ブロッケン現象を見ることができたのは、今回の帰省ではありません。
一部の方は、台風によって帰省の足が乱れ、苦労されたかもしれませんが、私は大きなトラブルもなく、往復できました。(日頃の行いの割には・・・ネッ!!)
 

明日から帰省です。

今夏は、豊葦原中津谷にも行ってきました。
とにかく、凄い場所ですので、無事に帰還できるかわかりませんでした・・・?
ちょっとオーバーですが、秘境の一歩手前くらいの感覚でした。

実家は、そこまでではありません。
だから、気楽に出かけることができます。
気楽に出かけられるのですが、私はモバイル環境がないので、ブログの更新はできません。
寂しい思いをさせる(?)ことになりますが、しばらくお待ちください。

ほとんど、アポロ13号の乗組員の気分です。

とにかく、不便な場所です。
今でこそ、カーナビの地図に出るようになりましたが、以前はカーナビもお手上げでした。

とりあえず、無事に帰還したので、ブログを再開します。
関連ブログでは、定期で公開していた記事もストップしていましたが、再開します。
御期待ください。

豊葦原中津谷
(豊葦原中津谷の西側)

久しぶりの豊葦原中津谷です。

とにかく、公共交通機関が使えません。
バスは、週に2往復しかありません。
基本的に、午前中に買い物に行く便、午後に帰宅する便の1往復が、週に2回あるだけです。
公共交通機関で入り込もうものなら、以前は携帯も使えませんでしたから、タクシーを呼ぶ事もできませんでした。
家の前のバス停以外は、4km先まであります。これを徒歩で行くしかないのです。

平家の落人の伝説は、行けば分かる気がします。

EU離脱を巡って、イギリス議会が混乱しています。

EU離脱は、イギリス国民の投票で決まりましたが、離脱票を投じた国民さえ、国内で起きている企業の国外移転の動きを見て「こんなはずじゃなかったのに」と思い始めています。

外から見ていると、イギリスのEU離脱で起きていることは予測できる範囲の事態に見えるのですが、翻ってみると、日本でも似た事例があったことに気付けるはずです。

 

先の大戦において、悪法として名高い治安維持法ですが、当初は共産主義の過激派を取り締まるために制定され、国民にもどちらかと言えば好意的に受け入れられたそうです。

しかし、治安維持法の改正によって、国の体制に反対する全てを取り締まるようになり、政府の暴走を許す結果となったのです。

過去を振り返る時、私たち日本人は、今のイギリス人を批判できる立場にはないのかもしれません。




近年中に、私たちは憲法改正の国民投票に臨むことになりそうです。

これに際して、後悔しないようにしなければなりません。

後悔しないためには、個々の条文について、個別に精査する必要があります。

ですが、それだけではダメです。

今回の憲法改正では、複数の条文が一括で国民投票に掛けられるはずです。

複数の条文の総括の判断は、「NO」を優先することを、忘れてはなりません。

不同意の条文がたった一つであっても、「YES」を投票すれば、不同意の条文も「YES」と回答したことになります。国民投票で可決されれば、それを基にした法律が整備されていきます。その先を止める事は容易ではなく、ほぼ不可能になります。

「その条文には反対だった」と言ったところで、後の祭り。何の意味も持ちません。

逆に、たった一つの条文の不同意で全体を「NO」とすることが正しいのか、不安になるかもしれません。

しかし、国会が本当に必要と考えているなら、超党派でも3分の2議席を集めて発議するはずです。それができないなら、少なくとも議員の3分の1以上が不要と考えているということです。

 


改正案の条文は、三つに分類できるはずです。

一つ目は改正すべき条文、二つ目は改正してはならない条文、三つ目は現行憲法の解釈と同等の条文です。

三つ目を具体的に言うなら、「環境権が云々」とか「プライバシー権が云々」といった内容が相当します。既に、現行憲法を基にした法整備がなされていますが、現行憲法が問題にされたことはないので、現行憲法の解釈の範囲内と見做すことができます。

 

この分類方法から、現行憲法では今までは出来なかったが、憲法改正後は出来るようにすべき事柄のみを考えれば良いことになります。

過去に、憲法上の制約で不可能として実施できなかった施策は何か、洗い出さなければなりません。

実施できなかった施策について、本当に実施しなければならなかったのか、実施するためには憲法改正が必須なのかを、しっかりと吟味する必要があります。その上で、憲法改正が未来の日本にとっても有益であり続けるのかを考えなければなりません。

また、未来志向で、「今後において、どんな問題が起こり得て、どう解決していかなければならないのか」を、考えなければなりません。

その中で憲法が障害になるのか、障害になるならどう改正すべきか、そして改正が未来の日本にとっても有益であり続けるか、しっかり考えなければなりません。

イギリスのように、わずか数年で「こんなはずじゃなかった」と思うことのないようにすることです。

 

 

憲法は国のあり方を示す役割がありますが、その目的を達成するために、憲法には別の一面があります。それは、権力の抑制です。憲法を改正する場合には、権力の抑制が緩められていないか、厳密に審査しなければなりません。

権力の抑制を緩めると、権力側の暴走の危険性が高まります。

権力の抑制を緩める条項は、思いつく限りの拡大解釈を試み、少しでも懸念があれば、「NO」を選択しなければなりません。

これは、現政権が信頼できるか否かはほとんど関係ありません。将来に渡って、拡大解釈によって悪政に繋がるかを検討し、その心配がないことが担保されなければなりません。

少なくとも、今回の憲法改正案では、違憲審査や曖昧さの改善は含まれていないので、しっかりと吟味しなければなりません。

 

 

憲法改正は、簡単ではありません。

それは、改正案に関与できない国民は、特に大変です。改正案を作成する際の背景も、どう揉めて、どう纏めたのか、経緯はわからないのです。纏める際には、両者の意見の両方の解釈が可能なように、意図的に曖昧にする場合があります。こういった経緯や背景は、国民に伝えられることはありません。

条文から受ける印象や表向きの解釈とは違う意味合いを持っているかもしれないのです。

だからこそ、慎重に検証し、判断しなければなりません。

「憲法改正案を簡単には通すな」との意味とはまるで違います。長い将来を見越して、慎重に判断しなければならないとの意味です。

「変わることを恐れていては前に進まない」との批判も、当たっていません。

変わることが目的ではありません。変える必要があるのか、ないのか、必要があるなら、どう変えるべきかが大事なのです。時には、変えない勇気も必要です。

今のイギリスを見ると、「EUを離脱すれば何か変わるはず」と期待したが、現実は違っていたと、気づき始めているようにも見えるのです。

 



私たち日本人は、憲法改正案をどう判断するのか、数年後に検証することにしましょう。

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