新・風の谷の生活

食糧自給率の向上を目指して!

カテゴリ: 罵詈雑言

「時代と共に、科学技術は発達する」
良く耳にする言葉ですね。
でも、私は大嫌いな言葉です。
 
確かに、科学技術は、時代と共に発達してきました。
でも、本当にそうなのでしょうか。
 
「科学技術は発達していくので、将来は、どんどんエコな家電が出てくる」
マスコミのコメントでも、時々出てくるフレーズですが、
技術屋の端くれである私にすれば、「ふざけるな!」と怒鳴りたい気持ちです。
 
ここは、個人的な憤りは抑えるとして・・・
 
もう少し正しい表現をしてもらうと、
「時代と共に、科学技術を発達させてきた」
でしょうか。
 
科学技術は、
技術屋が、日々の仕事を必死にこなす中で、
目の前の問題を試行錯誤を繰り返して一つ一つ解決していくことで、
いつの間に小さな進歩をしているのです。
技術屋自身が、その進歩に気付かないほど、小さな小さな進歩です。
 これが、科学技術の進歩の裏側です。
 
外から見ると、時代と共に着実に進歩しているように見えるかもしれませんが、
そんな簡単なものでも、格好いいものでもありません。
 プロジェクトXみたいな格好いいものは、まずありません。
 
 
勝手には進歩しない科学技術ですが、これを発達させるには、
「必要」
大切です。
「必要」だから、資金が集まり、技術屋が集まり、世界に広まるのです。
 
「必要」を生み出すのは、世論です。
だから、
一般の方々の正しい知識が必須になります。
 
理科離れなんかもっての外と思っていただければと思います。

太陽活動は、2030年代には現在より60%も低下し、地球はミニ氷河期に入る。

英国のノーザンブリア大学が開発した太陽の活動周期の新しい数学モデルによるものです。
(リンク⇒https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/life/221745

 


太陽活動は、11年周期で変化することが知られています。
この11年間の太陽活動の変化量は、0.1%ほどです。
過去には、マウンダー極小期と呼ばれる太陽活動が低下した時期がありました。
この時にどの程度まで太陽活動が低下したのか私は存じませんが、おそらくは1%よりずっと小さな変化だったと思います。
現状より60%も少ない日射量は、火星軌道付近に相当します。
実際に起きればミニ氷河期ではなく、全球凍結になってしまうレベルです。

論文を翻訳する際の問題かもしれませんが、
60%も減少するのは太陽活動そのものではないことは確かです。

黒点数で60%減少なのかなと思いますが、逆に変化が小さ過ぎます。

まあ、タブロイド紙に文句を言っても始まりません。

 


そのタブロイド紙で、立命館大環太平洋文明研究センターの高橋学教授(災害リスクマネジメント)は、こんなことまで言っています。
「(前略)寒冷化に向かう現象はいくつもみられ、学者の間では、地球温暖化について、懐疑的な見方が広がっています。地球温暖化は原発推進の格好の口実ですから、寒冷化の現実が隠されている面もあるのです」

この方は、何も見えていないのでしょうか。
つい先日も、「2017年は2016年に次ぐ、過去2番目の暑さだった」と報告されています。
温暖化は、かなり進んでしまっているのです。
更に言うなら、問題の元凶は、化石燃料の使いすぎであって、地球温暖化は弊害の一つに過ぎないのです。
温暖化していようと、寒冷化していようと、人類がやるべきことは変わらないのです。
つまり、化石燃料の使用を可能な限り減らすべきなのです。

 

考えようによっては、寒冷化はありがたいくらいです。

マウンダー極小期は、1.5の気温低下がったそうです。

温暖化では、今世紀末までに2〜4も気温の上昇がみこまれているのです。

計算通りにはいかないでしょうが、寒冷化が起きるのなら温暖化が緩和されることになります。


ちなみに、過去100年間で、東京は2℃以上も気温が高くなっています。

都市化の影響がない潮岬でも1℃以上も気温が高くなっています。
気象庁のデータベースをちょっと調べれば、これくらいのことは分かります。
そんなことも調べずに、感覚的に夏が暑くなかったとか、雪が多いとかで、温暖化に懐疑的になっていないのかなと、心配になってしまいます。


ところで、世の中では、『反原発が正義』と考える方が多いようにみえます。
何かを主張する際、『反原発』を抱き合わせることで正当化しようとしますが、本当の知識人であるなら、『反原発』と絡めずに堂々と発言すべきかと思います。
『反原発』と抱き合わせる方の意見は、中身が薄いことが見え見えなのですから。


「馬力」と「トルク」?
この違いは、知っているようで知らないのでは?
「加速はトルクで決まり、最高速は馬力で決まる」と理解されているのでは?
 
本当は、加速も「トルク」ではなく「馬力」で決まります。
「トルク」とは、エンジンがシャフトを回そうとする「力」のことです。
でも、「トルク」は回転数に関係していません。
これに対して、「馬力」は、「トルク」と「回転数」の積ですから、
ギアを使って「力」を増幅することができます。
 
「え? 馬力は、トルクと回転数を掛けたものなの?」
ええ、その通りです。
その関係式は、以下のようになります。
 
       〔トルク(kgfm)〕×〔回転数(rpm)〕×2π
〔馬力(ps)〕=――――――――――――――――――――
             75 × 60
 
 
SI単位系なら、以下のようになります。
 
        〔トルク(Nm)〕×〔回転数(rpm)〕×2π
〔馬力(kW)〕=――――――――――――――――――――
             1000 × 60
 
この式を、トルクが「力」、回転数をギアによる「力の増幅」と理解すれば、
「加速」も、「最高速」も、馬力で決まることが分かります。
 
では、「加速はトルク」説は間違いなのでしょうか。
この場合の「加速」は、「低回転域」の言葉が省略されているはずです。
「低回転域の加速はトルクで決まる」ということなのでしょう。
「低回転域」を1500rpm付近と考えれば、回転数が狭い範囲に
固定されるので、「馬力」は、ほぼ「トルク」の大小で決まります。
そう考えると、「加速はトルクで決まる」というのも、間違いではなさそうです。
 
 
自動車専門誌でさえ、この「馬力とトルクの関係を知らないのでは?」と思わせる
記事を見かけることがあるので、ちょっと書いてみました。
 
   

こんな話を目にしました。

「アメリカでは性差がない」・・・舞田敏彦氏のTwitterより
(リンク⇒https://twitter.com/tmaita77/status/952031565407596545


(※このグラフの「地理」は、「地学」の間違いのようです)


データは、独立行政法人国立青少年教育振興機構の「高校生の科学等に関する意識調査報告書-日本・米国・中国・韓国の比較-」からの抜粋のようです。
(リンク⇒http://www.niye.go.jp/kenkyu_houkoku/contents/detail/i/88/
その中の「Ⅱ 自然や科学への興味や関心」からレーダーチャートを作成しています。
(リンク⇒http://www.niye.go.jp/kanri/upload/editor/88/File/04dai1shou.pdf


前述のグラフを見て、私は違和感を感じました。
アメリカの男女差が、異常なまでに少ないのです。

男性脳・女性脳という言葉があるように、男女で脳の構造は異なっています。
また、それぞれの性別に対応した特性を持っています。
例えば、女性脳は脳梁が太く、同時に複数の事をこなすことに長けています。
例えば、話をしながら別の仕事を同時に行う場合、女性はスムーズにこなしていきますが、
男性は途切れ途切れになってしまいます。
一方、男性脳はパターン認識に長けています。
男女の体力差が影響しない将棋や囲碁でも、男性の方が強く、男女を分けて開催されます。

このように、男女間で脳の特性に違いがあるのに、科学分野に対する興味が男女間で差が
ないことは、何らかのバイアスがかかっていると考えた方が良いように思います。
それは、ノーベル賞の授賞者からも見えてきます。

アメリカ国籍でノーベル賞を受賞した人は、2016年時点で338人です。
その内、女性受賞者は14人です。
14人の受賞部門は、物理学賞1人、化学賞0人、医学生理学賞7人、経済学賞1人、
文学賞2人、平和賞3人です。
それぞれの部門に占める女性の割合は、次のようになります。

  物理学賞     1.2% (男:84人、女:1人)
  化学賞      0.0% (男:66人、女:無し)
  医学生理学賞   7.1% (男:92人、女:7人)
  経済学賞     1.9% (男:51人、女:1人)
  文学賞     18.2% (男: 9人、女:2人)
  平和賞     12.0% (男:22人、女:3人)

前述のグラフと同様に、この割合を載せてみましょう。
ただし、物理学賞は、「物理」「地学」「天文」に同率で配分します。
同様に、医学生理学賞は、「動植物」「人体」に同率で分配します。

性差とノーベル賞(アメリカ)

どうでしょうか。
「天文」が延びていないことを除くと、日本人女性のデータに似ているとは思いませんか。

冒頭のグラフですが、日本の方が性差に相応する結果が出ていて、アメリカの方が何らかのバイアスがかかっているように見えます。
アメリカでは「男女の性差があってはならない!」との社会的な圧力があるのではと、
私には思えてしまうのです。



大切なことは、原則として、権利に性差を持たしてはならないことだと思います。
正確には、権利にも性差があっても良いのかもしれません。
能力で判定する世界では、性差で得手不得手があっても、能力でフルイにかけられます。
権利に差を付ける必要はありません。

しかし、姦淫に関しては、女性保護の立場での立法や運用があるべきと思います。
性的暴力の被害者は、圧倒的に女性が多い以上、その対策として、性差を踏まえた対策が
必要なのです。
このような法とその運用は、時として痴漢冤罪などの冤罪を生み出す要因ともなります。
しかし、女性保護の観点からは、このような法と運用は広い意味での女性の権利であり、
社会的にも保障されなければならないと思うのです。


総括するなら、本当に大切なのは、
  生涯を通した幸福度に性差があってはならない のだと思います。

メディアの問題点

 

メディアは、いくつの問題点を抱えているように思います。

列記してみましょう。

 

能力

・情報を読み解く力が不足している。

・知識が不足している。

 

方向性

・営利判断が方向性を決めてしまう。

・個人的な関心で取材対象や方向性を決めている。

 

態度

・国民を代表していると思い込んでいる。

・無知な人々を導きたいと思っている。

 

 これらは、原則として、報道メディアについて、外部から見た印象をまとめたものです。

反論もあるでしょうが、まず私の説明をみて戴き、その上で考えてもらいたいと思います。

 

 


前回までに、能力と方向性について説明しました。
今回は、態度です。

 

能力もなく、偏向報道を続けているにも関わらず、態度は横柄です。

日本人は馬鹿ばかりだから、TV人が教育してやる」と宣ったのは、日本民間放送連盟会長です。

この方はTBSの会長でもあるのですが、TBSは前述の通りエストニアの位置を間違えています。

能力が足りていないが故に、その横柄さが際立ちます

また、記者会見において、カメラの前での謝罪を求める事があります。

その際に「謝罪はないのですか」と詰め寄ります。

まるで、自分たちが国民を代表しているかの如き振る舞いです。

メディアは国民の信任を受けていない集団であり、ただの営利企業です。

しかし、その態度には、一般企業としての謙虚さがありません。

 

 

 

最後です。

なぜ、ここまで執拗にメディア批判を繰り返してきたのか、説明しなければなりません。

体制派の人々は、メディアの問題を指摘する事で、体制批判を抑制し、体制迎合の報道に
変化することを望んでいるかもしれません。

ですが、中道を認じる私にとって、体制迎合型に変化することこそ、警戒しているのです。

政府や現・与党が、メディアの情報の質の低下を指摘し、報道を監視する口実を与えることになってはならないのです。


 

『国境なき記者団』の評価では、日本の報道は世界72位だそうです。

非常に低い評価です。

メディアは、「政府の圧力に問題がある」とするのかもしれませんが、それをいう前に、
自らを厳しく律し、情報の質を高める努力をしなければなりません。

それをしなければ、更に圧力を掛けられ、国民からも賛同を得られず、本格的な言論統制に繋がっていきます。

 

私は、それを警戒しているのです。

 

「日本人は馬鹿ばかりだ」などという暇があるのなら、「馬鹿な日本人」の一部を構成するメディア自身が、反省と改善をもって進んでいきべきではないのでしょうか。

 

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