豊葦原中津谷のニニギ

食糧自給率の向上を目指して! (2100年の日本へワープ)

カテゴリ: 罵詈雑言

早々と政府が再建を発表しました。ユネスコも、それを好意的に受け取ったのか、火災を理由とする世界遺産の解除は考えていない(焼失部分は世界遺産ではないが、管理面からの解除は考えられた)ことを表明しています。


首里城は、ちゅらうみ水族館と共に2019年2月1日から管理を国から沖縄県へ移管されていました。
これに伴い、沖縄県は首里城の使用を大幅に緩和し、催事を行うようになりました。今回も、催事の準備中だったそうです。
今回の出火原因が催事に関連していることが判明すれば、首里城の管理は沖縄県から国に戻されるでしょうし、沖縄県に残るとしても、厳しい使用制限が科せられることになるでしょう。

さて、先日の当ブログで「電気火災」と書いた理由を説明したいと思います。
どんな催事でも、電気・水・ガスのいわゆるライフラインが必要になります。中でも、照明や冷蔵、調理など電気が不要な催事は考えられず、電源確保が必須となります。
携帯発電機を用意することも多いのですが、コンセントなどから電源を取る場合もあります。
もし、正殿内から電源を取るような御粗末な管理をしていたなら、その責任は明確にしなければなりません。
それ故、前回の記事に書いていました。


それにしても、首里城焼失は問題が非常に多い火災です。
なぜ失火したのか。
なぜボヤで消し止められなかったのか。
なぜ他へ延焼してしまったのか。
例えば、出火の確認に時間が掛かっています。熱感知器が出火を検知したのに、人が鍵も持たずに確認に行っています。間抜けなやり方です。

失火の直接的原因と間接的原因、全焼した直接的原因と間接的原因、延焼した直接的原因と間接的原因など、基本的な部分だけでも多岐に渡ります。
おそらく、それぞれに複数の問題が見つかるでしょう。
その全てに対策を示さなければ、再建しても同じことの繰り返しです。
この件は、管理していた沖縄県が真摯に向き合うことが大切になります。

部外者が、憶測を書くことは褒められることではありません。
とうめんは、今後の流れを静観しようと思います。
 

未明の火事で、首里城が焼失してしまいました。
首里城は、琉球王朝の居城であり、琉球王国の歴史を伝える遺産でもありました。
また、『琉球王国のグスクおよび関連遺産群』として、他の4城と共に世界遺産となっています。
文部科学省においては、是非とも、早急に再建の意思を内外に公にしてもらいたいものです。
世界遺産としては城址が対象なのかもしれませんが、ユネスコが登録解除の検討に入る前に、再建の意思を見せてほしいものです。


ところで、気になることがあります。
一つは、失火原因です。
今後、捜査が進むと思いますが、催事の電源を正殿から取っていたためにショートなり過電流なりで起きた電気火災、なんて御粗末な失火ではないことを願います。

もう一つは、火災対策が取られていたのか です。

スプリンクラーは未設置だったそうですが、なぜなのでしょうか。
防火扉や延焼防止の放水装置はなかったのでしょうか。
熱感知器は設置されていたようですが、設置密度に問題はなかったのでしょうか。熱感知器では、物陰の火種は感知が遅れるはずです。
視界外も捉えられる可能性がある煙感知器は、どうだったのでしょうか。
夜間の防犯として、人感センサーは設置されていたのでしょうか。

あまりにも呆気ない焼失を見て、疑問が湧いた次第です。
同時に、スプリンクラーさえ設置していないという、これが多額の費用(100億円以上)をかけて再建した建造物の扱いなのかと、呆れもしました。
寄付した方や納税者に対して、どう説明するつもりなのでしょうか。


最後に、首里城の再建が、政争の具に用いられないことを願っています。
現在、政府と沖縄県は、辺野古移転問題で対立していますが、首里城再建は辺野古移転と分けて検討されるのが当たり前だと思います。
(私は辺野古移転に賛成の考えを持っています)

 熊本城も、一歩一歩、復興を進めています。
首里城も、再建の道を歩んだほしいと考えています。今回の反省に立ち、失火はもちろんのこと、自然災害にも負けない形で再建されることを願っています。
 

回の台風では、多くの方が被災し、避難先から自宅に戻られた方は、現状を目の当たりにされ、辛い思いをされていることと思います。
被災された方々が、1日も早く日常を取り戻すことが出来ることを願っています



さて、敢えて言いす。
今回の災害においても、「川の様子を見に行く」や「田んぼの様子を見に行く」ことで、亡くなったり行方不明になった方が少なからずおられました。
ニュースなどでは、「川の様子などを見に行かないようにしてください」と繰り返し注意を呼びかけていました。
そのような注意を無視した行動は、自己責任では済まされないと、私は思います。

なぜなら、行方不明になったら、消防や警察や自衛隊が捜索しなければならないのです。救出に、多くの隊員が命をかけるのです。
注意を守らない人を
助けるために、命をかけるのです。自己責任では済まされないでしょう


同じことが、逃げ遅れた方にも言える場合があると思います。
大災害でしたが、災害が及んだ範囲は、ハザードマップの記載とほぼ一致していたそうです。つまり、取り残されたのではなく、避難すべきだったのに避難していなかった場合が少なからずあったと思うのです。

避難しなかった理由は個々にあるかもしれませんが、救助に命をかける側の立場で考えていただきたいと思います。


私の親族には、消防の関係者がいます。
避難の呼びかけを無視したり、自ら危険な場所に行った人間のために、我が親族が命をかけるのかと考えると、腹立たしく感じたしだいです

彼女の演説に対して、賛否両論があるようです。
賛否の両方があること自体は健全な状態なのですが、中には彼女に対する中傷の類いもあるようです。
「16歳の考えに世界が振り回されたらダメだ」は良しとしても、「洗脳された子供」や「お嬢ちゃまがやってることが間違ってる」などと言う日本の有名人も居たと聞き、コトの本質を見抜けていない点も含めて、同じ日本人として恥ずかしくなります。

コトの本質と言えば、否定意見の中に地球の寒冷化を上げる方が少なくないことが気になります。


地球温暖化の最大の問題は何でしょうか?

気温が上がることでしょうか?
異常気象が増える
ことでしょうか?
生態系が破壊される
ことでしょうか?

他にも、様々な問題が予測されていますが、元凶を見落としていませんか?
元凶
を捉えていれば、寒冷化の話題は出てこないはずなのです。


そもそも、地球温暖化は大気中の二酸化炭素濃度が上昇したことによる様々な環境変化の一つにすぎません。

大気中の二酸化炭素濃度が上昇すると、温室効果が高まり、気温が上昇するというのが、地球温暖化のシナリオです。
つまり、元凶は、大気中の二酸化炭素濃度の上昇であり、地球温暖化ではないのです。

元凶
が見えてくると、複数ある一次の影響も見えてきます。
まず、地球温暖化です。
地球温暖化に伴う二次の影響として異常気象の増加があり、三次の影響として生態系への悪影響が懸念されるのです。
地球温暖化以外の一次の影響として、河川・湖沼・海洋の酸性化があります。
これも、二次的な影響として生態系への影響があります。
これ以外の一次の影響では、深海の無酸素化が懸念されています。

 二酸化炭素濃度の上昇 ┬ →地球温暖化   → 異常気象など → 生態系への影響
            ├ →海洋等の酸性化 → 生態系への影響
            ├ →深海の無酸素化 →・・
            :



地球が温暖化しているか、寒冷化しているか、重大ではないことがわかると思います。
問題の本質
である二酸化炭素の排出量削減しなければならないのです。
 

余談になりますが、地球の寒冷化の要因も、見ておきましょう。
寒冷化する要因として、私が思いつくものを列記します。

・地球の公転軌道の変化(数万年前まで続いた氷河期の原因とされる)
・温室効果ガスの減少
・反射能の増大(氷河の拡大やエアロゾルの増加などで太陽光の反射量が増える)
・太陽活動の低下(マウンダー極小期とそれに伴う寒冷化の要因とされる)

地球は寒冷化している」と叫ぶ方は、概ね、太陽活動の低下を指摘しています。
2000年以降の太陽活動は、マウンダー極小期に似た傾向にあることを根拠にしているようです。ですが、この間も地球の平均気温は上昇傾向を示しています。太陽活動の低下が一時的に気温の上昇を緩和することはあっても、全体としては地球温暖化は進行すると考えられます。
もう一つの問題は、マウンダー極小期は70年しか続かなかったことです。太陽活動が低下したとしても、極小期の終了後のことを考えるなら、二酸化炭素の排出量削減は欠かせないのです。





これとは別に、以下のようなTwitter記事を見かけたので、紹介しておきます。

トゥーンベリさんの演説で、ある人が残念そうに「原発には触れてないんだ」と。
「原発ゼロを求めても、日英独はともかく、米仏や経済発展が著しい中国、インドは
 まず応じない。問題が複雑になるのを避け、あえて言及しなかったのだろう」と私。


地球温暖化対策を考えると、原発は推進しなければなりません
原発に触れるとすれば、原発を停める方向にある各国に対して警告を発することになるでしょう。

Twitter主の意図は分かりかねますが、反原発=正義と勘違いしているように思えました。
原発事故の悲惨さを考え、反原発を訴える気持ちは理解できますが、原発事故のリスクよりも地球温暖化のリスクが重大だと考えるなら、原発推進=正義となりうることを理解すべきです。


私が、原発再稼働には賛成だが、新設には反対と言うのは、地球温暖化と原発の問題のバランスの中で導いた結論です。
反原発=正義と思いこまず、後世により良い地球を残す方法を考えるべきです。

トゥーンベリさんが訴えた本質部分未来の地球の姿のはずですから!

権力による報道統制が話題になるたびに、「言論の自由」を盾に闘ってきたメディアですが、そもそも「言論の自由」を履き違えているのではないでしょうか。

「言論の自由」は、メディアを保護する憲法ではありません。
メディアは、その公益性・公共性から、「言論の自由」からは一歩離れたところにあると思います。
もちろん、広い意味では、「言論の自由」の対象に含まれるでしょう。
ですが、公益性・公共性からみて、「何を言ってもかまわない」わけではありません。
むしろ、様々な制約の中で、「情報」を流す立場にあり、メディアとしての「主張」を自由に流してよいわけではありません。
メディアとしての「主張」を流すのであれば、全責任を負う覚悟で行うべきです。

例えば、「地震予知」では、「早川氏や村井氏の有料の地震予知は素晴らしい。国は、彼らの地震予知に予算をつけるべきだ。逆に、地震予知で成果がない地震学会の研究費は削減すべきだ」といった論調をよく目にします。
このような記事や放送を信じて有料の地震予知情報を購入した人々に対し、「出鱈目な情報を買わされた」と言われた際には、民事、刑事の両方で、情報提供元として責任を取るべきです。
「我々も騙された」などということは、メディアは許されないのです。

メディアは、中立性を保ち、両方の意見をバランスよく提供する責務があるのです。
地震予知を例にとると、「早川氏や村井氏の地震予知の成功率は、本人達の主張によると〇〇%である。一方、地震学会は彼らの地震予知は、予知に成功していないと主張している」といった具合に、事実だけを伝えてほしいものです。


メディアは、国民の審査を受けない組織です。
なので、嘘の情報を流していると、それを足掛かりに報道統制のネタにされる可能性があります。
キチンとした自制の下で報道していなければ、報道統制のネタを政権側に提供することになり、メディアだけでなく、国民全体の不利益に繋がることを、メディアに生きる方々は理解していただきたいものです。

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