豊葦原中津谷のニニギ

食糧自給率の向上を目指して! (2100年の日本へワープ)

カテゴリ: 罵詈雑言


大学は、教育面で言えば、高度な教育で専門性の高い教育を受ける場です。


近年、政府は「稼げる大学」と言っていますが、大学教育に置き換えると、稼げる教育を求めているのでしょうか。

大学教育で「稼げる」となると、一つは、学生を集める能力との解釈が成り立ちます。
学生に選ばれる大学になることが、政府が求める「稼げる大学」なのでしょうか。
おそらく、政府が考える「稼げる大学」の定義には、『教育』は間接的にしか含まれていないでしょう。

大学は、専門性の高い教育と言いましたが、少なくとも工学系では、非常に広い範囲を学びます。
私は、機械工学科でしたが、歯車だけを学んだわけでも、製図だけを学んだわけでもありません。
材料工学、構造力学、流体力学、熱力学、制御工学、生産管理、エネルギ変換工学、プログラミング・・
ずいぶん昔のことなので、あまり思い出せませんが、上記の他にも、基となる数学についても、かなり教え込まれました。
座学以外にも、実習として、旋盤、ボール盤、フライス盤、鋳造、鍛造、ガス溶接、電気溶接、製図・・
機械を扱うための『基礎』を、大学で学びました。(あまり身に付いていない ^_^)
専門と言っても、専門分野の基礎を学んだのです。

これらは、更に深く専門分野を掘り下げていくための、基礎になるものです。
社会に出れば、職務の専門性が高くなります。
ですが、基礎がしっかりしていれば、様々な職務をこなしていくための力となります。


大学の存在意義は、高度な教育と、先端科学の研究が、日本の柱だと思います。
(実践を3本目の柱とする考えもあるようです)
『稼げる大学』を本気で考えるなら、教育の面からも、本気で考えるべきです。
つまり、大学教育で、社会の利益になる人物を輩出できるようにすることです。
これも、広義の『稼げる大学』ではないでしょうか。
でも、大学で高い教育をするためには、その基礎となる教育が重要になります。
つまり、教育で『稼げる大学』を作るためには、高校の教育が重要になり、高校教育を充実させるためには、中学校教育が重要になります。当然、小学校教育も重要であり、幼児教育についても、検討する必要があります。

『稼げる大学』と言っても、稼ぎ始める時期は、早くても数年後です。
政府は、目先の利益を上げられる研究を期待して、『稼げる大学』を掲げています。だから、早期の利益を求める大学ファンドを導入したのです。
『教育』を受けた人材による『稼ぎ』は、政府の考えには皆無なのでしょう。

また、基礎研究はせず、他国の論文を使うつもりなのでしょうか。
中国の経済を『パクリ』と批判してきましたが、そう遠くない将来には、中国から「日本は中国の基礎研究からパクっている」と批判されるのかもしれません。
今の日本の教育は、その方向にまっしぐらです。



『稼げる大学』を目指す政府の政策は、実際には『稼げない大学』に向かっています。

例えば、大学教員が職務に充てる時間の内、研究時間の割合は、2002年度の46.5%から、2018年度には32.9%まで低下しています。
これは、国立大学の法人化(2004年)や、研究費予算の削減が、理由と思われます。
これらが、大学教員の雑務を増やし、研究時間を圧迫しているのです。
大学教員の優れた能力を、力が発揮できる研究や教育の現場ではなく、予算取りやその審査等に浪費しているのです。
これは、予算対効果の面で、約30%のダウンを意味します。

この傾向は、一般企業にも見られます。
そのことは、当ブログでも、異なる切り口で指摘しています。
結局、日本の大学だけの問題ではなく、国全体に蔓延る問題のようです。
そこにメスを入れられてこそ、有能な政治家の証しですが、どうやら全く反対のことを推し進めています。ポスドク問題も、解決策は出されておらず、どうやら政府には、無能な政治家ばかりが集まっているようです。


日本国は良い国だと思いますが、残念な政府です。


次の参議院選挙は、実質的に憲法改正を問う選挙になります。



国政選挙は、日本の舵取りを誰に任せるのかを国民が決める仕組みです。

国会や政府は、国の舵取りはしますが、実行するのは国民自身であることを忘れてはなりません。


例えば、軍備増強は、費用は国民の税金から、自衛隊員は国民の有志によって、実現されます。

国は、旗振り役をするだけです。

実際にお金を出し、体を張るのは、国民自身です。

旗振り役の仕事は、国民を正しい方向へ導くことです。

ただ、時として、旗振り役は暴走します。

その典型が、第二次世界大戦時のヒトラーでしょう。


旗振り役を選ぶのが、国政選挙です。



近年、自衛隊員の不足が深刻化しています。

軍備を増強しても、自衛隊員は不足します。

これを解決する方法は、若年層の就職難を作りだすか、徴兵制です。

ただ、就職難にしても、ニートが増えるだけと予想されるので、有力なのは徴兵制です。




ところで、軍備拡大を希望するのは、50歳台以上が中心です。

この世代は、徴兵を免れると考えられます。

また、赤字国債の返済が問題になる頃までには、現役を去るはずです。

軍備拡大を希望する世代は、軍備拡大の『負』の部分から影響を受けにくいのです。


若い世代から考えてみましょう。

親世代までの借金(赤字国債の4人家族当たり約4千万円)を返済していかなければなりません。少なくとも、利子を払わなければなりません。

これを、少ない仲間(少子化)で支払っていかなければなりません。

これだけでもゾッとしますが、親世代は、軍備の倍増に毎年5万円ずつ借金を追加すると言うのです。

どう返せば良いのでしょうか?

トドメは、どうやら軍務(徴兵制)が加わりそうなのです。

追加した軍備を動かすためには人員が必要なのですが、慢性的に人員不足です。だから、強制的に軍務が課せられそうなのです。

これだけでは、済まないかもしれません。

親は、喧嘩する気が満々です。

でも、喧嘩が始まれば、若い世代を前面に押し出し、その背中に隠れるつもりなのです。


まとめると、次のようになります。

・若い世代は、親の借金を背負わされる。

・親は、軍備に新たな借金をするつもりだ。

・親は、子に軍務を追加させる気だ。(その間は、収入が無くなる)

・親は、周辺国との喧嘩を避ける気はないが、喧嘩させられるのは、子世代だ。


こんな状況を改善するには、家族会議(国政選挙)で、親世代の発言権を弱めるしかありません。

家族会議(参議院選挙)を棄権することは、親世代に全面的に従うことを意味します。

即ち、親の借金を背負い、新たな借金も抱え、軍務をこなし、親のために喧嘩することを、自ら承認することを表明することになります。

それを理解した上で、次の参議院選挙に臨んでほしいと、思っています。



自衛隊員の不足は、深刻です。

軍備増強の次に来るのは、徴兵制です。

何がなんでも自衛隊に入りたい若者は、次の参議院選挙は、棄権すればいいでしょう。


選挙を棄権することは、そういう意味だと思ってよいでしょう。




当然ですが、高校生の勉強時間は限られています。 更なる知識をカリキュラムに組み込むなら、他の何かを削らなければなりません。 三角関数よりも、金融経済の基本や複式簿記、ITリテラシーや臨床医学・栄養学の方が、彼らの人生に大いに役立ってくれると考えます


上記は、日本維新の会の国会議員による発言です。

要約すれば、基礎(三角関数)より、応用(金融経済の基本や複式簿記や栄養学)を学ぶべきだと、言っているようです。
基礎よりも、これらの応用を学ぶ方が、実生活で役に立つと言いたいようです。

私は、首を捻りますね。


基礎より応用を重視する意見が出る時点で、個人的な感情が出ているように思います。
例えば、「三角関数」は不要としていますが、「指数・対数」や「微積分」は槍玉に上げていません。これは、御本人が経済学を学んでいたことに、関係しているのかもしれません。
逆に、フーリエ解析を御存知ないのでしょう。
「三角関数で、森羅万象を表せる」と言うのは大袈裟ですが、複素平面や双曲線関数も含めると、基礎としての三角関数は重要です。

一方、臨床医学は、表面的な理解では危険です。
異なる病気でも、類似の症状は色々とあります。症状だけで診断できなければ、検査で調べることになるはずです。
AIによる臨床診断が、実用化に近付いていますが、これが実用化しても、検査の必要性が増すだけで、高校教育レベルで使いこなすことは難しいでしょう。
AIの支援があっても、実用的に臨床医学を使うのは困難なら、そこは専門教育を受けた医師に任せる方が良いでしょう。
「生兵法は大怪我のもと」と言いますが、高校教育に臨床医学を組み込むことは、その典型になりかねません。


教育改革を叫ぶのなら、基礎的な学問が何に応用されるのか、を教えるのが良いと思います。
と言っても、応用範囲は驚くほど広く、教え切れる量ではないと思います。

教育改革を考える政治家に求められる資質として、基礎的な学問が何に必要なのかを、広範囲に理解していることが求められます。
基礎と応用を同列に考えるようでは、少々問題かと。
将来、日本がどんな方向に向かうのか、そのためにはどんな人材が必要なのか、人材を育てる教育は何が必要なのか、を考えるのが、真の政治家でしょう。
もちろん、ここで言う「方向」は、特定の産業を指すのではありませんよ。

今の政治家は、目先の安全保障で危機感を煽るだけで、視野の幅も奥行きも足りません。
安全保障も、最終手段の武力だけに注目し、外交や経済支援などを無視しています。
何だか、基礎学問を無視して応用分野を重視する教育改革の意見に似ていますね。



個人的には、夏の参議院選挙が非常に心配なのです。
ですが、私の危惧は現実になるのでしょう。

日本の政治家は、与党も野党も手法こそ違えど、国の『終活』を行っているようです。
国の未来を考える政党がない今、私の選択肢は与党に力を与えないことです。
つまり、『終活』を妨害するしか、手段がありません。


投票に行かない人々に言いたい!
投票したい政党がないのなら、野党に投票するのが、簡単です。これは、政府の暴走を止める効果があります。
夏の参議院選挙が終わると、『暗黒の3年間』が始まります。
政府の暴走を止める手段がなくなります。
政府が暴走し、自分自身に火の粉が降りかかることを望まないなら、取り敢えず、野党に投票しておくことです。

棄権するのは、政府の暴走を止めるのか、ブレーキを破壊するのか、夏の参議院選挙はそれを問われているように思います。



追伸
私は数学が苦手です。
もっと勉強しておけばよかったと、後悔しています。


昔は、「有事に強い」と言われた円相場ですが、近年では有事でも円高傾向は見られなくなりました。

今回は、ロシアのウクライナ侵攻が発生した頃から円安が顕著になり、4月28日に一気に1ドル130円台を突破しました。
4月28日の円安は、日銀の発表内容に対する失望感が直接の原因とされますが、円が有事にも弱くなってきていることも、事実でしょう。


「有事に強い」と言われた要因は、対外純資産額にあると言われています。
正確には、有事には、ドル建ての対外純資産を売却して円に換金する可能性があるから、との考えもあります。
ただ、有事には円を買っておくとの単純化された思惑買いが多いとも言われています。
どんな理由にせよ、有事に円が強いのではなく、有事に円高になりやすいだけなのです。


日銀は、指値オペを実施しました。
日本国債の値崩れを防ぐため、日銀自ら買い支えているのです。
日本国債は、非常に危険な状況に陥っているのです。
(世の中には、軍備増強を叫ぶ呑気な方々がいますが、財政はそんな状況では・・)

誰も彼も、実情が見えていない。見ようとしていない。
そんな感じを受けます。


日本がやるべきことは、税収を増やすことと、歳出を減らすことです。
税収を増やすには、短期的には増税、長期的には経済成長です。
歳出は、非生産的な分野から削減するのは、常識です。

防衛予算や福祉予算は、生産性が低いので、本来であれば、削減の対象になります。
公共事業は、生産性があるように思われるかもしれませんが、単体では、生産性はありません。公共事業でできた建造物等が何かを生み出した時、初めて生産性を持ちます。
だから、どんな公共事業をするのか、吟味しなければなりません。

では、生産性が高い歳出先は、何でしょうか。
将来を見つめるなら、まずは教育です。
日本がアジアのトップを走り続けることができたのは、教育の充実ぶりでした。アジアだけでなく、欧米各国さえ凌駕する教育レベルが、日本の強みでした。
次が、研究開発費です。
新技術の開発や、基礎研究への投資が必要です。
視点を変え、生産性そのものの研究に力を入れていくのも、政策の一つになります。

現時点では、ノーベル賞受賞者が多い日本ですが、これは20世紀後半の日本の教育や評価です。これから先は、見通しが非常に暗いと言うしかありません。
昨年のノーベル賞受賞者である真鍋芳郎氏が小学校に入学したのは、1938年でした。受賞の83年前です。
日本人では最年少受賞者の湯川秀樹氏は、1913年に小学校に入学し、1949年に受賞しています。小学校入学から受賞まで36年も掛かっています。
今から教育に力を入れても、ノーベル賞受賞者数に現れるのは、今世紀の後半なのです。
だからこそ、今の内に力を入れていかないと、将来の国力に大きな影響が出ます。

「未来のために投資しても、その前に国が失われたら、意味がない!」
そんな意見が聞こえてきそうです。
だからこそ、外交で国を守るのです。
外交こそ、政治家の仕事です。
外交は、基本的に国民が関与できません。ほぼ、政治家の独壇場です。
これに対して、軍事力は、国民が命を張るものです。
自衛隊員も、戦争を始めることも、終わらせることもできない点では、普通の国民です。
戦争を始めるのも、終わらせるのも、政治家にしかできませんが、実際に現場で命を張るのは政治家ではありません。
だからこそ、政治家は、外交で国を守らなければならないのです。
外交で国を守りつつ、財源を未来の発展のために投資するのです。
そうでなければ、国民が命懸けで国を守っても、肝心の国は衰退してしまっては意味がありません。何のために命を懸けてきたのか、わからなくなります。

国力が落ちて最も怖いのが、際限のない円安地獄です。
日本は、食糧の2/3を海外から購入しています。
円安が進めば、軍事力で海外から侵攻を防せぐことができたとしても、国民は飢え、地獄のような国になってしまいます。
軍事力に財源を割く余裕は、日本にはないのです。
国民も政治家も、その現実を直視しなければなりません。
 


政治家には、外交を頑張ってもらい、余った防衛予算を教育や研究開発費に回して、未来の日本に投資してほしいものですね。
それが上手く機能した時、真の意味で「有事に強い円」が生まれるだろうと思います。


日本の失業者は、海外の失業者と比較すると、能力が高く、働く意欲もあるにも関わらず、職が見つかりにくい傾向にあります。
このことから、「日本の雇用政策は、完全なる失敗」とも言われています。

現役世代の学力テストを世界で行った際、日本は抜群の成績だったそうです。
海外の失業者は、識字率さえ低い場合が多いのですが、日本では、高度な数学力を持つ者が少なくない点で、特徴的です。

確かに、日本の失業率は、欧米各国との比較では優れた数字ですし、コロナ禍においても、急激な悪化はありませんでした。
ですが、能力があり、就労意欲が高いにも関わらず、職が見つからないのは、欧米との比較では異様です。


日本は、企業の新陳代謝が鈍いと言われています。

この要因として、日本の定年雇用制があるとしています。これが、企業の新陳代謝を阻害しているとしています。
ですが、海外企業では、本人の希望で何歳でも働き続けることができます。
日本は、計画的に代謝が進むのに対し、海外では、無策であれば代謝は鈍くなります。
つまり、日本の方が計算通りに代謝が進みますが、海外では代謝が進まないのです。
定年雇用制は、計画的に企業運営しやすいし、雇用が安定するので、労働者の帰属意識も高まります。
その代わり、状況に応じてレイオフしにくく、小回りは苦手です。
このような特質を理解した上で、企業経営が行われれば良いのですが、どうも、そうではないのです。



日本の企業が斜陽なのは、計画的に地道な発展を目指すのではなく、目先の利益を求める体質に変わったことが、要因の一つと思われます。

日本企業の体質は、元々、時間を掛けて成長するタイプです。それを、強引に、目先の利益を追及させているのです。
その背景の一つには、物言う株主の存在もあると思います。

目先の利益を追うことを、悪いとは言いません。
ただ、日本の企業の体質を変えないままに、不得手なことをさせようとするから、そのシワ寄せが、経営や労働者に集まる構図になっています。


日本の企業が小回りが利かない理由を、労働形態(終身雇用制)に求める傾向がありますが、それは間違いです。

日本の企業では、改革はボトムアップで行われます。そのため、大胆な改革はできず、小さな改善の積み重ねで、改革していきます。
これが、小回りを苦手とする最大の要因です。

大きな改革をしようとする際、トップダウンで改革する能力を持たない人物が、企業のトップに居るのです。その結果、正しい変革ができず、企業を弱体化してしまうのです。
以前にも書いていますが、『人事権の行使しか能がない』人物が、企業の中枢にいることが、日本企業の弱点なのです。

例えば、ISO9000シリーズの導入です。
品質管理の国際基準ですが、その背後には、日本の品質管理を崩し、欧米が上位に立つ狙いがあったとも言われています。
日本は、ボトムアップ型の品質管理を行っていますが、労働者の質が高い日本ならではの手法です。ボトムアップで日本と同等の品質に仕上げるのは、容易ではありません。
そこで、新たに品質管理の国際基準を作り、根底から日本の品質管理を崩したのです。
問題は、日本企業のISO9000シリーズの導入方法です。
小さな企業では、外注してISO9000シリーズに対応したはずですが、大企業では、社内で対応するところが多かったはずです。
この時、導入の実戦部隊が、適材ではなかったのです。
『人事権の行使』に必要な才覚を持った人物ばかりが企業の中枢に集まっているため、このような業務でも、そのような人物が音頭を取ることになります。その人物が、ISO9000シリーズの導入に必要な才覚を持つとは限りません。
日本では、管理職に昇格させると、地方勤務をさせたら、関連企業に出向させる等、昇格の道が決まっています。
地方公務員なら、中央官庁に出向したり、キャリア官僚なら、大学で研究や講師をさせたり、いわゆる出世の階段があります。
この階段の一つとして、ISO9000シリーズの導入を与えてしまうのです。
これが、適材にはならない日本企業の弱点の一つです。

以前、経営目標をドリルダウンする際、言葉の並べ替えと置き換えだけで、私のレベルまで下りてきたことがありました。
実質的にドリルダウンされていないので、当然のことながら、経営目標と実際の業務との間に齟齬が生まれ、改革は機能しませんでした。
私のレベルに下りてくる前に、少なくとも2段階以上のドリルダウンが行われていなければならなかったのですが、2段階とも、言い換えだけだったのです。
つまり、私より上の立場の人達は、ドリルダウンする能力を持っていなかったのです。
偶然にも、私から指摘する機会があり、ドリルダウンの考え方を説明しました。その結果かどうかはわかりませんが、翌年から、私の指摘以上に改善されました。

このように、日本企業は、硬直した昇格人事やステップとなっていて、適材適所の配置になっていないのです。
これは、終身雇用制とは関係ないと、理解できるでしょう。


この昇格の階段は、社内教育の順番でも、問題になります。
個々の能力に合わせた順番とはせず、資格や役職等で決めてしまうのです。
これでは、個々の能力を発揮させることができません。
このような硬直した組織形態だから、小回りが利かないのです。
その言い訳として、終身雇用制を持ち出してくるのです。

企業の小回りが利かない理由に、終身雇用制を持ち出してくるのは、『人事権の行使しか能がない』証拠でもあるのです。(雇用は、人事権の一つ)

企業は、社内の人材の発掘と、活躍の場の構築を、本気で考えなければなりません。



ちょっと、例をあげましょう。

ノーベル化学賞を受賞した田中耕一さんは、受賞当時、役職は『主任』でした。
受賞を機に、4階級も特進してフェローの地位を与えられましたが、逆に言えば、会社は田中耕一さんを正しく評価できていなかった証拠でもあるのです。

このような例は、程度の差はあっても、相当数あると思われます。
ノーベル物理学賞を受賞した中村修二さんも、青色発光ダイオードを開発した時の社内の報償金が2万円しかなかったことは、よく知られています。

ノーベル賞クラスでも、社内の評価が異様に低かった例が二つもあるのです。
まだ、この二人は活躍の場が与えられてきましたが、場さえも与えられず、才能を腐らせている人は、数え切れないほどいると思われます。
日本企業の弱点の一つは、そこにあるのです。


天賦の才を持つ人を、「ギフテッド」と呼びます。
ギフテッドは、人口の2%ほどもいますが、ギフテッドらしい活躍を見せる人は、滅多にいません。
ギフテッドの全てが、才能を腐らせているとは思いませんが、仮に半数が才能を腐らせているとすると、社員の1%は才能を腐らせていることになります。
14万人の従業員を抱える東芝なら、1400人も優秀な人材が埋もれている計算です。
東芝が分割や売却で揺れるのは、優秀な人材に活躍の場を与えていないからなのかもしれませんね。





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