新・風の谷の生活

食糧自給率の向上を目指して!

カテゴリ: 罵詈雑言

以前にも、「人命と原発廃止のどちらを優先する?」と題した記事を書いていますが、
実際には、有識者(自称も含む)の多くは、原発は廃止すべきとしています。
廃止の理由は、原発事故の過酷さと、地震大国の日本で原発事故を防ぎきれないとする
考え方によるものです。
また、原発は不要とする根拠は、自然エネルギーで代替可能だとの考えに基づくようです。

地震大国である日本で、原発を地震から完璧に守り切ることは、確かに不可能です。
でも、それだけで原発廃止を唱えるのは、少々偏っているように思います。
大切なのは、「リスク・トレードオフ」の考え方でしょう。
これについては、いずれ「温暖化」のカテゴリーに記事を書くつもりです。

もう一つの「再生可能エネルギーで代替可能」との考えは、かなり幼稚に感じます。



「発電」を「運送業」に、「発電所」を「運転手&輸送手段」と置き換えて
考えてみましょう。
火力発電は、大型トラックとどんな仕事もこなす運転手との組み合わせです。
欠点は、エコドライブが全くできないことです。
原子力発電は、大型トラックと勤勉でエコドライブも得意な運転手との組み合わせです。
欠点は、融通が利かないところで、常に一定の荷物を運びます。
太陽光発電発電は、アルバイトが運転するバイク便です。
エコですが、運ぶ量が少なく、割高で、昼間に気が向いた時だけ仕事をします。
また、上司の言う事は、一切聞きません。
風力発電は、アルバイトの飛脚です。時間帯を問わず、気が向いた時だけ仕事をします。
こちらも、上司の言う事は、一切聞きません。

あなたが、運送会社の社長なら、勤勉な運転手(原子力発電)を止めさせてまで、
上司の言う事を全く聞かないアルバイト(太陽光発電)を雇いませんよね。
では、あなたが運送会社を選ぶ時はどうでしょうか。
アルバイトが多く、いつ運ばれるか分からない運送会社を、積極的には選ばないでしょう。



さて、発電に話題を戻しましょう。

現在は、太陽光発電や風力発電の割合は低いので、電力の不足や過多が起きていません。
これは、火力発電所等の出力を調整して、需要に加えて太陽光発電等の発電量の変化を
吸収できるためです。
ですが、太陽光発電が盛んな九州電力では、既に不安定な太陽光発電等の電力を
吸収できなくなり始めているのです。

蓄電を進めれば、太陽光発電等の再生可能エネルギーの利用率を向上することができる」
との主張をする人もいます。
それ自体は間違っていませんし、小規模の太陽光発電では推進すべきとも思っています。
ですが、原子力発電所を太陽光発電等の自然エネルギー発電で代替するために、
どれくらいの充電量を用意すれば良いのかを、考えている方は居ないようです。
なにせ、原発を停めるために再生可能エネルギー発電を利用しようと言うのですから、
充電量は、原発の発電量を軽く受け止められるだけの量は確保しなければなりません。

充電池は、10kgで1kWh程度を蓄電できます。
原発1基が1日に発電する量は、約3000万kWhとなりますから、
原発1基の1日分を蓄電するためには、30万トンの充電池が必要になります。
原発1基のたった1日分でも30万トンですから、国内の原発全てとなると1500万トンを
軽く超えてしまいます。
実際には、最低でも数日分、できることなら1ヶ月以上の充電量が望ましいので、
充電池の量は、1億トンを超えるかもしれません。

実際に必要になる充電池の量がどれくらいになるのか、研究者に聞くしかありません。
ただ、「蓄電すればいい」なんていう簡単な解決は、無理でしょう。
その辺りを考えない意見は、私には幼稚に聞こえてくるのです。


一昨年、世間を騒がせたSTAP細胞ですが、
ドイツのハイデルベルク大学の研究グループSTAP関連の論文を発表しました。

ハイデルベルク大学の研究によると、
セルライン化されたT細胞に低pHの刺激を与えると、STAP現象が確認されたそうです。

日本では、マスコミの総攻撃で抹殺された感のあるSTAP細胞ですが、
海外では、研究が継続されているのです。
ハーバード大学では、STAP細胞の特許申請を行っています。
他の大学でも、STAP現象の研究は継続されているようです。


STAP細胞




この状況は、私は驚いていません。
ただ、STAP細胞論文問題に関する情報が二転・三転したため、
匙を投げたと言いますか、STAP細胞の話題から逃げたのです。

その辺りの流れは、もう一つの「風の谷の生活」に書いています。


★ STAP細胞って面白い

★ STAP細胞は、存在しないようですね。

★ STAP細胞というより日本の科学界が揺れています。

★ 癌についての疑問


私が書いた記事の内容は、専門家が見ればおかしなところだらけでしょう。
マスコミとの唯一の違いは、「スキャンダルが全て」のマスコミとは違い、
論理的に考えて可否を検討するところくらいでしょうか。

今日は、プロ野球の観戦をしてきました。
西武プリンスドームで開催された西武vsオリックス戦です。

4番中村

西武の4番はおかわり君こと中村選手です。
3回、5回、9回はスコアリングポジションで打順が回りましたが、快音を聞くことはありませんでした。
絶好調のメヒアも封じられ、西武は最終解の反撃も及ばず、6-7で敗戦となりました。




さて、今回の罵詈雑言は、言論の自由です。
言論の自由は、憲法21条で保障された権利であることは、ほとんどの方が御存知でしょう。

憲法には、下記のように書かれています。


・集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。

・検閲は、これをしてはならない。通信の秘密は、これを侵してはならない。


この考えの出発点になったのが、13箇条からなるポツダム宣言の10項に書かれていました。

・われわれは、日本を人種として奴隷化するつもりもなければ国民として絶滅させるつもりもない。
 しかし、われわれの捕虜を虐待したものを含めて、すべての戦争犯罪人に対しては
 断固たる正義を付与するものである。
 日本政府は、日本の人民の間に民主主義的風潮を強化しあるいは復活するにあたって
 障害となるものはこれを排除するものとする。
 言論、宗教、思想の自由及び基本的人権の尊重はこれを確立するものとする。


つまり、ポツダム宣言を受諾した時点で、日本は言論の自由を保障する義務を負ったのです。
これが形になったのが、憲法21条なのです。


さて、今回は、自民党の憲法改正草案については言及しません。
これより問題に思っているのが、メディアの態度だと考えているからです。

本来、「自由」には「責任」、「権利」には「義務」が生じます。
憲法の表記の上では、言論の自由に対する義務は、書かれていません。
ですが、何を表現しても許されるわけではありません。

では、メディアはどのように言論の自由を捉えているのでしょうか。
多くのメディアでは、「我々は、言論の自由を堅守しなければならない」との論調が目立ちます。
ですが、言論の自由の裏にある「責任」については、メディアからはほとんど聞かれません。

また、STAP細胞の際には、最初は必要以上に持ち上げ、一旦、不正が見つかると、これでもかと徹底的に叩いていました。
現在進行形で言えば、地震予知についてのメディアの基本姿勢は、有料地震予知を高く評価する一方で、地震学会が地震予知できていないことを非難しています。これは、明らかに間違った内容です。
これらから、メディアが伝える情報は、事実に基づかず、メディアの都合(売り上げ、個人的な思想等)で内容を変えているように、私には思えます。


私は、護憲派です。
憲法は、国家の指針を示すものであり、結果的に為政者の方向性を制限する目的を持っています。
為政者側に口実を与えることになるメディアの動きは、護憲派にとってマイナス要因になります。
その辺りを、メディア関係者は理解できていないのではないかと、不安に感じています。

戦時中、職業野球(プロ野球)は事実上の中断を余儀なくされました。中等学校野球大会も、1941年から1945年まで中断しています。1940年に予定されていた東京オリンピックも中止されました。ノンビリ野球観戦できる今の幸せを、噛み締めています。

いつも、他人のすることにケチをつけている「罵詈雑言」カテゴリですが、今日は自分自身に向けます。

本来、当ブログも、当ブログの前身であるもう一つの「風の谷の生活」も、地球温暖化に備える食糧自給率の向上をメインテーマにしています。
ですが、現状は、村井氏(JESEA)の地震予知に対する非難を繰り返しています。

  村井氏の地震予知の価値
  村井氏の地震予知の価値
  村井氏の地震予知の価値
  村井氏の地震予知の価値(オマケ)

  村井氏の地震予知手法は凄い・・
  村井氏の地震予知手法は凄い・・・
  村井氏の地震予知手法は凄い・・・
  村井氏の地震予知手法は凄い・・・

  村井氏の地震予知は予知率100%・・・
  村井氏の地震予知は予知率100%・・・
  村井氏の地震予知は予知率100%・・・
  村井氏の地震予知は予知率100%?

  村井氏(JESEA)の地震予知は風前の灯


確かに、村井氏(JESEA)は出鱈目な情報を有料で流し続けている上に、
某携帯電話会社と提携してため、偽地震予知が蔓延する危険性が出てきました。
それには同意するとしても、本道から逸れる言い訳にはならないはずです。

村井氏非難は、ひと段落ついたようですし、今後は札幌のサクラ開花予想に戻ることを期待せずにはいられません。



東日本大震災から丸5年になりました。
この震災では、15894名(行方不明を含めると18455名)の方が亡くなられました。

なぜ、こんなにも大勢が亡くならなければならなかったのか?



死者の半数は、70歳以上でした。
死因は、90%以上が水死でした。死因が明確になっている御遺体の95%は、水死だったのです。
もし津波が無ければ、 もし津波を防げれば、 もし津波から逃げ切れれば、
 14308名が助かったかもしれないのです。

私達は、津波被害から学ばなければなりません。
どうすれば津波を防ぐことができるのか、 どうすれば津波から逃げ切れるのか、
よく考えて、対策をしていかなければなりません。




非難を覚悟で言わせていただけるなら、世間は津波被害に対して意識が低いように思います。

津波被害への対策は、それほど聞こえてきません。
高台移転、防潮堤、避難訓練。それくらいでしょうか。

津波には、大小さまざまあります。
それぞれに、可能な対策は違ってくるでしょう。
ですが、論調は、全て東日本大震災の津波を基準としています。
このままでは、下手をすると、数メートルの津波の襲来でも被害を受けるかもしれません。
最近の報道を見ると、被災者への同情、あるいは追悼はありますが、
津波被害を繰り返さないための知恵はあまり見かけないように思います。


一方で、直接的な死者が一人もいない原発事故に対しては、厳しい論調が多いのが気になります。
何が何でも原発全廃!
その主張を通すために、カルデラ噴火まで持ち出してきます。
カルデラ噴火が起きれば、周辺の住民は全滅するでしょうが、そのことには全くお構いなしです。
原発を全廃できれば、誰が亡くなろうと関係ないかのようです。

原発事故で避難を余儀なくされている方は数多くいらっしゃいますが、
原発を全廃しても救われるわけではありません。
「原発事故被災者のために原発廃止を!」というのは、
もしかすると原発事故被災者をダシにしているだけなのかもしれません。



これらに共通するのは、単視眼的な思考です。
多くの問題に対して、一方向からの視点だけで議論されることが多いように思います。
被災者に共感する事は大切なことです。
ですが、彼らを助けるための行動は、様々な角度から見て考える必要があります。

確かに、原発事故は過酷です。長期に渡って立ち入る事が出来な土地もあります。
ですが、原発事故だけを見て廃炉を叫ぶなら、年間数千人の命を奪う車の廃止も訴えるべきです。
原発事故関連死の人数はもちろん、東日本大震災の犠牲者数を、この五年間の交通事故死者数は既に上回っています。
それでも車を廃止しないのは、全廃すれば社会が成り立たなくなることを理解できているからです。

これに比べると、目には見えにくい地球温暖化には無頓着です。
地球温暖化対策として、原発は重要なアイテムです。
「再生可能エネルギーを整備すれば、火力発電所を増やさずに原発を止められる」
この考えは、根本的に間違っています。
「再生可能エネルギーを整備すれば、火力発電所を止められる」と考えるべきです。

原発より先に、火力発電所を止めるべきなのです。
そのために、電気料金が高くなるとしても!

アメリカのノースウェスタン大学の心理学教授らが、
「英語より、中国語、韓国語、日本語の方が算数の習得に有利だ」と発表しました。
 
彼の主張を整理すると、
英語では、11から20は、イレブン、トゥエルブのように独立した言葉があるが、
中国語等では、十と一、十と二のように表現されるので、
数字の概念を理解しやすいということです。
「浅い!」
江川さんではありませんが、彼の主張の根拠について、私はそう感じました。
 
算数を理解する上で、
数字の表現から見た場合に限定しても、彼は数字の読みだけしか考慮していません。
記述を考えると、アラビア数字を使う英語の方が優れています。
漢字で記述すると、桁が飛んだ場合の数字の把握は、容易ではありません。
例えば、
1002は千二となり、百と十の位が飛んでいる事を直感的に掴む事は難しいでしょう。
 
 
この内容だと、ただの揚げ足取りのレベルなので、別の視点で見てみましょう。
 
それは、式の読み上げです。
(1+2)×(3+4)
これを日本語で書くと、
「1と2を足したものに、3と4を足したものを掛ける」
となります。
私のつたない英語では、
「Multiply by what added 3 and 4 to what added 1 and 2.」
でしょうか。
 
これを式に書くと、
日本語は、「1、2、+、3、4、+、×」
英語は、「×、+、3、4、+、1、2」
となります。
 
英語の表現を使って計算しようとすると、
計算途中の状態は、算術演算子の「×」だったり、数字の「7」だったりと
複雑になります。
しかも、最初の算術演算子を計算の最後で使う場合もあります。
 
その点、日本語の表現では、
計算の途中段階は数字ですし、ほぼ計算の順番に算術演算子が出てきます。
 
コンピュータに詳しい方は、
「日本語の表現は、逆ポーランド記法に似ているから」
とズバリくるでしょう。
そうなんです。
日本語の表現は、コンピュータの記述方法にも似ている合理的なものなのです。


一方、
中国では、「中国語が自然科学を学ぶ際の障害になっている」との声があります。
中国語は、表意文字のみで構成されるため、
海外の文献を訳す際に、
例えばSTAP細胞のような外来語を中国語に変換する事が難しいのです。
その点、
日本語は表意文字だけでなく、表音文字も使う上、
外来語専用と言えるカタカナまであります。
ですので、海外の文献を翻訳するのが非常に容易で、
日本語に翻訳された文献だけでも十分に学ぶことができます。



さて、
ノースウェスタン大学の心理学の教授は、
数字の表現方法の他にも色々な理由を付け加えて、
「だから、数学の力で 世界のトップに立ったのは、中国と韓国の学生だった」
としています。
中国は、上海の都市部等、教育熱心な地域データでしょうか。
韓国は、教育熱の高い国なので、レベルが上がっています。
反対に、日本は、ゆとり教育の弊害がでてトップを譲ったのです。
 
総括すると、
教育に投じるエネルギーと、算数や数学の能力は、リンクすると言う事でしょう。
 
 
 
最後に、
文系の学者が理系分野の解析をした場合は、大学教授でもこの程度の浅さなんですね。
 

ネット社会になった現在、デマや嘘がいっぱい溢れています。
どこかの悪い奴が、デマや嘘の情報を次から次へと流してくるから、いつまでたってもデマや嘘が亡くなりません。

嘘の情報を流す悪い奴を捕まえて、世の中から嘘の情報を無くしたいところですが、実は、嘘の情報を流す悪い奴のかなり数が、マスコミやジャーナリストなのですから、面倒です。


今回は、ダイエット法を例に、愚痴ってみます。



ダイエット法は、経験則で導き出したものしかないと思いませんか。
だって、どこから体重(質量)が体外に出るのか、一度も聞いたことがありません。
たまたま体重が減った方法を正しいと勘違いしているだけです。
それなのに、テレビや書籍では、大々的に「何kgの減量に成功!」と紹介します。
まったくもって、無責任な話です。


さて、体重が体の外に出ていくルートですが・・・

ウンチは、食べた分の1/3~1/4しか出ません。2/3~3/4は、体内に残るのです。
オシッコと汗は、大半が水分なので、体外に出た分のほとんどは、補給しなければなりません。
原子力のように、質量をエネルギに変えて消費している?
そんな馬鹿な!
広島原爆でも、0.6gの質量がエネルギに変換されただけで、あの破壊力です。
kg単位でエネルギに変換できる人が居るなら、私は100kmは離れた所まで逃げることにします。

じゃあ、体内の質量はどこから体外に出るのでしょうか。
それは、鼻の穴からです。
「鼻水?」   
いいえ。
息なんです。 
空気みたいに軽い息が、体重を体の外に運び出しているんです。

嘘!

そう思う気持ちはわかりますが、本当なんです。
というわけで、計算してみました。

呼吸(ガス交換に使われる実質の呼吸量)は、男性で毎分4.2リットルくらいです。
(参考資料に女性の値はありませんでしたが、男性の2/3と考えてよいと思います)
一日にすると、6000リットル(女性は4000リットル?)くらいです。
呼吸した空気の内、5%に相当する300リットル(13.4mol)が酸素から二酸化炭素に変わるのです。

1molの酸素(O2)は32g、二酸化炭素(CO2)は44gですから、差分は1mol当たり12gです。
一日に13.4molの酸素を吸って、13.4molの二酸化炭素を吐くので、男性で160g、女性は110gが体外に出ていく計算です。
ただ、食品に換算すると水分もあるので、男性で約500g、女性でも350g程度を消費していることになります。
この計算は安静状態にしていた場合です。(基礎代謝に相当)


ごちゃごちゃと書いてきましたが、ダイエットは運動が大事ってことですね。
運動のように、呼吸が増えるようなことをすればいいのです。
エネルギ保存の法則から、食べたカロリーより使うカロリーが多くないと痩せられないのです。
しかも、食べる量を減らすのは、栄養バランスを崩しやすいので、素人では容易ではありません。
体重が減る仕組みさえも説明できない素人に、正しい食事制限をできるはずがありません。
だから、ダイエットは難しいのです。


マスコミやジャーナリストは、「✕✕ダイエット法」なんか紹介する前に、質量保存の法則やエネルギ保存の法則をちゃんと学び、適度な運動とバランスの良い食事を維持してダイエットする方法を説明すべきです。
「視聴率が取れれば、本が売れれば、内容なんか関係ない!」といったやり方は、いずれ政権勢力に足をすくわれ、メディアの重要な機能の一つである権力の監視機能を奪われることになりかねません。
現に、現政権内部からは、メディアへの圧力を求める発言が出始めています。

まずは、自らの役割を見直し、自制と反省の先に正確な報道に繋げることを期待します。





ちょっと自己弁護を。


食べて肥るのは、体が正常な証拠です。

野生動物の死因の多くは、餓死です。
野生動物、特に代謝が激しい哺乳類では、飢餓に耐える能力が重要なのです。
それで、食べられるだけ食べて、余った分を脂肪に蓄えることで、飢餓に耐えられるようになったのです。

ところが、日本人の死因の上位には、餓死も栄養失調症もありません。
食料事情が改善されたため、進化の過程で勝ち取った肥る能力が裏目に出るようになったのです。


このblogのテーマにもつながるのですが、
温暖化と人口増加に加え、食生活の変化やエタノール燃料で、深刻な食糧難が来る可能性があります。
その時こそ、肥る能力が活かされるのかも・・・

巷で時々見かける用語に、「電磁波」があります。
内容を見てみると、ほとんどの場合、「電磁波」を漠然と有害なものとして捉えているだけのようです。

同じように見かける言葉に「波動」や「放射」があります。
こちらも、意味が分かっている感じの使われ方ではありません。


意味が分かっていないらしいと私が感じる根拠の一つが、類似する一般的な表現があるにも関わらず、わざわざに用いられているからです。
例えば、「電磁波」は、内容から類推すると「電波」を指している場合がほとんどです。
「電磁波」は、電界と磁界が交差する波のことで、周波数が低い領域は「電波」、高い領域は「光」です。
「波動」も、「波」のことですから、わざわざに「波動」と言う必要はないはずです。
「放射」も、単に「出ている」と表現した方が、一般人には理解しやすいと思います。

意味が分かっていないと感じる二つ目が、「電磁波は見えない」としている場合があるからです。
前述のように、「電磁波」には可視光も含まれるので、分かっている人が「電磁波は見えない」とするでしょうか。
同様に、「波動」と「波」を区別しているかのような表現も見られます。
分かっているようで、実は分かっていないのかな と思ってしまうのです。



さて、ではなぜ難しい表現を用いているのでしょうか。
「電磁波」や「波動」を好んで使う人、あるいは会社は、どうやら専門用語を使いこなせると思わせたいようです。

個人の場合、「自分は科学に造詣があり、専門用語も使いこなせる」と主張したいのでしょう。
ただ、この件は、私自身も反省すべきなのかもしれません。
私と似たタイプの人物のようです。

会社の場合、商品を売るために専門用語を羅列し、消費者の信用を買おうとしているようです。
ただ、商品の内容を見ると、「電磁波を防ぐ」とか、「放射能を無害化する」等と言っているので、まがい物と考えた方が良さそうです。
因みに、「放射能」は「放射線」を出す(放射する)能力を指すので、正しくは「放射線を無害化する」か、「放射能を失わせる」と表現すべきだと思います。



さてさて、「電磁波を完璧に防ぐ」はあるのでしょうか。
「電磁波を完璧に防ぐ」と、光も遮断されるので、目に見えなくなってしまいます。
それに、赤外線も遮断できるので、その商品で食品を包めば、食品は完全に保温できるはずです。

そんな商品は、今の技術ではできそうにないので、「電磁波を防ぐ」商品は、怪しい臭いがプンプンします。

世間では、「地震兵器」なるものが囁かれているようです。
でも、「台風兵器」や「竜巻兵器」、「大雨兵器」、「太陽フレア兵器」等は、私は聞いたことがありません。

「地震兵器」は存在するのでしょうか?


仮に、「地震兵器」が実現可能だとします。
地球上のどこでも、いつでも、自由に地震を起こせるとします。
起こす地震の規模も、自由に設定できるとします。
更には、費用もバカ安だとします。
この条件下で、地震兵器の利点は、いったい何でしょうか?

単に、何かを破壊するのが目的であれば、通常兵器でも、核兵器でも、別に問題はありません。
ただ、これらの兵器、特に核兵器は、使用には細心の注意が必要になります。
それは、兵器の取り扱いよりも、兵器を使ったことによる国際世論の動きが問題になるからです。
それを踏まえて考えると、地震兵器の利点は、使用者が誰か分からないことでしょう。
自然界でも当たり前に発生し、規模によっては壊滅的被害を引き起こすのが地震ですので、人為的に発生させても、自然の脅威としてしかとらえることはなく、誰が発生させたのか秘匿できます。

逆に、この特徴が、地震兵器の欠点にもなります。
自然に起きたと思わせなければならないので、地震が起きない地域で使用できません。
また、同じ地域に大規模な地震を連続的に発生させることも、得策ではありません。
つまり、政治的な観点から、使用条件が厳しくなるのです。


次に、地震兵器の仕組みを考えてみましょう。
地震のエネルギー:Eqは、log10Eq=4.8+1.5Mです。
これに対し、爆弾のエネルギー:Ebは、Eb=TNT火薬換算量(kg)×4.184×10^9です。
(エネルギーの単位はいずれもジュール)
過去の事例では、4.2Mt(TNT火薬換算)の核爆発でM6.97の地震が発生した記録があります。
爆発のエネルギーは、M7.63に相当するので、地震に変換されたのは核爆発の1割程度だったようです。

さて、地震兵器で必要となるエネルギーを、人工的に生み出す必要があるとすると、核エネルギーしかないでしょう。
相手にダメージを与えるほどの地震となると、M7以上の規模が必要です。
となると、前述の4.2Mt以上の水爆となります。
発生させたエネルギーの全てが 地震に変換できるとしても、450kt以上の核エネルギーが必要です。
450ktは、出力100kWの原発の約3週間分の発電量に相当します。
これだけのエネルギーを用意するだけでも大変ですが、この膨大なエネルギーを震源域に伝える方法が難しいのです。
これらを考えると、人工的に生み出したエネルギーで地震兵器のエネルギーを賄うことは非常に難しいし、投入するエネルギーに対して得られる戦果は小さくなってしまう点でも、問題があります。
人工的に生み出したエネルギーで地震を発生させる地震兵器は、実現可能か否かの前に、兵器として成立しないように思います。
 

では、自然界のエネルギーを利用する地震兵器はどうでしょうか。
地震兵器で太陽光や風力なんか論外ですから、やはり岩盤の歪みか、地熱でしょう。精々、地磁気でしょう。
これらの内、地磁気はエネルギー密度が低いので、地震兵器のエネルギーとしては小さ過ぎます。
岩盤の歪みと地熱は、蓄積できれば利用不可能とは言い切れません。
ただ、これらが豊富にある場所は、地震地帯に限られます。 
また、蓄積が必要なので、地震地帯の中でも歪なり地熱なりが溜まっている場所にしか、地震を起こせそうにありません。
言い方を変えれば、いつ地震が発生してもおかしくない場所でしか、地震兵器は機能しないことになります。



ここまで見てみると、地震を自由に操れるとしても、地震兵器は機能しないように思えます。
これ以外にも、地震を自由に操れるのかという問題も残っているのです。
地震を兵器とできる可能性を研究していないとは言いませんが、こんな機能不全の地震兵器を開発しようと考えるのかとの視点で見ると、積極的には開発を行うようには思えません。

まあ、「個人的に話題として盛り上がるのは御自由にどうぞ」というのが、私の立ち位置でしょうか。

何度も銃規制が問題になってきたアメリカ。
ついに、大統領令で銃規制に踏み出そうとしています。
ですが、全米ライフル協会などの抵抗勢力は強く、「銃は自衛のために必要!」との主張を繰り広げています。

さて、自衛のための銃が手に入るアメリカは、安全な国なんでしょうか?


まず、銃の機能を考えてみましょう。
銃を持っていれば、銃弾を跳ね返すのでしょうか。
そんな馬鹿な話はありませんね。
基本的には、銃は、相手を脅すために使います。
でも、相手も銃を持っていれば、相手より先に撃つしかありません。

銃が持つこの性質から、アメリカの銃による被害者(死者)は年間で3万人を超えます。
日本では、一年間に8人ですから、人口比を考慮しても約2000倍という酷さです。
銃が自衛に役立っていないことが、はっきりと分かります。


さて、近年の日本は、積極的安全保障として、海外の紛争に関与しようとの方向性が出てきています。
これが、日本の安全保障にプラスの影響を与えるのか、マイナスの影響が及ぶのか、アメリカの銃規制をみれば考えるまでもないでしょう。
自衛隊には良い道具(武器)を与えるべきですが、それを使わないで済むことを考えるべきです。

現在の政府は、日本の発言力が低い理由を、海外での紛争解決に武力行使できないことだと勘違いしています。その勘違い故に、海外での武力行使への道を拓くために、安全保障を口実にしているのです。

70年間、他国民に銃口を向けなかったことは、日本が世界に誇れる歴史です。
この歴史を捨てた先に本当に平和があるのか、10年後には結果が出ているかもしれません。
まあ、どんなに自国民や他国民に犠牲が出ても、「積極的安全保障を採用したから、この程度で済んだ」と言うのでしょうが・・・

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