鹿児島大学の大薗博記氏と榊原良太氏は、陰謀論に嵌まりやすい人の特徴を以下の5項目にまとめています。
1.科学的思考力が弱い
・合理的な思考をしない。
2.閉鎖志向
・新しい知識に対してオープンではない。
3.社会的無力感
・社会システムや政治に対して、自己の無力感を強く感じている。
4.特性不安
・不安になりやすい性格的傾向がある。
5.孤独感と社会的協調性の低さ
・社会階層が低く、収入が少なく、他人との協調性が低い。
これを、私に当て嵌めてみましょう。
1は、私には当て嵌まりません。
科学的に分析することが、大好きです。
2は、微妙です。
科学の新しい情報は、大好物です。
ですが、美味しい店とか新しいファッションには、全く興味がありません。
一般の人から見れば、私はモロに当て嵌めるように見えるはずです。
3は、完全に当て嵌まります。
当ブログのスピンオフ・ブログのテーマを見ると、『罵詈雑言』だけでも7テーマもあり、計700余も書いています。
4は、自己分析では当て嵌まります。
ただ、正常性バイアスも見られます。
憲法9条の改正に反対しているので、憲法改正派からは、「酷い正常性バイアスがかかっている」と見えるでしょう。
5は、モロです。
社会的地位はかなり低く、肩書きは探しても見つかりません。
収入も、かなり低い方です。
現実世界も、ネット空間でも、友人は少ないことから、協調性が低いことがわかります。
3:当てはまる、2:どちらとも言えない、1:当てはまらない、の3段階で採点するなら、1は1点、2は2点、3は3点、4は2点、5は3点の、合計11点です。
15点満点で11点なので、かなり危ないですね。
陰謀論者から私を観察するなら、エセ科学信者で、体制の情報を真に受けるだけの知的弱者に見えるだろうと思います。(1が3点)
また、123便の撃墜説のような新しい考えを受け入れられない堅物です。(2が3点)
それで採点し直すと、14点になります。
閑話休題。
さて、大薗氏、榊原氏の分析ですが、大いに納得できる内容です。
(論文は公開されていますが、読んでいません。両氏には、本当に失礼な伊牟田です)
その上で、私なりに、必要条件と十分条件に分類すると、次のようになると思います。
【必要条件】
1.科学的思考力が弱い
2.閉鎖志向
【十分条件】
3.社会的無力感
4.特性不安
5.孤独感と社会的協調性の低さ
十分条件は、救いを求めているのだろうと思います。
社会的に弱い立場にあり、それを共有したり、支援してもらえる仲間にも恵まれていないため、社会の裏を抉るような陰謀論に嵌まりやすいのだと思います。
また、陰謀論に嵌まりやすい人は、新興宗教にも嵌まりやすいと思います。
ただ、新興宗教となると、旧オウム真理教では、有能な理系信徒もいたことから、単純に「科学的思考力が弱い」とも言えないところがあります。
この場合は、3(社会的無力感)や5(孤独感と社会的協調性の低さ)が、必要条件のように働いています。
陰謀論に嵌るタイプの特徴を単純化することは、簡単ではなさそうです。
個人的には、「1.科学的思考力が弱い」が気になっています。
私は、偽地震予知を調べてきました。
例えば、「電子基準点が4cm以上の沈降を示すと、数ヶ月以内に大地震が起きる」という予知手法がありました。
そこで、本当に電子基準点が沈降したら、どれくらいの位置エネルギが解放されるのか、いくつかの条件を設定して計算してみました。
その数値は、M5以上の地震が放出するエネルギに匹敵するものでした。
ところが、電子基準点の沈降が起きた時、周辺で地震は観測されていませんでした。
電子基準点の沈降は、数時間後には元に戻っているのですが、元に戻るためには、莫大なエネルギをどこからか得ないとなりません。
このエネルギの出入りは、極めて不自然です。
そこで、電子基準点は動いておらず、計測上、動いたように見えただけと、考えました。
更に、調べると、電子基準点の計測に雨が影響することを知りました。
そこで、電子基準点が沈降を示した日を調べると、ことごとく雨が降っていました。
雨が降ると、空中の雨粒で回折が起きるので、GPS衛星から電子基準点までの電波の経路が伸び、GPS衛星から電子基準点が遠去かった(沈降した)ように見えたのです。
また、GPS衛星からの電波は、地球の裏からは届かないので、水平対向に対して垂直方向の誤差が大きくなります。
これらから、「電子基準点が4cm以上の沈降を示すと、数ヶ月以内に大地震が起きる」との地震予知手法は誤りであると、結論付けました。
科学的な思考の一例だと思います。
ちなみに、位置エネルギも、回折も、中学の理科で学びます。
だから、誰でも分析できるはず、理解できるはずなのです。
にも関わらず、電子基準点を用いた地震予知は、大手通信会社まで信じてしまいました。
東大名誉教授の肩書きだけを信じ、思考停止に陥っていたのでしょう。
偽地震予知を信じることも、陰謀論を信じることと全く同じです。
自分では調べようとはしないのに、「他人が知らないことを、自分は知っている」との優越感に浸っているのです。
この優越感が、陰謀論を否定された時に、反発となって現れるようです。
否定の説明を受け入れず、新たな陰謀論を重ねるのです。
そして、新たな優越感に浸ろうとします。
社会的地位がなく、周囲に認められていない人にとって、陰謀論は優越感に浸れる至福の世界です。
だから、そこから抜け出したくないのです。
私も、社会的な地位は、皆無です。
他人に語れる実績も、どこにも見当たりません。
プロジェクトXから最も遠いところにいる技術者の1人です。
それ故、承認欲求が強く、陰謀論に嵌る人の気持ちも理解できます。
ただ、残念なことに、私は科学的に考えることが大好きなため、陰謀論に嵌まれません。
そのため、優越感は得られず、悲しい人生を送っています。
科学的な思考力があれば、陰謀論を見抜くことができます。
世の中には、著名で知的に見える人も、陰謀論に嵌ることがあります。
このタイプは、多くは文系の出身で、説明の多くが定説や学説に基づいています。
問題は、新説も、検証することなく引用しています。
それを見ると、科学的な思考力は、本当に重要なのだと、わかってきます。
最後に、陰謀論者が、大薗博記氏と榊原良太氏の5項目を自己採点したらどうなるか、想像してみましょう。
こんな感じなのではないでしょうか。
起点の一つは、基礎的な科学力が欠けていることに気付けていないのです。
「自分(あるいは孤高の研究者)が主張することは、人々の理解が追いついていないだけだ。
地動説も、進化論も、相対論も、最初は否定されていた。
真実に気付いたから、これらは認められるようになったのだ。
自分(あるいは孤高の研究者)が主張する真実も、必ず認められるようになる」
一見、マトモなことを言っているようですが、重要なことを見落としているのです。
それは、「なぜ、地動説や進化論、相対論が、人々に認められるようになったのか?」との視点です。
単純に、人々が真実に気付いたのではなく、様々な証拠(方程式や論理も含む)が提示され、他者が検証して間違っていないことが確認されたから、多くの人に認められるようになったのです。
これらの学説を、論理的に否定できなくなったのです。
自説を受け入れてもらうためには、多くの反論を聞き、一つずつ証拠を提示し、丹念に説明していかなければなりません。
「将来、人々が認めるようになる」との発想は、間違っています。
論理的に説明できないなら、それは恐らくは間違いです。
他者の意見を聞き、修正を加えるか、破棄するべきです。
真っ当な研究者も、自説が誤りであったことを認め、「xxはできないと思われる」と自説が不可能である旨の論文を書くこともあると聞きます。
自説が間違っていることは、当たり前にあることなのです。
思い付きがいつも正解なんか、あり得ません。
そのことを理解できれば、自己採点も変わってくると思います。
最後に、陰謀論者が、大薗博記氏と榊原良太氏の5項目を自己採点したらどうなるか、想像してみましょう。
1.科学的思考力が弱い
・該当しない。
科学的に思考できるから、陰謀を見抜くことができる。
科学的に思考できるから、陰謀を見抜くことができる。
2.閉鎖志向
・該当しない。
新しい知見には敏感だ。
だから、JAL123便の事故では、海底に沈む残骸の引き上げを求めている。
新しい知見には敏感だ。
だから、JAL123便の事故では、海底に沈む残骸の引き上げを求めている。
3.社会的無力感
・広義に捉えれば、該当するかもしれない。
人々は、我々が発信している事に鈍感で、関心を示してくれない。
まるで、組織に洗脳されているかのようだ。
人々は、我々が発信している事に鈍感で、関心を示してくれない。
まるで、組織に洗脳されているかのようだ。
4.特性不安
・該当しない。
ただ、人々が真実に気付けていないことには、不安を感じることはある。
ただ、人々が真実に気付けていないことには、不安を感じることはある。
5.孤独感と社会的協調性の低さ
・これは、視点が異なる。
社会が狭い価値観に縛られ、真実に背を向けている。
そんな社会に我々から働きかけているのに、協調性を主張されても逆でしょ。
社会が狭い価値観に縛られ、真実に背を向けている。
そんな社会に我々から働きかけているのに、協調性を主張されても逆でしょ。
こんな感じなのではないでしょうか。
起点の一つは、基礎的な科学力が欠けていることに気付けていないのです。
「自分(あるいは孤高の研究者)が主張することは、人々の理解が追いついていないだけだ。
地動説も、進化論も、相対論も、最初は否定されていた。
真実に気付いたから、これらは認められるようになったのだ。
自分(あるいは孤高の研究者)が主張する真実も、必ず認められるようになる」
一見、マトモなことを言っているようですが、重要なことを見落としているのです。
それは、「なぜ、地動説や進化論、相対論が、人々に認められるようになったのか?」との視点です。
単純に、人々が真実に気付いたのではなく、様々な証拠(方程式や論理も含む)が提示され、他者が検証して間違っていないことが確認されたから、多くの人に認められるようになったのです。
これらの学説を、論理的に否定できなくなったのです。
自説を受け入れてもらうためには、多くの反論を聞き、一つずつ証拠を提示し、丹念に説明していかなければなりません。
「将来、人々が認めるようになる」との発想は、間違っています。
論理的に説明できないなら、それは恐らくは間違いです。
他者の意見を聞き、修正を加えるか、破棄するべきです。
真っ当な研究者も、自説が誤りであったことを認め、「xxはできないと思われる」と自説が不可能である旨の論文を書くこともあると聞きます。
自説が間違っていることは、当たり前にあることなのです。
思い付きがいつも正解なんか、あり得ません。
そのことを理解できれば、自己採点も変わってくると思います。