豊葦原中津谷のニニギ

食糧自給率の向上を目指して! (2100年の日本へワープ)

カテゴリ:地球温暖化 > 原子力発電

アフターコロナを睨み、景気浮揚策として地球温暖化対策が一気に進む気配を感じます。

一方で、反原発論も、負けじと叫ばれています。

反原発論では、「原発無しでも地球温暖化対策はできる」と主張されています。
最終形としては、私も同じ方向性です。
最終的には、火力発電所も、原子力発電所も、日本から無くしたいと考えています。
ただ、決定的に違う点があるように感じます。


皆様は、火力発電所と原子力発電所のどちらを先に全廃したいのでしょうか。

私は、火力発電所を全廃することを優先したいと考えています。
私は、地球温暖化のリスクを非常に重大に考えています。だから、先に火力発電所を全廃したいのです。原子力発電所の全廃は、その後でも良いと考えています。

原子力発電所を全廃する目的と、火力発電所を全廃する目的とは、異なります。
だから、どちらの目的をより重視しているのか、相対的に軽視されている目的はどちらなのか、改めて考えてみるべきだと思います。


原子力発電は、発電自体では二酸化炭素は排出しません。
付帯作業では、二酸化炭素は出ますが、火力発電で排出される二酸化炭素量との比較では、無視できるくらい少ない量です。また、削減の余地はあります。
それを考えると、火力発電所を全廃する主目的である地球温暖化の対策としては、原子力発電所は有効です。原子力発電によって電力価格が高騰するとしても、優先すべきは地球温暖化対策と考えるなら、小さな問題にすぎません。
問題は、事故時の被害です。
事故をゼロにすることは不可能ですが、事故率を下げることや、事故時の被害を減らすことは不可能ではありません。
そういった可能性も追求しなければならないほど、地球温暖化は深刻なのだと思います。

原子力発電が地球温暖化対策に効果がある以上、どちらも同時と進めるとの考えは、相容れないところです。
優先度を明確にしなければ、どちらも達成できないことも考えられます。 


もう一度、問いたいと思います。
皆様は、地球温暖化を防ぐための火力発電所の全廃と、事故時の被害を避けるための原子力発電所の全廃、どちらを先に優先したいのでしょうか。

じっくりと考えてください。

複数ある発電方法を選択する流れを、擬人化して考えてみましょう。 

対象とする発電方法は、再エネ(水力を除く)、水力、揚水、火力、原発です。




まずは、長所と短所を整理しましょう。

 

再エネ君の長所は、清潔(廃棄物が少ない)であること、狭い場所(小型化)でも働くこと、任務地(設置場所)を選ばない者もいることです。
短所は、賃金(コスト)が高いこと、気まぐれに仕事をする(出力調整ができない)こと、大きな力を得ようとすると場所を取る(エネルギ密度が低い)ことです。

 

水力君の長所は、俊敏(出力調整の応答が早い)であること、従順(出力の調整ができる)であること、賃金(コスト)が安いこと、短期的には清潔であることです。

短所は、体力がない(連続運転時間が短い)こと、契約金(建設費)が高いこと、今より人数を増やせない(建設可能な場所がない)こと、長期的には不潔(ダムの解体など)なことです。

 

揚水君の長所は、俊敏(出力調整の応答が早い)であること、従順(出力の調整ができる)であること、賃金(コスト)が安いこと、他人がやった余分な仕事を貯めておける(蓄電)こと、短期的には清潔であることです。

短所は、体力がない(連続運転時間が短い)こと、契約金(建設費)が高いこと、今以上に人数を増やせない(建設可能な場所がない)こと、コンビを組ませないと仕事をしない(ダムが二つ以上必要)こと、長期的には不潔(ダムの解体など)であることです。


火力君の長所は、素直(出力の調整ができる)であること、賃金(コスト)が安いこと、食事(燃料の種類)を選ばないこと、力持ち(出力が大きい)であることです。

短所は、任務地(建設場所)を選ぶこと、かなり不潔である(大量の排ガスが出る)ことです。

 

最後は原発君です。

長所は、従順(出力の調整ができる)であること、力持ち(出力が大きい)であること、短期的には清潔である(排ガスがほぼない)ことです。

短所は、任務地(建設場所)のワガママが強いこと、ひとたび怒り出すと手がつけられないこと、長期的には極めて不潔(放射性廃棄物が出る)なことです。ただ、既に放射性廃棄物が出ているので、解雇しても不潔さは大差ない点が悩ましいところです。

 

 

さて、この条件で、誰を雇用し、誰を解雇すべきでしょうか。

仕事ぷりから考えると、火力君はどうでしょうか。

仕事ぷりも良いし、賃金も低いのですから、不潔なところに目を瞑れば、雇用すべきです。

次に雇用すべきは、水力君です。

持久力はないけど、敏捷さは抜群です。

わがままな再エネ君や、反応が鈍い原発君と組み合わせることで、緊急時にも対応できるようになります。

揚水君も採用です。

ただ、今後の仕事量は増加が見込まれています。彼らだけで、今後の仕事量をこなせそうにありません。採用を増やさなければなりません。

 

原発君は、既に雇用していますが、世間は「クビにしろ!」と言っています。

理由は事故を起こしたからです。

また、今の彼に近付くことさえ難しいほど、不潔です。

だから、原発君を増やすことは諦めた方が良さそうです。

でも、コンスタントに仕事をしてくれるので、できることなら継続雇用したいところです。

世間が推すのは、再エネ君です。

比較的清潔ですが、気まぐれにしか仕事をしない上に賃金も高く、あちこちに点在しているので、経費もかかります。

特に、気まぐれさは半端ではなく、気が向いた時にしか仕事しません。全く言うことを聞かないのです。近隣の再エネ君も、一緒になって仕事をしたり、仕事をしなかったりするので、本当に厄介です。にも関わらず、世間では再エネ君を推します。だから、再エネ君も増長し、田畑や山野を荒らし、除草剤を撒き、10年後には抑えが効かなくなるリスクを感じます。

後々を考えると、再エネ君の新規採用を控えた方が良さそうです。

 

となると、火力君を増やした方が良さそうです。

経営者として、今だけを考えるなら、昔に戻って火力君を中心に水力君を含めて雇用したいところです。

不真面目な上に賃金も高い再エネ君は雇用したくないし、真面目な原発君も賃金が高騰しそうなので、新規採用はもちろん、雇用延長も慎重にならざるを得ません。

ですが、将来的に考えるなら、今は原発君の解雇を呼び掛けている人々も、火力君の解雇を呼び掛ける声に変わる可能性が高いし、海外からは、火力君の代わりに外国人原発君の採用を要求してくるかもしれません。

地震や津波を知らない外国人原発君を採用すると、地震が起きた時に何をしでかすか、予想もつきません。絶対に、外国人原発君の採用は回避したいところです。そのためには、多少は費用が掛かっても、今の原発君を解雇するわけにはいきません。

 

 

とにかく面倒なのは、メディアです。

物知り顔で批判してきますが、実際には何も知らないのです。

どうせ、政府の見解が変われば、言うことも変わるのでしょう。

「原発を直ちに停止する」と政府が言い出したら、メディアは「日本の電力供給が不安定化する」と言うだろうと推測されます。

メディアの役目を、「政府の監視機能だ」と勘違いし、更にそこから「政府批判が役目だ」と思い込んでいます。

メディアの本当の役目は、「真実を報道する」ことです。全てに対する中立性を維持し、真実を伝えることで、国民が正しく判断できるようにするのです。

メディアが本来の仕事をするようになってくれれば、落ち着いて発電くんの採用を考えることができるのですが・・・


原発に反対される方は多くいます。
そんな中、私は中途半端な立ち位置を選んでいます。
具体的には、原発の新設には反対ですが、再稼働には賛成です。
最近では、政府も私の立ち位置ににじり寄ってきているようです。

私が原発再稼働を言うのは、もちろん地球温暖化対策です。
地球温暖化の対策は一つでも多く実施したいと考えていますが、何でもかまわないとは考えていません。
原発の力が不要になるなら、直ちに停止すべきとも考えています。
また、何でもいいから再稼働すべきとは考えていません。



一方、反原発派の中には、反原発のみが目的と化している意見も見られます。

「核廃棄物は万年単位のゴミだ。それを後世に残すことは許されない」
頭の痛い問題です。
原発を停めても核廃棄物は無くならない点で、更に厄介です。
頭の痛い問題ですが、温室効果ガスも厄介です。
深海への二酸化炭素の貫入も確認されていて、下手をすると、数千年間も海底に留まり、気候や生態系に影響を与え続ける可能性もあります。
使用済み核燃料が増えても、二酸化炭素を減らす方が重要だと、私は考えています。

「温室効果ガスには、亜酸化窒素もある。原発を再稼働しても亜酸化窒素は抑制できない」
御尤もです。
では、温暖化対策は、二酸化炭素と亜酸化窒素とメタンガスのすべてを同時に減らす必要があるのでしょうか?
温室効果ガスの発生原因が異なるのですから、それぞれに対策するのが当たり前です。
『亜酸化窒素を減らせないから二酸化炭素も減らさなくても良い』との考えは間違いです。
亜酸化窒素の削減が難しいのなら、その分も二酸化炭素を減らすべきです。
そのためには、原発がより重要な役割を担うことになります。

「温室効果ガスの多くは、自然由来だ。人工の温室効果ガスを減らしても無意味だ」
確かに。
ですが、産業革命を機に、温室効果ガスが大幅に増えていることも事実です。
二酸化炭素は1.4倍、メタンガスは2.5倍、亜酸化窒素も1.2倍も増えています。
増加分の多くは、人為由来であることは間違いないでしょう。
温室効果ガスの人為由来分を減らさない理由は見当たりません。
また、人為由来と自然由来の線引きは難しいところです。
例えば、亜酸化窒素は、農地から発生することが多いのですが、これを自然由来とするのか、窒素肥料の使い過ぎによる人為由来とするのか、線引きの基準が議論になります。
もっと厄介なのは、永久凍土からのメタンガスかもしれません。こちらは、気温の上昇でメタンガスの発生量が増えていますが、温暖化が人為由来と考えればメタンガス増は人為由来になり、温暖化が自然由来となればメタンガス増も自然由来となってしまいます。
温室効果ガスは自然由来か人為由来かを持ち出す前に、人為由来の二酸化炭素だけで毎年300億トン以上もあることを認識すべきでしょう。

「原子力発電は、安全対策で高価な電力になっている。それでも再稼働するのか?」
これは、馬鹿げた話です。
この意見を持っている方が再エネ発電にも反対するならまだしも、再エネは推すのなら完全に自己矛盾です。再エネ発電は高価な電力のため、定額買い取り制度で支えられています。価格競争力はありません。
私は、温暖化対策として再エネも原発も捉えているので、価格競争力は関係ありません。
安全対策で高価格になっても、原発の再稼働をやめる理由にはならないのです。

「原発を稼働すると再エネ発電を停めなければならない。停めるのは原発だ」
ここまでくると、再エネ発電で利益を得ているのか? と思いたくなります。もちろん、原発を停めたいだけで口実を探しているにすぎないことは、私も理解しています。
再エネ発電を止めるのは、原発を動かしたことで出力調整が可能な火力発電所を停めたためです。
再エネ発電は環境の影響で出力が大きく変動するため、不足分を火力発電が補っていました。火力発電所が、原則として出力調整ができない原発に置き換わったため、再エネ発電の出力変動に対応できなくなったのです。
ですが、原発を停めて再エネ発電をフル運転させることは、火力発電所を稼働させることを意味し、温暖化対策に逆行することになります。



「原発を廃止することが強く望まれる」と言う方とは議論できます。
ですが、「原発は絶対に認められない」と言う方とは議論になりません。
このような方とは、その方の意見にYesを言うかNoを言うかの二者択一です。
私の考えは反映されません。
ならば、まずはNoを言うところから始めるしかありません。

「原発事故で放出された放射性物質で、若い世代に甲状腺癌が増えている」
おっしゃる通りです。
私自身、癌経験者ですので、甲状腺癌が見つかった子供たちや親御さんたちの気持ちも理解できるつもりです。
一方、交通事故で命を失った方々のことも、考えます。
交通事故で命を失うと、その遺伝子は未来永劫に渡って失われます。
これを軽く見ることは、私にはできません。
見方によっては、甲状腺癌よりも重大なのです。

原発事故と交通事故を一緒に論じることに抵抗を感じる方は多いでしょう。
その根拠に、事故の規模の違いを挙げられています。
1件の事故ならともかく、年間の合計では交通事故の方が甚大です。
年間4000人以上が命を落とし、数万人が傷付きます。騒音、振動、排気などで健康被害を受ける方も膨大な数に上ります。道路建設のために立ち退きを余儀なくされる方もいます。自動車用の道路面積は、原発事故の非難区域にも比肩しうる規模です。
車を運転する方は、誰でも人の命を奪ってしまうリスクがあります。もちろん、安全運転を心がけますが、完璧に事故を防ぐことは不可能です。
原発の再稼働を認める私に交通事故を起こすことへの免罪符があるわけではありませんが、原発には完璧な安全性を要求する方が車を運転するのなら、その矛盾についての説明は必要でしょう。


2017年12月には、広島高裁が『四国電力伊方原発3号機の運転を差し止め』の判決を出しています。この判決は、日本が壊滅するレベルの噴火を想定しているのですから、原告自身が噴火で亡くなる可能性を無視できませんし、原発事故の影響範囲に踏みとどまれる可能性も極めて低いと考えられます。それにもかかわらず、原発の事故リスクだけを最悪規模で取り上げて判断した点で、司法判断に裁判長の個人的意見が投影された異様な判決でした。しかも、物証を棄却し、状況証拠を採用した点でも、反原発ありきの判決でした。
この判決には、反原発派の中にも違和感を唱える方が少なからずいました。
原発の再稼働の是非を議論するのなら、このような方と話をしてみたいと思いますが、この判決を無条件に肯定する方との議論は難しいでしょう。

原発には、様々なデメリットがあります。
同時に、メリットもあります。
そのバランスを、私が見誤っている可能性もあります。
一方、デメリットばかりを羅列する方は、そもそもメリットと地球環境の未来を見ようとしていないのではないか思えてならないのです。
そうであれば、議論は成立しないのではないでしょうか。

このような題材は、タイムリーに出すと流言・飛語となる恐れがあると思い、こんな間の抜けた時期に掲載することにしました。



9月6日午前3時8分に北海道胆振東部を震源とするM6.7の地震が発生し、苫東厚真発電所が緊急停止したため、北海道全域の大停電となりました。

経緯は、道内の電力の半分を担っていた苫東厚真発電所が停止したために、極端な電力不足に陥り、損傷を免れるために他の発電所も緊急停止したことは、報道されている通りです。

これに対し、一部で「泊原発を稼働させておけばブラックアウトを防げた」とか、「泊原発は電源喪失で危機的状態だった」とか、原発再稼動派と原発反対派の極端な主張がネットを賑わしました。

 

 

ますは、「泊原発を稼働させておけばブラックアウトを防げた」との意見です。

複数の状況が想定されますので、想定毎に確認したいと思います。

 

【想定1】

運転中の発電所は地震発生時と同じとし、かつ泊原発が再稼動可能な状態にあったと仮定します。

 

この場合、苫東厚真発電所が緊急停止してから泊原発を稼働したのでは、電力不足の解消まで時間がかかるので、ブラックアウトを防げなかったと思います。



【想定2】

泊原発と苫東厚真発電所が稼働していたと仮定します。

 

この仮定では、供給電力(約372万kW)が消費電力(当時約310万kW)を超えており、揚水発電所(約40万kW)を踏まえても、仮定そのものが成立しません。

 


【想定3】

苫東厚真発電所は2号機(60万kW)と3号機(70万kW)が稼働、泊原発は2号機(57.9万kW)と3号機(91.2万kW)が稼働していたと仮定します。

 

この場合も、2発電所だけで道内の電力の大半を賄うことになり、想定そのものが現実的ではありません。

また、北海道電力が想定していた機器故障による発電力低下分129万kWをわずかに上回るので、ブラックアウトを免れなかった可能性が残ります。

逆に、泊原発に近い場所で地震が発生し、原発が緊急停止した場合も、苫東厚真発電所が無事でも129万kWを超えるので、ブラックアウトになったと思います。

 


【想定4】

苫東厚真発電所は1号機(35万kW)と2号機(60万kW)が稼働、泊原発は1号機(57.9万kW)と2号機(57.9万kW)が稼働していたと仮定します。

 

この想定でも、2発電所の合計発電力は、地震発生時の苫東厚真発電所の発電力(165万kW)を上回ります。

この場合、どちらか一方の発電所の緊急停止には対応できたと思われます。

今回の地震では、泊原発は震度2でしたから、緊急停止はしなかったと考えられます。

従って、この想定ではブラックアウトは免れたと思います。

 


【想定5】

苫東厚真発電所は停止状態、泊原発は2号機(57.9万kW)と3号機(91.2万kW)が稼働していたと仮定します。

これは、地震発生時の発電を苫東厚真発電所から泊原発に置き換えた状態です。

 

この場合、今回の地震ではブラックアウトは起きませんが、泊原発の周辺で地震が発生した場合はブラックアウトに陥ります。

これは、泊原発が火力発電所であっても、結果は変わりません。

 

 

このような想定から、「泊原発を稼働していたらブラックアウトを防げた」とするのは単純すぎるように思います。

ただ、二つの発電所に発電を分散できる選択肢があるので、ブラックアウトを免れる運転形態が可能だったとは言えるでしょう。

 


一部に、「泊原発を動かしたいがために苫東厚真発電所に発電を集中させていた」との意見もありますが、言い掛かりのレベルです。

この意見の根拠は、苫東厚真発電所の発電力(165万kW)に対して、想定されていた余裕が129万kWしかなかったためのようです。


では、「165万kWを用意できたのか?」と考えてみると、無理だったように思われます。

9月9日時点のニュースを読むと、平日に約380万kWが必要になるが、10%程度の不足があるとしていました。

苫東厚真発電所の165万kWに対して用意できたのが129万kWですから、差分は36万kWです。

ほぼ、9日時点の不足分と一致します。

つまり、165万kW分を用意したくても用意できなかったと思われます。

また、どんな機械でもメンテナンスは必要で、厳冬期に備えて発電所のメンテナンスを行っていたと考えるのが普通だと思います。そのために、停止していた発電所があってもおかしくありません。

「苫東厚真発電所に発電を集中させたのは、『泊原発を動かしていないからブラックアウトになった』と言いたいため」と取ることもできます。つまり、苫東厚真発電所が全基停止することを期待していたことになります。
しかし、苫東厚真発電所が全基停止しするような事態は、通常であれば考えられません。ということは、地震が来ることを予知していたことになってしまうのです。
馬鹿馬鹿しいですね。

一方、北海道電力は新規の火力発電所を建設中(2019年2月運転開始予定)で、原発再稼動ができない場合を見越した対応と考えられます。
調べたところ、この発電所は、東日本大震災の半年後の2011年10月に、北海道ガスの石狩LNG基地に共同開発の形で参加するが決まり、建設計画がスタートしたようです。東日本大震災発生直後から計画がスタートしていても、今回の地震の前に発電所を間に合わせることは難しいことが分かります。

これらから、「泊原発を動かしたいがために苫東厚真発電所に発電を集中させていた」というのは、言い掛かりでしかないことが分かります。

 


 

「泊原発は電源喪失で危機的状態だった」との意見もあります。

これは、極端な主張に思えます。

泊原発では、燃料プールを連続的に冷却できていました。

外部電源が切れただけです。

「非常用電源の燃料は7日間しか持たない」との意見もありましたが、本当に危機的な状況とは、7日以内に外部電源が復旧せず、非常用電源の燃料補給もできず、ポンプ車の水も切れた場合でしょう。

この場合、燃料プールの水温は上昇を始め、タイムリミットがある危機的な状況となります。

では、原子炉を運転中だったとします。

この場合、今回の地震ではブラックアウトになりにくく、想定が変わります。

 

想定するなら、原子炉を運転中で、かつ原発周辺での地震だったとすべきで、この時に最も深刻になります。

もし、苫東厚真発電所がメンテナンスで全機停止していたなら、原発の緊急停止で道内ブラックアウトとなりかねません。

となれば、外部電源喪失で、送電線網にも被害があったなら、当面は非常用タービンと非常用電源が頼りになってしまいます。

どうやって非常用電源を維持するのか、例えば、陸路、海路、最悪は大型ヘリによる空路で燃料を補給する等の想定を考えるべきであり、批判するなら、このような想定と対策を講じていないことに対してでしょう。
揚げ足を取っても、何も解決はしません。



私は、原発再稼働に賛成の考えを持っています。
しかし、たとえ再稼働に賛成する意見であっても、根拠の薄い議論は嫌いです。
目先の意見ではなく、長く見通す考えが必要でしょう。

気象庁は、国際機関などと協力し、
太平洋を4海域に分けて、1990年以降の海水の観測データを調べたところ、
水素イオン指数(pH)は、10年あたり0・014~0・021低下し、
酸性化していたことがわかりました。
いずれの海域も、現在のpHはまだアルカリ性の8・005~8・092ですが、
気象庁は
「産業革命以降の世界平均に比べて、近年の太平洋の酸性化は非常に進行が早い」と
分析しています。



  下図(国土交通省 国土交通白書2013より)は、東経137度に沿ってpHの変化を調査した気象庁のデータです。(前述の研究発表とは関係がありません)
イメージ 2
(リンク⇒http://www.mlit.go.jp/hakusyo/mlit/h24/hakusho/h25/html/n2871c00.html

国連の「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」は、
産業革命以降の約250年間に、
地球全体の海洋のpHは、10年あたり0・004低下したと報告しています。
気象庁が発表したデータは、
太平洋の酸性化が加速していることを示しています。


 
当ブログでは、海洋の酸性化についても触れています。
(下記アドレス参照)
 
そのことを、気象庁は、より詳細に研究・発表しました。
もう猶予は無さそうですね。
原発を止める前に、火力発電所を止める活動をしましょう。
 

2014年に発表されたIPCCの第5次統合報告書では、
人類活動が温暖化の主な要因である可能性が95%以上と断定しています。
産業革命後の気温上昇を2℃未満に抑えるには、二酸化炭素の総排出量を
2兆9000億トンに留める必要があるとしています。
既に、1兆9000億トンの二酸化炭素が排出されているので、余地は1兆トンです。
2011年の世界の排出量は350億トンでしたので、30年で許容量に達します。

 
IPCCの報告書にはありませんが、日本に許される排出量はどれくらいでしょうか。
人口比では、約50分の1の200億トンです。
現時点の二酸化炭素排出量の比率では、約25分の1の400億トンです。
GDP比では、約14分の1の700億トンです。
 
これに対して、日本の年間の二酸化炭素排出量は、約13億4000万トンです。
それぞれの猶予年数は、
人口比では15年、二酸化炭素排出量比では30年、GDP比では52年です。
いずれにしても、今世紀末までに猶予を使い果たすことになります。
 
発電由来の二酸化炭素排出量は、約4億5000万トンです。
ですが、震災前と比べると、発電由来の二酸化炭素排出量は約1億トン増えています。
もし、原発を震災前と同等の稼働率に上げると、それぞれの猶予年数は、
人口比では16年、二酸化炭素排出量比では32年、GDP比では56年です。
僅かな差ですが、私には貴重な時間だと思います。
 

地球温暖化は嘘!」と思うのは勝手です。
ただ、地球温暖化は嘘だとしても、低炭素社会を目指すべきでしょう。
 
 
あるネット・ニュースに「原発再稼働が必要」とコメントを書いてみました。
そのコメントに「原発を稼働したら地球の気温は下がるのか?」と返信がありました。
返信には、「温度上昇がほんの少し緩やかになるだけ」と回答しました。
 
回答に書いたとおり、植物が吸収できる量の3倍の二酸化炭素を排出しています。
植物に取り込まれなかった残りの三分の二はどうなっているかと言うと、
三分の一は海水に吸収されています。
植物にも海水にも取り込まれなかった二酸化炭素が大気中に滞留しているのです。
 
海水に溶けた二酸化炭素は、海水を酸性化すると同時に、深海に流れ込み、
深海の酸欠を引き起こそうとしています。
元々、酸素濃度が低い深海に棲む生物にとって、二酸化炭素の流入は致命的になる
可能性があります。
 
また、現在のペースで二酸化炭素が増え続ければ、二万年後くらいには大気中の
二酸化炭素濃度が二酸化炭素中毒を起こすレベルになります。
そして、四万年後には、人類は二酸化炭素中毒によって絶滅する計算です。
 
 
地球温暖化が嘘か本当かはおいておくとしても、
低炭素社会を目指さなければならない理由はいくらでもあるのです。
 

原発再稼動を望む私を知る方には不思議に思えるかもしれませんが、大間原発訴訟の判決はショックなのです。

私が原発新設に慎重なのは、主に二つの理由からです。
一つは、原発が寿命を迎え、廃炉にした後です。
現状の廃炉方法では、原発の敷地内に新たな遮蔽物で囲まれた地下保管庫を作り、核燃料を除く原子炉本体やコンクリート等の遮蔽材を保管します。
おそらく、百年単位で定期的に地下保管庫を更新する必要があるはずで、(地上部分を公園などに整備することは不可能ではないが)半永久的に更地に戻すことはできないと思われます。

もう一つは、原発の敷地が事実上の核燃料最終処分場を兼ねてしまう可能性が高いことです。
現時点で、日本国内には核燃料最終処分場は存在しません。また、核燃料最終処分場が建設される見込みも立っていません。
一度、核燃料が原発内に持ち込まれたなら、再処理で一時的に外部に出ることはあっても、最終的には敷地内に戻されることになります。

つまり、原発は、事実上の最終処分場を兼ねることになってしまうのです。

 

一方で、私は再稼動には賛成の意見を持っています。

既に稼働している(過去に運転実績がある)原発は、再稼動の有無に関係なく、廃炉作業では地下保管庫に原子炉等の放射性廃棄物を保管するしかなく、使用済核燃料を敷地外に搬出できる見込みもないのです。

ならば、再稼動して、可能な限り二酸化炭素排出量の削減に役立てた方が、日本の将来のためにメリットが大きいと考えているのです。

 

 

さて、大間原発ですが、私なら核燃料の搬入禁止の訴訟を考えます。

核燃料搬出の計画が存在しない以上、事実上の最終処分場の扱いになります。

「最終処分場の建設を認めたわけではない」として、「最終処分場の建設と大間原発の核燃料と廃炉時の放射性廃棄物受入の契約成立まで、核燃料搬入禁止」を求めるのです。

 

でも、私は原発再稼動派ですから、訴訟を起こせば、被告は、その部分から切り崩してくるでしょう。

それに、安全性を争点にしない私を受け入れる原告も居ないはずです。

原告側は原告側で、最終処分場問題を絡めた訴訟は、大間原発の最終処分場化に繋がると考えるでしょうから、あくまでも安全性に特化した訴訟を続けるはずです。

ただ、安全性に対する要求値が、原発だけ『悪魔の証明』と同じ考え方になっており、どんなに安全性を追求しても「想定外は起こり得る」の一言で否定するので、議論にならなくなっています。

一方で、原発側は論理的に安全性を積み上げていっており、真っ当な裁判が行われる限り、反対派の意見は通り難いのは当然でしょう。

今回の裁判においても「銭亀カルデラ」を持ち出していますが、このカルデラは直径2kmほどの小さなものです。

その割には、噴出物の量は3~4km³とされています。

これは、カルデラの容積(約0.15km³)と矛盾します。

概ね、カルデラの容積と噴出物の量は一致するので、20倍も違う噴出物の推定値に誤りがあると考えるべきです。

そう考えると、大間原発周辺にテフラが無いのも頷けるところです。

 

このように、原発に被害が出るように自然災害の規模を無制限に拡大していき、それをもって原発を止めるべきと言っても、「何が何でも原発を止めたい」と考えている裁判官に行き当たるまで、勝訴の可能性はありません。

つまらない『無限の安全』を求めるのではなく、現実に即した判断をして、私のように「再稼動は賛成だが、新規は反対」といった考えに傾いてくれることを願っています。

 

高温ガス炉と呼ばれる原子炉があります。
この原子炉については、一度触れたことがありますが、
詳細な記事を見つけたので、リンクを貼っておくことにしました。
 
 
Science Portalより
 

以前、話題にした温排水について、簡単にまとめてみました。
 
まず、計算の前提条件を列記しておきます。
 
1.熱効率は、発熱量から取り出せる電力の割合とする。
2.各発電方式毎の熱効率は、以下のように決める。
   原子力発電=30%、火力発電=40%、コンバインド発電=60%
3.ボイラーの熱効率は、85%とする。
4.ボイラーの排熱は、全て排気として大気に放出されるものとする。
5.ボイラーの排熱、及び発電力以外のエネルギは、温排水になるものとする。
6.コンバインド発電は、一段目をガスタービン、二段目を火力発電とする。
  一段目の排気は、全て二段目のボイラーに利用され、効率は85%とする。
 
この条件で、温排水として捨てられる熱をグラフにしてみました。
 
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一目でわかるように、原子力発電の温排水の量は、他の発電方式に比べ、圧倒的に多いことが分かります。
コンバインド発電に比べれば、二倍をはるかに超えます。
温排水だけを考えれば、原子力発電が最も環境負荷が高いことになります。
 
さて、火力発電(コンバインド発電を含む)の弱点の一つは、二酸化炭素排出量ですが、今回は、それを無視して話します。
 
前述のように、温排水の量は、原子力発電が極端に多いのですが、地球環境に排出される熱としては、少し状況が変わります。
まず、原子力発電では、温排水以外の排熱は、基本的にありません。
ですが、火力発電では、10~15%が排気ガスの形で大気中に熱を放出します。
また、発電した電力も、照明であれ、動力であれ、冷暖房であれ、大半は最終的に熱の形で環境に残ります。
これらを考えると、実質的には、熱に関しては、熱効率に比例して環境に負荷をかけていることになります。
 
それを踏まえても、原子力発電は、排熱に関しては最も環境負荷が高いことになりますが、差はいくらか減ってくることが分かると思います。
 
あとは、
二酸化炭素の問題、放射性廃棄物の問題、事故時の問題などを
総合的に考えて、どの発電方式を選ぶのか、
それぞれが考えるべきだと思います。
 
 

2年近く続いた原発ゼロ期間中、各地で原発周辺の海洋環境が劇的に改善したとの報道が相次いでいます。
 
「それまで浜辺に魚などの死体が打ち寄せられていたのが、川内原発が運転を止めてからピタリと止まりました。劇的な変化でした」とは、反原発団体の弁。
川内原発の稼働中、近くの浜辺には毎日のようにサメやエイ等の大型魚類、クジラやイルカ等の海生哺乳類、ウミガメ等の死体が海岸に漂着していたそうです。
ところが、2011年9月の運転停止以降は、それらが一切なくなったそうです。

※「毎日のように~漂着」は、ちょっと誇張されているように思います。
 クジラが漂着すれば、間違いなくニュースになります。
 ですが、川内原発運転中も、そのようなニュースを聞いた記憶はありません。
 温排水により、周辺の生態系が影響を受けることは事実です。
 それを、曇っていない目で監視することが大事です。
 「反原発」で濁り切った目では、真実は見えてきません。
 
 
海水1度の温度上昇は、気温では3~4度の上昇に相当すると言います。
温排水温度は、取水口の海水温度+7℃までと規制されています。
出力100万kWの場合、毎秒約70tの温排水が出ます。
火力発電所も温排水を出しますが、原発の熱効率は30%程度なのに対して、火力は40~60%なので、出力当たりの温排水の量は火力の方が少なくなります。
(火力の方が温排水温度が低いとの報道がありますが、間違いです)

更に言うと、火力発電所は排気の形で大気に熱を逃がしていますが、原子力発電所は大気に熱を逃がしません。
大気に逃がす熱の問題は、反原発派は無視しているのです。
火力発電所の排気は、酸欠であり、一酸化炭素や亜硫酸ガス等の毒性を持った成分も含まれています。
反原発は、これらも無視しています。
反原発派は、原発だけがで、それ以外はと考えています。
再生可能エネルギー発電所で使用される除草剤もであり、20年後には大量に放棄されるであろう再生可能エネルギー発電所もなのです。
原発との比較を拒み、原発だけを悪者にし、それ以外の問題は全てスルーするのは、如何なものかと思います。


このような偏った考えは、温排水の評価でも起こっています。
火力発電所の温排水対策としては、湾外の外洋までパイプを伸ばす方法があるとされています。
ですが、温排水の影響を、一般の目に留まらない場所に移動させるにすぎません。
一部の報道では、この仕組みを持って「火力の温排水は問題ない」としています。
でも、この手法は、単純に原発にも応用可能なので、明らかに、反原発を目的とした公平性を欠いた報道です。
このような出鱈目な報道が、安全神話を作り出し、新たな危険を産み出すのです。
 
原発は、現時点で必要な発電設備です。
だからこそ、安全性が担保されなければなりません。
安全には、正しい報道、公平・公正な報道が、絶対条件になるのです。
発信する側が感情論で報道することは、大本営発表と何ら変わることがないと、報道に携わる人達は知るべきなのです。
 

原発の設計思想は、「フェールセーフ」ではなく、「フォールトトレラント」だ!
と言う方が居られるようです。
 
「フェールセーフ」とは、
故障時にもシステム全体は安全側へ働く(危険にはならない)仕組みのことです。
「フォールトトレラント」とは、
故障してもシステム全体が停止しないようにする仕組みのことです。
 
この二つを反対の意味のように捕えているようですが、
フォールトトレラントは時として、フェールセーフの一部として機能します。
例えば、飛行中の航空機が、一つの故障で全エンジンが停止するようなら、
危険極まりないでしょう。
ですが、フォールトトレラント設計なら、エンジンは停止せず、
フェールセーフとして働きます。
 
 
原発の設計思想が「フェールセーフ」なのか、「フォールトトレラント」なのか、
私は証拠を持っていません。
ただ、緊急炉心冷却装置を初めとする安全設備の類の多くは、
間違いなく「フォールトトレラント」とは真逆に働く装置です。
その意味では、
原発の安全設備は、少なくとも「フォールトトレラント」設計ではなさそうです。
 
ただ、原発の安全設備で、気になる点もあります。
耐震設計において、
原子炉圧力容器より緊急炉心冷却装置の方が脆弱だと聞いたことがあります。
もし、それが事実であれば、ちょっとおかしいんじゃないでしょうか。
 
 

科学的な考察が必要な案件は、司法の場で判断する事は現時点では無理!
なのではないかと私は思っています。
 
 
古い話ですが、2015年4月に福井地裁が出した
『関西電力高浜原発3、4号機の再稼働差し止めを命じる仮処分決定』
に対して、原子力規制委員会は
「事実誤認がいっぱいある。私共の取り組みが理解されていない」と反論しました。

2017年12月に広島高裁が出した
『四国電力伊方原発3号機の運転を差し止め』
については、既に当ブログでも、スピンオフのブログでも扱っています。

『原子力発電の賛否について 3』
リンク:http://imutakatumi.officialblog.jp/archives/22912557.html

『阿蘇山と伊方原発 1』~『阿蘇山と伊方原発 5』
リンク:https://ameblo.jp/imutakatumi/entry-12469423430.html
    https://ameblo.jp/imutakatumi/entry-12469423439.html
    https://ameblo.jp/imutakatumi/entry-12469423446.html
    https://ameblo.jp/imutakatumi/entry-12469423452.html
    https://ameblo.jp/imutakatumi/entry-12469423462.html



ここからは、私が気付いた点を書きます。
 
福井地裁の判決では、宮城内陸地震で観測された4022ガルを例に、
原子力規制委員会が推定した973.5ガルを超える地震は来ないとの
確実な科学的根拠に基づく想定は本来的に不可能であるとしています。
 
原子力規制委員会が推定した973.5ガルの正当性は置いておくとして、
問題は、ガルに拘っていることです。
 
建築家の間では、ガルよりカインが地震被害に一致することが知られています。
また、地震動から受けるエネルギを算出する際、
カインは二乗すれば(単位質量当たり)エネルギになりますが、
ガルだけではエネルギを計算できません。
つまり、ガルは、地震から受けるエネルギとは直接の関係はないのです。
だから、ガルよりもカインの方が地震被害と一致するのです。
 
 例えば、宮城内陸地震と阪神淡路大震災を比較すると
宮城内陸地震の4022ガルに対し、阪神淡路大震災は818ガルです。
これをカインで比較すると、それぞれ50カイン以下と91カインとなります。
阪神大震災の方が被害は甚大だったのですから、この数値もうなづけます。
少なくとも、
ガルの単純比較は、地震の強さを科学的に比較することにはならないのです。
 
ところが、
判決は、ガルばかりを比較しています。
原子力規制委員会がカインでチェックしていないと指摘するなら理解できます。 
ですが、福井地裁の判事たちは、
973.5ガルを4022ガルと比較して満足しているよう見えてしまいます。
 
原子力規制委員会は原発のプロです。
それを、素人の判事が上から目線で判決を出すのですから、無理があります。
例えるなら、
プロ野球の審判に対して、野球のルールも知らない素人がケチをつけ、
退場を言い渡したようなものです。
 
 
もし、司法で裁きたいなら、
科学部門を専門とする判事や弁護士、検察官を常設するべきでしょう。
 
私は、原発再稼働派ですので、公平な目で見れているとは限りませんが、
司法の科学面の実力は、少々レベルが低すぎるように思えます。
 
結果、判決は裁判官の感情が表に出てきてしまっているように思えます。

原発廃止論者は、なぜ車には乗り続けるのでしょうか?
 
原発事故関連死を加えても、交通事故死者数には遠く及びません。
負傷者数に至っては、避難者数を軽く一桁超えています。
 
「交通事故と原発事故は違う」
そう言われるかもしれませんが、
原発事故で死ぬのも、交通事故で死ぬのも、被害者の立場なら全く同じです。
もし、あなたの家族が交通事故で亡くなった場合、
加害者に「交通事故だから仕方がない」と言えますか?
少なくとも、そんな気持ちにはなれないでしょう。
 
 
見方を変えましょう。
ドライバーが一年間に死傷事故を起こす確率は、約1%です。
これは、1%の確率で加害者になると言うことです。
原発事故に当てはめるなら、電力会社の立場になると言うことです。
 
原発反対派は、なぜ平気で車に乗れるのですか?
自分が交通事故を起こす危険性は無視するのですか?
滅茶苦茶に身勝手ではないですか?
 

自動車が生活に必要であるように、
原発は、地球温暖化の防止策の一つとして有用です。
停めるわけにはいかないのです。
だから
私たちは、事故の経験を次に活かしていくべきなのです。
 自動車が死亡事故を減らしてきたのと同じように・・・
 

自動車の安全性は、積極的安全性と消極的安全性に分けて考えられています。
積極的安全とは、事故を回避するための仕組みを指します。
消極的安全とは、事故発生時の災害を最小にする仕組みを指します。
 
自動車における積極的安全は、ABSや運転支援システムなど、事故を回避する
ための装置がこれにあたります。
消極的安全は、シートベルトやエアバッグ、衝突安全ボディなど、事故時に乗員や
歩行者の受傷を軽減するための装置がこれにあたります。
 
 
この考え方を原発に展開すると、積極的安全は機能していたと分かります。
緊急炉心装置は動作し、非常電源も機能していました。
それでも防ぎきれない津波が押し寄せ、事故に至ったわけです。
問題は、この事故の被害を最小にするための対策がなされていなかったことです。
シビア・アクシデントのコンピュータ・シミュレーションにより、どう対策すれば
事故の被害を最小限に抑えることができるのかを検討し、訓練に生かしておくべき
だったのではないでしょうか。
 
  
過去のBlogにも書いていますが、
今回の事故の経験が未来に生かされるようにしっかりと解析しておくべきです。
 
自動車も、事故件数は過去最悪級ですが、死者は4分の1に減っています。
消極的安全の対策が進んだ結果と思います。
(自動車分野の積極的安全対策が不十分とも言えますが・・・)
原発でも、消極的安全にも目を向け、対策に反映していってもらいたいものです。
 

原発再稼働派の私ですが、原発新規建設には必ずしも賛成していません。
と言うのも、核廃棄物の最終処分場は、このままでは原発敷地内になってしまいます。
新規に原発を建設する事は、新しい最終処分場を増やす事に繋がりかねないと考えているのです。
 
では、原発後のベース電源はどうするのか?
その答が、核融合発電です。
核融合発電も、遮蔽材の放射能化が問題ですが、廃棄物の量も程度も楽になります。
最終的には、完全にクリーンな核融合が可能になると考えられています。
その核融合の実用化に向けた新しい武器が、一つ見つかったようです。
 
自然科学研究機構・核融合科学研究所と九州大学応用力学研究所は、プラズマの磁気面が破壊された状態がプラズマの流れをせき止めてしまうブレーキ現象を、核融研の大型ヘリカル装置(LHD)による実験で観測し、英科学誌ネイチャー・コミュニケーションズに発表しています。

プラズマの流れの構造を高精度で計測する手法と、磁気面の壊れを検証する解析法を使い、LHDで磁気面が破壊した時のプラズマの流れを同時計測したそうです。
磁場のねじれを弱くすると、プラズマの磁気面が破壊する現象が起きることは理論上で分かっていましたが、前述の計測では、予想を5倍以上も上回る流れのせき止めが起こり、流れがほとんど止まるブレーキ現象を突き止めました。
プラズマの温度が上がると乱れが生じ、周囲をかき混ぜて温度を下げてしまうのですが、乱れが発達して流れが発生すると、乱れによる渦をすりつぶす働きがあり、温度が高くなります。
 
ローソン条件が核融合のカギですが、プラズマの流れをコントロールできれば、ローソン条件を超えるための武器になるはずです。
 

経済産業省は、
2016年7月時点で運転を始めてから40年を超える原発7基について、
電力会社が廃炉を選んだ場合、1基あたり平均210億円ほどの損失が生じると
対象は、関西電力美浜1、2号機(福井県)、高浜1、2号機(同)、
日本原子力発電敦賀1号機(同)、中国電力島根1号機(島根県)、
九州電力玄海1号機(佐賀県)です。


ところで、CO₂を処分するために必要な費用は、いくらぐらいかかるのでしょうね。
計算したことも、調べたことも、ありませんが、石油代金より高いと思いませんか。
 
原発は、再稼働しても、再稼働しなくても、いずれ廃炉にしなければなりませんよね。
再稼働した場合、CO₂の排出を抑えられるのだから、CO₂処分費用は減るので
その費用も加算すると、210億円じゃなくて莫大な金額になりそうです。
 
近い内に、CO₂処分費用を計算してみますね。
ただ、人工的な処理方法が難しいですね。
CO₂は化学的に安定していますから・・・

アメリカのロッキード社が、小型核融合炉の開発に乗り出しています。
「核融合において、飛躍的進歩を果たした」として、トラックの荷台に納まるほど
小型化が可能になったそうです。
しかも、最初の実用的な原子炉は、10年以内に準備が終わるとしています。
 
原子炉の形式は発表されていませんが、複数タイプの磁場封じ込め方式を組み合わせたもののようです。
燃料は、重水素と三重水素の核融合で、出力は、10万kWとしています。
この方式では中性子が出ますが、将来的には燃料を変更することで、中性子が出ないようにできるとしています。
中性子は、遮蔽が必要であると同時に、遮蔽材を放射化してしまいます。
このため、放射性廃棄物を生み出すことになります。
また、三重水素は、β崩壊する放射性物質でもあります。
ただ、使用済み核燃料は放射性を持たないので、大気中に出ても問題ありません。
 
将来的には、核分裂方式の原発は、核融合の原発に変わるべきです。
それは、安全性の面でも、核燃料の供給の面でも!
 

あなたは原発事故で死にたいですか?
 
100人に聞けば、100人とも原発事故では死にたくないと答えるでしょう。
 
では、
あなたは津波や地震で死にたいのですか?
あなたは交通事故で死にたいのですか?
あなたは殺人で死にたいのですか?
あなたはテロで死にたいですか?
あなたは戦争で死にたいですか?
あなたは餓死したいですか?
 
少なくとも、私はどれでも死にたくないです。
老衰は避けられないとしても、できることなら病気でも死にたくはありません。
(癌患者ですが、できることなら癌でも死にたくはありません)
 
 
現在の日本では、死因の第一位から第四位までは病死です。
死因の第五位は、老衰です。
この順位は、日本が幸せな国だと示しています。
第六位は、不慮の事故です。(交通事故や業務上の災害など)
第七位は、自殺です。
第八位から第十位も、病死です。
 
ここまでで、死因の80%以上になります。
これ以降も、病気が続きます。
 
 
殺人ですが、年間400人程度です。
テロや戦争で亡くなる方はいません。
 
異論は多いでしょうが、
福島第一原発事故の直接的な原因で亡くなった方もいません。
 
 
例えば、交通事故では、年間4500人が亡くなります。
最も多い時期の4分の1まで減らしました。
多くの犠牲と研究開発の成果でここまで減らしましたが、
今も多くの人が傷付き、亡くなっていきます。
それでも、「自動車を廃止しろ」との声は、ほとんど聞こえてきません。
 
なぜでしょうか?
 
自動車が私たちの生活に必要だと、分かっているからです。
だから、交通事故のリスクに甘んじているのです。
 
原発はどうでしょうか。
間違いなく地球温暖化対策の最大の武器になるのに、それが理解されていません。
温暖化対策は、待ったなしの状況なのに、それが理解されていません。
温暖化は食糧不足を引き起こし、死因の上位に餓死が上がってくるかもしれません。
 
「食糧不足や地球温暖化対策は、科学技術が進めば解決できる」と思っている方。
この記事を見てください。
 
 
では、改めて伺います。
あなたは餓死したいですか?
 

2012年7月23日、地球至近を猛烈な太陽風が吹き抜けていきました。
この太陽風は、1989年にカナダ・ケベック州で大停電を発生させた太陽風の2倍におよび、155年前の「キャリントンフレアにも匹敵する威力があった」と、NASAが発表しました。
 
カナダは、北磁極に近いため太陽風の影響を受けやすい、地理的に送電線網が長い等、太陽風による停電が発生しやすい条件が揃っています。
そのために、大規模な停電になってしまったのかもしれません。
でも、電力の安定性のための取り組みが浅い場合、太陽風とは関係なく大停電になる危険性が増大します。
 

1987年7月23日、首都圏で大規模な停電が発生しました。
この停電の直接の原因は、猛暑による冷房需要の増加でしたが、隠れた原因にインバータ・エアコンがありました。
通常、需要が増えると、発電機の負荷が重くなるので回転数も落ちます。
発電機の回転数は周波数と一緒なので、エアコンの交流モータも回転数が落ちます。
モーターの消費電力は、回転数に比例するので、回転数が落ちることで需要が減り、発電量と釣り合うところで周波数の低下は止まります。
ところが、インバータ・エアコンは、周波数が落ちても消費電力は落ちません。
なので、周波数はドンドン低下し、最後には発電機が電力系統から脱落していきます。
これが、首都圏大停電の経過でした。
 
インバータが一般化した現在では、電力系統は、発電側が必要時に必要なだけ発電するための十分な余力を持っていなければ、安定的に電力を供給することはできないのです。
 
 
今、原発廃止論が趨勢を占める勢いです。
原発は、出力を変化させる発電所ではありませんが、一定の出力を出し続けてくれます。
これに置き換えようというのが、出力を制御できない自然エネルギー発電です。
 
需要は変化するものです。
需要に合わせて変化させるのが、発電です。
その発電を制御できない自然エネルギーに任せると、どうなってしまうのか、誰にでも分かると思います。
 

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