豊葦原中津谷のニニギ

食糧自給率の向上を目指して! (2100年の日本へワープ)

カテゴリ: 癌日記

日曜日の夕方から、病院近くのホテルに移動し、今日の検査の準備をしていました。
なので、blogの更新は二日ぶりです。
 
きのうは、朝から検査食しか食べていなかったので、移動中にお腹が空いて閉口しました。
ホテルに入ると、直ぐに検査食の中の間食を食べました。
間食には、粉末のジュースがあったのですが、マドラーが無いので指で掻き混ぜました。
検査食の夕食は、粉末スープでした。
ジュースと違い、熱湯を混ぜなければならないので、指ではできないし・・・
仕方が無いので、歯ブラシの柄で混ぜた。
指定された薬を飲んで床に就いたのですが、時計のように正確に、1時間10分間隔で目が覚めるのです。
目覚ましは、午前4時20分にセットしていましたが、簡単に目覚めました。
4時半に、最初の下剤を飲み、 5時からは、千八百ミリリットルの下剤を十分ごとに飲むのです。
8時20分にホテルを出て病院へと向かいました。 
 
大腸カメラは、予約よりも少し遅れて始まりました。
「八割から九割の方が使われますが、鎮静剤は使わないのですか」
予想を超える高い比率に驚いたが、「大丈夫だと思います」と言って断りました。
ぼうっとしている間に何をされるかわからない(?)のが嫌だからです。
始める前に言われていたとおり、長々と検査は続きました。
何度もワイヤー状の器具を入れ、男女それぞれ二人のスタッフが相談しながら進められていくのです。
クリニックでは、大腸カメラの映像が見えたのですが、この病院では、大腸カメラのレーダードームが邪魔になって、映像が見えません。
気にはなるですが、どうしようもないと諦めました。
散々、腸の中を見られた後、「病変を見てきましたが、今から一番奥まで見ていきます」と言われ、うんざりで
した。
結局、五十分位は掛かったと思います。
だから、続けて予約していた注腸検査(大腸透視撮影)の予定に食い込んでしまいました。
急いで注腸検査室に移動したのですが、そこで三十分は待たされました。
急いで損をした気分です。
 
注腸検査は、お尻からバリウムを注入して、胃透視のように可動式ベッドの上で、体の向きを変えながら撮影します。
始まって直ぐに、「腸の働きを抑える注射を打ちましょう」と言われ、看護師がやってきて、うつ伏せの私に注射を打っていきました。
注射が終わると、更にバリウムを入れられました。
バリウムを入れるのも不快でしたが、それ以上に、腸を膨らませるために入れる空気の方が不快でした。
ポンプで、しゅぽしゅぽと空気を入れられるのです。
お腹の中で、ガスが溜まるように膨らんでいくのが分かります。
それも、お尻に近い方から順番に膨らんでいくのです。
パンパンに空気を入れられた後、お尻に差し込まれていたホースを抜かれました。
抜く際に、「漏らさないように注意してください。お尻に力を入れて」と言われるのですが、どこに力を入れればいいのか、分からないのです。
意外に難しいと、妙なところで感心しました。
撮影が終わると、いそいそとトイレに連れて行かれました。
トイレに入っても、直ぐにはガスが出ないので、ちょっと焦りました。
でも、しばらくすると、ガスとバリウムが出て、ほっと一息つくことができました。
 
結局、一週間の休みは癌のせいで無くなり、おまけに今日も休むことになりました。
明日も、午前中は主治医の説明を聞くために、仕事はお休みです。
合計で、10.5連休になりましたが、最悪の連休でした。

医師は、内視鏡の写真の染色部分を見せながら、「色がついていない部分が変異しています」と説明してくれました。
変異とは、癌化を意味します。
やはり、癌でした。
注腸検査の結果と見比べながら、「深さは分かりにくいですね」と悩み顔。
「検査の結果でも、カンファレンスとなっています。今日の午後にカンファレンスがあり、内科医や他の医師とも相談して決めます。その結果で、手術にするか、内視鏡で取るかを決めましょう」
「二十四日にCT検査する予定にっていますので、その後で結果を聞かせてください」とお願いしました。
医師は、診察予約を取ってくれました。
午後から仕事に戻りましたが、いつ手術になるかわからないので、長いスパンの仕事はできません。
だから、雑用に終始することになりました。

私の通う病院は、予約時間の三十分前に着くのが原則です。
再診手続きを済ませ、内視鏡検査室に行きました。
内視鏡室では、最初に通常の大腸カメラで病変を確認し、超音波内視鏡に変えたのですが、これが思うように動作しなかったのです。
悪戦苦闘の結果、超音波内視鏡は正常に動作するようになったのですが、苦労したにもかかわらず、病変の深さがはっきりしなかったです。
最後に、通常の大腸カメラにして、病変から検査片とポリープを取りました。
内視鏡で時間がかかりましたが、追加で通常の腹部レントゲンを二枚撮影して、検査は終わりました。
 
検査後、土曜日の外来をしない担当医が、駆けつけてくれました。
一通りの説明を聞いた後で、手術をすることが決まりました。
手術は、翌年の一月十七日、入院は二日前の一月十五日に決まりました。
なお、正確には大腸癌ではなく、直腸癌だと教えてもらいました。
 
これで、私の覚悟も決まりました。
かえって、すっきりした気分に変わりました。
 
 
ここで、今年の私の定期健康診断の結果の一部を公開したいともいます。
 白血球数      4100 /μl
 血色素量      17.1 g/dl
 GOT       23   IU/l
 GPT       18   IU/l
 γ-GPT       14   IU/l
 総コレステロール 211.0 mg/dl
 尿酸         4.3  mg/dl

上記以外の数値を含め、異常値はありませんでした。
大腸癌の初期診断項目である便潜血も、異常はありませんでした。
まあ、身長・体重・腹囲等は・・・ちょっと・・・
 
でも、肝心なことは、健康診断を過信しないことです。
私の場合は、たまたま2年前のポリープ切除時の医師の指示に従ったことで見つかりました。
こんな偶然がたびたびあるとは思えません。
皆さんも、定期的に大腸カメラや胃カメラなどで見てもらうことをお勧めします。


午後からCT検査があるので、また病院に行きました。
CTでは、造影剤を静脈に点滴で入れます。
「お尻も熱くなりますが、心配ありません」と言われたのですが、何のことかなと思っていたら、体が火照ってきました。
それが、点滴から1分も掛からないのです。
静脈から心臓を通り、肺でガス交換した後、心臓に戻ってから全身に循環していくはずです。
こんなに遠回りするのに、1分も掛からずにお尻にまで届くのです。
人間の循環の速さには、驚かされました。
 
入院の手続きを済ませ、診察です。
CT検査の結果、肝臓への転移はないこと。
これで、今回の癌は、勝算が高くなったと、心の中でガッツポーズ。
もちろん、完全に安心できるわけではありません。
CTの輪切りの間隔は、五ミリ単位。
癌細胞の大きさが五ミリ以下だと、CTに映らない可能性もあります。
正確には、大きさが五ミリを超える癌は無いということでしょう。
それでも、いい結果には違いありません。
「癌ですから、五年間は様子を見ていただく必要があります」と医師には釘を刺されました。
昔は二年生存が目安でしたが、今は五年生存だそうです。
 
癌との闘いは、優勝が無いトーナメント戦のようなものですね。
一度でも負ければ、そこでおしまい。
死ぬまで勝ち続けるしかありません。
ただ、実際のトーナメントでもそうですが、初戦で負ける場合が多いです。
私の親族でも、三人が癌でこの世を去りましたが、三人とも癌との初戦での敗退でした。
私は、初戦に勝機を見出すことができました。
何勝できるのか、それはわかりませんが、先が見えていることには違いありません。
 
癌では、四つのリスクを闘うことになると思います。
最初のリスクは、発見できないリスク。
次のリスクは、転移のリスク。
そして、手術や治療のリスク。
最後は、再発のリスク。
リスクと戦いながら、連勝を目指します。

元旦は、近所の崖地に出て、初日の出を拝んできました。
これが最後の初日の出にならないように、願をかけてました。
 
新年は、爽快な気分(?)で迎えることができました。
体調は、全く問題はありません。
本当に、直腸に癌があるのだろうかと思うほどです。
 
さて、本題です。
一般に、癌になると体重が減ると思う方が多いと思いますが、私は全く減りませんでした。
癌が見つかった直後には、食欲不振で少し減りましたが、今は元に戻ってしまっています。
初期の癌は、体重が減りません。
逆に言えば、体重が減る前に癌を見つけるべきです。
人間ドックなどで、少しでも早く見つければ、それだけ生存率も高まるはずです。
 
実は、私の従姉は、ダイエットをしている時に癌が見つかりました。
体重の減少をダイエットの効果と思い込み、癌の発見が遅れてしまいました。
彼女は、残念ながら助かりませんでした。
 
私が、ダイエットについて、一般での認識不足を指摘する記事をblogに書いたには、このような背景がありました。

↑このページのトップヘ